第413話 中ボス部屋のルール

 腹を怪我した冒険者は、中級治癒魔法薬を飲ませたが完全には治らなかったようで、苦しんでいた。その様子に気付いた光台寺がすぐに病院へ運んだ方が良いと言い出した。


「それなら『フロートボックス』で運びましょうか?」

 天音は『フロートボックス』について説明した。

「お願いします」

 福嶋は仲間の命に関わる事なので頼んだ。


 天音は光台寺の了解を取ってから『フロートボックス』を発動。D粒子フロートボックスに『スターナイト』のメンバーを乗せて地上に上がる階段へ向かった。


「ありがとう。冷静になって考えてみれば、我々は助けられたようだ」

 福嶋が天音に礼を言った。戦いが終わって冷静になり、ゴブリンキングとの戦いを思い出して判断したらしい。


「ところで、エスケープボールを使ったんですか?」

「いや、あれは落としたエスケープボールを、ゴブリンキングが使ったんだ」

 それを聞いた天音は、そんな事も有るんだと驚いた。ゴブリンやオークは、集落や町を形成する事もある魔物である。ある程度の知能を持ち、誕生した時にはダンジョンから与えられた記憶を持っているらしい。


 地上に戻った天音たちは救急車を呼んで、怪我人を病院へ送った。残った『スターナイト』の二人と天音は報告のために冒険者ギルドへ向かう。


 そこの支部長に会って、ゴブリンキングとの戦いについて報告すると、支部長が『スターナイト』の東山に視線を向けた。


「エスケープボールについて、もう一度確認する。本当にゴブリンキングが作動させたのだな?」

「間違いありません。福嶋が落としたエスケープボールを、ゴブリンキングが作動させたんです」


 支部長が難しい顔になる。

「ルールを変えねばならんかもしれんな」

 天音はどうしてルールを変えようと思ったのか分からなかったので、支部長に尋ねた。

「中ボス部屋の外に中ボスが出て来て、戦闘になる事は稀な事だ。それで中ボス部屋の外で待機する事を禁止にはしなかった」


 つまり中ボスを倒せるほどの戦力を持たない者は、中ボス戦の時に部屋の外で待機してはならない、というようにルール化しようという話だった。


 冒険者ギルドとしては、中ボス狩りが失敗した時にエスケープボールを使うなとは言えない。それを言えば、その冒険者たちに死ねと言っているのと同じだからだ。


 但し、中ボスを部屋から出した事に対してはペナルティがある。ペナルティの内容は、逃げた中ボスが何をしたかによって変わる。今回の場合のように、被害がほとんどない時は、軽いものになるだろう。


 支部長がゴブリンキングのドロップ品について尋ねたので、仕留めた天音がブレスレットを自分のものにしたと伝える。


 結果としては、天音と『スターナイト』の共同討伐という事になるので、仕留めた者がドロップ品を一つ入手し、他は換金して分けるという事になる。冒険者たちが決めたルールではそうなるのだ。


 支部長が大きく息を吐き出した。

「ふうっ、今回は外にC級冒険者が居たから、被害がなくて済んだ。『スターナイト』は幸運だったとしか言えんな」


 東山が天音の方を向いて、感謝すると言って頭を下げた。

「しかし、こんな可愛い女性が、ゴブリンキングを撲殺したのには、驚きましたよ」


 このままでは変な噂が流れそうだと思った天音は、話を変えた。

「そうだ。このブレスレットの鑑定をしてもらえませんか?」

 天音が鑑定を頼むと、支部長自身が鑑定した。

「これは収納ブレスレットだ。容量は縦・横・高さが五メートル、時間遅延機能も有るようだが、大したものじゃない」


 天音は礼を言った。付与魔法の研究をしていると、様々な道具や装置が必要になり、それを置いておく場所が必要になっていたのだ。


 その後、『スターナイト』に対するペナルティが話し合われる事になったが、天音には関係なかったので別れの挨拶をして冒険者ギルドを出る。それから途中の店で初心者用の戦鎚を購入してダンジョンに戻った。


 ダンジョンに入ると、『ウィング』を使って中ボス部屋へ向かう。歩いた時には相当時間が掛かったが、D粒子ウィングで飛べば、三十分も掛からなかった。


 天音は合宿を続けレベルを上げる方法を学んだ。合宿が終わって渋紙市へ戻ると、グリムから協力要請が来ていた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 樹海ダンジョンから戻ってから、『記憶の書 概念編』の研究をメティスと協力して続けていた。この本の中で記述されている情報によれば、魔法が使えるようになった人間の脳は、魔導空間と呼ばれる高次空間と繋がるようになるらしい。


 この魔導空間に魔法で使われる情報が一時的に蓄えられるらしい。『記憶の書 概念編』では、魔導空間へのアクセス方法や情報の扱い方について書かれており、これを利用すれば『ボディスキャン』で得られた診断画像を取り出す事はできそうだった。


「問題は取り出した情報を、どうやって紙に描き出すかだな」

『『ボディスキャン』を発動した後に、別の魔法を使えば、魔導空間の情報がクリアされてしまうのではないですか?』


 その可能性も高いだろう。そうなると別の魔法ではなく魔道具を開発した方が良い。天音に協力してもらおうと思い、アリサと相談すると四人全員がグリーン館に集まる事になった。


 千佳は雷切丸の事で相談が有るらしい。作業部屋に集まった皆と一緒にガヤガヤと話し始める。

「天音は合宿に行っていたんでしょ。どうだった?」

 アリサが尋ねる。

「勉強になった。それとゴブリンキングを倒して、収納ブレスレットを手に入れたの」


「へえー、ゴブリンキングか……懐かしいな」

 戦いの様子を聞いた俺たちは、ちょっと引いた。

「ゴブリンキングを棍棒で撲殺……その『不動明王の指輪』が凄いのか、付与魔法が凄いのか」


 それを聞いた千佳が身体強化系の指輪が欲しいと言い出した。

「魔装魔法が有るじゃないか」

 俺がそう言うと、首を振って否定する。魔装魔法は時間制限が有るので、戦い難い場合が有るらしい。その点、指輪の効果は、魔力を流し込んだ時だけ効果があるというのが良いという。


「グリム先生は、そういう指輪を手に入れられるダンジョンを知りませんか?」

『それなら、京都の南禅ダンジョンです。九層のスケルトン要塞に隠されている宝箱を見付けると、高い確率で魔導装備が出て来るそうです』


 メティスが口を挟むと、感心したように四人が頷いた。

「四人で遠征しようか?」

 千佳が言うと、他の三人が賛成した。


「でも、その前に『ボディスキャン』の問題を解決しなきゃダメよ」

 アリサに言われて、皆で考え始めた。


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