第356話 南禅ダンジョン

 二宮と柴田を道場から追い出して、俺と三橋師範、千佳とタイチの四人になった。俺は千佳に視線を向ける。

「魔装魔法使いが、ウォーミングアップと言っている魔力の循環について知っているかい?」

「もちろん、知っています。ウォーミングアップの原形となったものは、グリム先生が脳を活性化させると言って、教えてくれた技術ですよ」


 俺は千佳にウォーミングアップをやって見せてくれと頼んだ。千佳は意味が分からない様子だったが、引き受けてくれた。


 俺と三橋師範、タイチが見守る中で、千佳がウォーミングアップを始める。俺は千佳の身体の中で動き回る魔力を感じた。


「魔力の動きに注目してください」

 俺は三橋師範とタイチに指示する。千佳は肺や心臓などの狭い範囲で魔力を動かしているようだ。千佳の魔力量が多くなかったので、身体から溢れ出る事はなかった。魔力制御から外れて野放しになった魔力はあったのだが、体外に出るほどの量ではなかったのだ。


「これでいいですか?」

 俺は頷いて礼を言った。千佳がウォーミングアップを止める。三橋師範はウォーミングアップの意味が分からなかったようだ。


「以前に教えた脳が活性化する技術と一緒です。上条さんから教えてもらいました」

「ほう、あいつが教えたものだったのか」

「しかし、鳴神ダンジョンで、A級のサムウェル氏がウォーミングアップをするのを見たんですが、それが自分たちがやっているものと違っていたんです」


 タイチが首を傾げた。

「グリム先生、どう違ったんです?」

「やってみせるから、魔力に注目してくれ。それから、俺の魔力はD粒子に干渉するので、D粒子の動きはウォーミングアップとは関係ないから」


 三人ともD粒子の事は意味が分からなかったようだ。俺は体内に蓄積されているD粒子に干渉して魔力を発生させる。その量は膨大なもので、三橋師範たちは驚いたようだ。


 その魔力を全身の大きな筋肉に沿って動かし始める。その結果、脳が活性化し筋肉が最高のコンディションに変化した。


 俺の身体から魔力が溢れ出し、周りに漂うD粒子に干渉を始める。三橋師範たちは魔力よりD粒子の動きに目を奪われたようだ。


 俺はウォーミングアップを終わらせ、三人に魔力の動きについて気付いた事を尋ねた。すると、タイチが手を挙げて質問する。


「あのD粒子の動きは、なぜです?」

 どうしてもD粒子の動きが気になったらしい。

「D粒子に干渉する力を鍛錬したせいで、魔力に変な癖が付いたようなんだ。生活魔法を使うには便利なんだけどな。それより魔力の動きはどうだった?」


「全身を循環しているように見えました」

 タイチの代わりに、千佳が答える。

「そうなんだ。全身の大きな筋肉に沿って魔力を動かしているんだ」


 三橋師範が興味深そうな顔で身を乗り出した。

「結果は?」

「筋肉の疲れが綺麗に無くなって、クリアされるようなんです」

「なるほど、ダンジョンで連戦する時に使えそうだ。だが、魔力の消費も多そうだから、使いどころが難しいな」


「筋肉の回復だけなら、溢れるほどの魔力は必要ないと思うので、これを研究するのも面白いと思う」

 千佳が頷いた。

「はい、これを課題として研究してみます」


 三橋師範が笑って頷いた。

「ところで、道場破りたちの事は秘密にしてくれ」

 三橋師範が面倒臭そうな顔をしている。

「あの二人が負けた事が知れ渡ったら、夢断流格闘術の連中が、また来るかもしれないと、考えておられるのですか?」


「メンツを気にする者も居るからな」

 俺たちは秘密にする事を約束した。あの二人が自分から喋る事はないだろうから、大丈夫だろう。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 道場破りの一週間後、俺が冒険者ギルドへ行った時に支部長から声を掛けられた。支部長室へ行って話を聞くと、京都にある南禅ダンジョンに現れた魔物の件だった。


「南禅ダンジョンというと、確か上級ダンジョンですよね」

「そうだ。その十五層にバジリスクゾンビが現れたのだ」

「バジリスクではなく、バジリスクゾンビなんですか?」


「ああ、全長十五メートルほどの巨大なゾンビが、下層へ下りる階段の近くをうろついているらしい」

「十五メートルか、デカイですね。京都の冒険者ギルドは、どうするつもりなんです?」


「腕利きの冒険者に声を掛けて、討伐してもらう事にした」

 その腕利きの中に、俺も含まれているのだろう。

「グリム君にも、討伐要請が来ている。但し、これは要請だから、断る事もできる」


「バジリスクとなると、石化の呪いが有名ですけど、アンデッドも石化の呪いを持っているんですか?」

「いや、アンデッド化した時に、石化の能力はなくなり、その代わりに『エナジードレイン』という能力を持ったようだ」

「どういう能力なんです?」


 『エナジードレイン』というのは、近くにある魔力やエネルギーを吸収する能力らしい。但し運動エネルギーは吸収できないという。


「そうすると、攻撃魔法や生活魔法は通用しないかもしれないんですね?」

「そうなる。ただ例外的な魔法も有るかもしれないので、攻撃魔法使いや生活魔法使いにも要請を出しているようだ」


 生活魔法はD粒子を魔力で制御するというものがほとんどである。その魔力が『エナジードレイン』で吸収されると魔法が崩壊してしまう。


「魔装魔法使いが、武器で攻撃する場合は吸収できないんですか?」

「そのようだ。今回は魔装魔法使いの出番だと思っている」

 A級の魔装魔法使いというと長瀬などになるが、どうやって倒すのだろう。


 自分ならどうするだろうと考えた。『ヒートシェル』のように金属を飛ばして攻撃するというような魔法を開発しないと倒せないかもしれない。


 それとも、相手がアンデッドならば、光剣クラウの兄弟剣である光剣ソラスを手に入れて、光剣クラウとソラスを使えば、バジリスクゾンビも倒せるかもしれない。


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