第321話 模擬戦の決着

 訓練場の中央に進み出ると、西條と長瀬も集まりルールが決められた。

「素早さを上げた後、私が腕を振り下ろしたら、それを始めの合図とする」

 長瀬が俺と西條の顔を交互に見ながら言った。


「素早さを上げる以外の魔法を許すのか?」

 西條が長瀬に確認した。長瀬は俺の方へ視線を向ける。

「どうする? グリム君が決めてくれ」


「俺がシルバーオーガと対等に戦えるかを、確認する模擬戦なんだから、他の魔法は無しにしましょう」

「いいだろう」


 俺と西條は少し距離を取ってから素早さを上げる。西條は『ヘルメススピード』を発動し、俺は『韋駄天の指輪』に魔力を注ぎ込む。


 周囲で見守っている冒険者たちの中で魔装魔法が使える者は、素早さを上げる魔法を使って見物するようだ。鉄心も『トップスピード』の魔法を発動した。


 長瀬は『ヘルメススピード』を発動した後に、俺と西條が素早さを上げたと確認してから、腕を振り下ろす。


 西條が俺に向かって走り出す。そのスピードは俺と同等だろう。『ヘルメススピード』は使い熟せれば十倍の素早さを手に入れられるが、長瀬と特訓してもそこまで上達していなかったようだ。


 西條は右のローキックを放った。俺はバックステップして蹴りを躱す。空振りした蹴りが、訓練場の土埃を舞い上げる。西條はこれで手加減しているつもりなんだろうか? 命中したら確実に怪我をする威力が有る。


 空振りした西條に向かって、飛び込み顔を狙ってジャブを放つ。そのジャブを西條が頭を振って躱し、全身のバネを使って左の回し蹴りを俺の脇腹に叩き込もうとする。


 俺は相手に一歩踏み込んで蹴りを腰で受け止めながら、左の掌打を胸に叩き込んだ。西條の膝が俺の尻を叩いたが、接近した事で威力が弱くなっていた。


 一方、俺の掌打は綺麗に決まり、西條が訓練場の地面に尻餅を着く。西條の顔が赤くなり飛び跳ねるように立ち上がって、左右のパンチを高速で放ち始める。


 そのパンチを左右に身体を揺らして避けながらチャンスを待つ。超速視覚の御蔭で西條の動きはしっかりと見えていた。西條が少し大振りの右フックを打ち込んできた。


 そのパンチを頭を下げて躱しながら、カウンターで右の掌打を西條の顔に叩き込む。俺の手が西條の顔を押し潰し、西條の膝が崩れて地面にうずくまる。


 長瀬が西條に近付きギブアップか確認した。西條は拒否して立ち上がり、鼻血で汚れた顔になりながら俺に向かって来る。


 パンチはダメだと判断したのか、前蹴りを出したので左足を横に踏み出しながら、右手で蹴りを掬い上げて西條の軸足にローキックを叩き込む。


 その一撃で西條は動けなくなった。西條の『ヘルメススピード』が解除され、俺と長瀬も高速戦闘の状態から抜け出す。


 普通の状態に戻った瞬間、冒険者たちが大声で叫びながら応援してくれていたのが分かった。

「グリム先生、凄いな。シルバーオーガを倒せたのも納得だ」

 鉄心が嬉しそうな顔で、俺の肩を叩いた。


 長瀬がこちらに来て話し掛ける。

「一つ教えてくれないか」

「何です?」

「シルバーオーガのドロップ品の中に、武器が有ったか?」

「武器はなかったです」

「そうか、私は組む人選を誤ったようだ。グリム君と組んでいたら、もっと早くシルバーオーガを倒せたかもしれない」


 それはお断りする、と心の中で答えた。長瀬はどうしても神話級の魔導武器が欲しいらしいが、『奉納の間』にチャレンジしたらいいのに……でも、神話級の魔導武器を出すには、伝説級の魔導武器を奉納しないとダメかもしれないな。


 そんな事をすれば、対戦相手にシルバーオーガが出て来るかもしれない。やっぱり『奉納の間』は危険過ぎる。


 近藤支部長が西條に話し掛けている声が聞こえてきた。

「西條君、君は少し天狗になっていたようだが、上には上があるという事が分かっただろう。自分が最高だ。だから、自分は正しいんだと思ったら、君の成長は止まるぞ」


 唇を噛み締めた西條は、顔を伏せた。西條はぼそぼそと、北海道に戻って修業して出直すというような事を言い訓練場から出て行った。


 何だか疲れを感じ始めた。今日は帰ろう。俺は支部長に挨拶して屋敷に戻った。

「お帰りなさいませ」

 金剛寺がトシゾウと一緒に出迎えてくれる。


「トシゾウ、お風呂の用意をしてくれ」

「かしこ、まりした」

 まだ発音が頼りないが、簡単な事はできるようになっている。


 夕食と風呂を済ませ金剛寺が帰ると、俺はメティスと話し始めた。

『シルバーオーガ戦は、怪我一つなく勝ちましたが、強かったのですか?』

「強かったのは間違いない。ただチームで戦う時に、味方を巻き込まないように攻撃する魔法がないのは、問題だと思った」


 『クラッシュボール』などの飛翔速度が遅い魔法は、至近距離で発動しないとシルバーオーガなどの素早い魔物には命中しない。シルバーオーガにトドメを刺した時に『クラッシュボール』を使ったが、至近距離で放ったのに半分以上が避けられていたのを思い出す。


 時間のある時に新しい生活魔法を考えてみよう。取り敢えず、シルバーオーガ並みに素早い魔物と戦う予定はないので後回しにする事にした。


『もしかして、新しく手に入れた巻物を確かめたいのですか?』

 実はそうなのだ。ずっと気になっており、早く開いて確かめたかったのである。俺が巻物を取り出して広げると、賢者システムが自動的に立ち上がり巻物の魔法陣から情報を取り込み始める。


 情報の取り込みが終わり賢者システムのD粒子二次変異の欄を見てみると、<演算コア>という特性が追加されていた。


 この<演算コア>を調べて、やっと<手順制御>が使えるようになった事が分かった。<手順制御>は<演算コア>と組合せて使うものだったようだ。


『<手順制御>と<演算コア>の組合せで、何ができるようになるのですか?』

「生活魔法に状況を判断させ、動きを変える事ができるようになったんだ」

『具体的に言うと?』


「そうだな。……例えば、標的が右に避けようとしたら、それを感知して軌道を右に修正するという事ができるようになったという事だ」


『今までも命中したら、爆発するというような事はできたと思いますが』

「いや、それは次の行動が一つだけだったんだ。今度は標的が右に避けたら右に軌道修正し、左に避けたら左に軌道修正するという複雑な命令ができるようになったんだ」


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