第330話 上条とアイアンドラゴン

 重さが変えられる魔導武器というのは珍しい。だが、武器としての威力は微妙だ。まだ<貫穿>と<斬剛>の特性が付与された魔導武器の方が使いやすそうだと思う。


 魔装魔法使いには三つのタイプがある。パワー重視・スピード重視・技術重視の三つだ。小太刀術を得意とし、魔導武器の脇差を使っている上条は、スピードを重視するタイプだったはず。

 ちなみに、ナンクル流空手を途中で投げ出すようでは、技術重視とは言えない。


「上条さんが、グレートソードですか。似合いませんね」

「そう言うが、いくら魔導武器でも脇差では、ドラゴンを倒せないぞ」


「上条さんの生活魔法のレベルが、『10』だったら、『クラッシュボール』を覚えてもらって、問題解決だったんですが」


 上条は『クラッシュボール』の名前は知っていた。だが、その威力については知らなかったようだ。

「『クラッシュボール』でアイアンドラゴンが倒せるのか?」

「ええ、一撃では無理ですが、数発命中させれば、仕留められると思いますよ」


「何で、そんな凄い魔法が、魔法レベル10で習得できるんだ?」

「威力は有るけど、スピードがないので、素早い魔物には避けられるんです」


「それじゃあ、ダメ……じゃないのか」

「アイアンドラゴンが気付いたとしても、避けないと思います。避けようとしたとしても、避けられないほど近くから、発動すればいいんです」


 至近距離での戦闘は、上条が得意とするものだ。

「もう少し早く教えてくれれば、『クラッシュボール』を習得してから、昇級試験を受けたのに」


 俺は少し考えてから言った。

「遅くはないかもしれませんよ。今、『クラッシュボール』の魔法陣を持っているんです」


 『クラッシュボール』は賢者の柊木玄真が登録した事になっている魔法である。なので、『クラッシュボール』が使える俺は、辻褄を合わせるために魔法庁で『クラッシュボール』の魔法陣を自分用として購入していたのだ。


「そうすると、途中で魔法レベルを上げて、『クラッシュボール』を覚えればいいのか」

 そこまで黙って聞いていた冒険者ギルドの増田が異議を挟んだ。


「待ってください。昇級試験の最中にレベリングをするつもりですか?」

 上条が肩を竦める。

「ルール違反じゃないだろ」

「そうですけど、前代未聞ですよ。それに試験官の榊さんが、助言するというのは良くありません」


 上条がニヤリと笑う。

「固い事を言うなよ。今回失敗したら、もう一度ここに来なきゃならないんだぞ。一度で済ませたいじゃないか」


 上条が増田を説得した。こういうところは凄いと思う。

 それから各層の魔物を狩り始める。アーマーベアやクレイジーベア、アイスゴーレム、ブルーオーガなどを倒し、十層に到着した時には、魔法レベル10になっていた。


 タイミング的に魔法レベル10にレベルアップする寸前だったのだと思うが、本気を出した時の上条は凄いと改めて思う。上条は十層の中ボス部屋で、『クラッシュボール』の習得を始める。


 異常なほどの集中力を発揮した上条は、翌日の夕方に『クラッシュボール』を習得した。例の魔力を動かしながら脳を活性化するという方法を使ったのだろう。


 その後、爆睡した上条が起きるのを待ってから、俺たちは十五層へ向かった。上条は十五層に到着する間に『クラッシュボール』を何度か使って、威力を確かめた。


「グリム先生、生活魔法は凄いな」

 上条は『クラッシュボール』の威力に大満足して言った。

「でも、上条さんはグレートソードでアイアンドラゴンを倒せると考えていたんですよね?」


 上条が渋い顔をする。

「まあ、五十パーセントだな。だから、確実にアイアンドラゴンを倒せるグリム先生を、保険として呼んだんだ」

 勝率は半分くらいだと考えていたらしい。


「上条さんは、榊さんの事を信頼されているんですね」

 上条の言葉を聞いた増田が、苦笑いして言う。上条がアイアンドラゴンを倒せなかった場合は、試験官がアイアンドラゴンの攻撃を防ぎながら逃げるか、倒すしかなかったからだ。


「もちろんだ。異常とも言えるスピードで、A級になった天才生活魔法使いだからな」

 からかっているのかと思って、上条の顔を見ると真剣な顔をしていた。今回の昇級試験にかける上条の気持ちが感じられる。


 十五層に到着し森の中を一時間ほど進むと、アイアンドラゴンの足音が聞こえてきた。

「上条さん、健闘を祈ります」

 俺が声を掛けると、上条が真剣な顔で頷きグレートソードを取り出した。習得したばかりの『クラッシュボール』には、まだ不安が残るので初めはグレートソードで戦うらしい。


 体高が七メートルほどのアイアンドラゴンが、木々を押し倒しながら現れる。上条の身体から魔力が溢れ出し、その全身を覆ったように感じた。上条が魔装魔法を発動したのである。


 グレートソードを持った上条が、飛ぶような勢いで走り出す。それは目では追い切れないほどのスピードになっていた。俺は『韋駄天の指輪』に魔力を流し込み、素早さを上げる。


 ようやく上条の動きが見えてくる。上条はアイアンドラゴンの足元に飛び込み、その巨大な足にグレートソードを叩き込んだ。重さを三倍にするという機能も使っているのだろう。グレートソードの刃が硬そうな皮膚に食い込み切り裂く。


 だが、上条が思っていたほどのダメージを与えられなかったようだ。もう一度斬り付けようとした上条に向かって、アイアンドラゴンの咆哮が襲った。


 その咆哮は上条の身体を震わせ、物理的な圧力となって弾き飛ばす。地面を転がった上条が素早く起き上がって、走り出す。アイアンドラゴンの背中に回り込んだ上条は、尻尾の付け根辺りに向かって跳躍し、そこでもう一度跳躍する。


 巨大な首の高さまで到達した上条は、首を刈り取るようにグレートソードを薙ぎ払う。重さを増した魔導武器の刃が首の筋肉を切り裂きながら振り切られる。


 アイアンドラゴンの首から血が噴き出した。だが、その量が少ない事で傷が浅かったと感じる。

 上条の動きを見ていて、どんな魔装魔法を使ったか分かった。重いグレートソードを扱うために、素早さよりパワーを上げる魔装魔法を選択したようだ。


 それでも素早さも四倍ほど上がっているのだが、アイアンドラゴンが見えないというほどではないようだ。その証拠に尻尾が上条に向かって振られた。


 それに気付いた上条が『カタパルト』を使って自分の身体を上に放り投げる。尻尾の攻撃は躱せたが、その直後に発せられたドラゴンの咆哮を浴びてしまう。


 上条の手からグレートソードが吹き飛んだ。上条自身は『エアバッグ』を使って着地したが、武器を失ったので顔が暗い。最初に考えていた作戦案は失敗した事になる。こうなると、『クラッシュボール』を使った戦い方に切り替えるしかないだろう。


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