第291話 ミノタウロス
冒険者ギルドでキメラクリスタルをオークションに掛ける手続きをして、今日の探索で手に入れた赤魔石を二個だけ残してギルドで換金する。残りは魔力バッテリーとして使おうかと考えた。
「そう言えば、西條君の話を聞いたか?」
「いいえ、西條さんがどうかしたんですか?」
「聞いていないのならいいんだ」
そう言われると確かめたくなる。俺は支部長から聞き出した。酒の席で俺がA級になれたのは運が良かったからだと言っているらしい。
アクアドラゴンを倒せたのは、赤城たちがダメージを与えたからで、俺の実力じゃないと思っているようだ。
「だが、今回のヴリトラ六匹の討伐で、考えを変えるしかないだろう。A級冒険者でも、ソロで手強いヴリトラを六匹も倒すのは難しいからな。これは世界冒険者ランキングのポイントにもなるぞ」
西條も俺の実力を認めるしかないだろう。それでもA級になれたのは運だと思うのなら、ヴリトラ六匹に匹敵する魔物を倒してから言って欲しい。
世界冒険者ランキングは、規定以上に強い魔物を倒した数や新しい発見などをポイントとして換算し、その総合ポイントで順位が決まるそうだ。
俺はA級になってから、初めてポイントを獲得した事になる。
支部長室を出て受付のところに戻ると、話に出てきた西條がギルドに入ってきた。
「おや、久しぶりにグリムさんに会ったよ。A級になってから何をしていたんです?」
「今日は鳴神ダンジョンの八層で、ヴリトラ六匹と戦って倒して来たよ」
それを聞いた冒険者たちが『おおーっ』と声を上げる。西條は不機嫌そうな顔になっていた。
「八層のどの辺りです?」
俺は場所を説明し、ヴリトラの巣で宝箱を発見した事を伝えた。冒険者たちが何が入っていたか知りたがるので、一つだけ教える事にする。
「入っていたのは、五カラットくらいのキメラクリスタルだ」
「五カラットくらいだと……一億くらいになるんじゃないか。凄え」
「たぶん、入っていたのはキメラクリスタルだけじゃないはずだぞ。さすが上級ダンジョンの宝箱だな」
冒険者ギルドが活気づいた代わりに、西條が益々不機嫌になる。どうやら俺をライバル視しているようで、俺の活躍が気に食わないようだ。だが、目的はA級冒険者になる事じゃなかったのだろうか。そのために不変ボトルを欲しがっていたと聞いたのだが。
「凄いですねえ。さすがA級です」
西條がこめかみをぴくぴくさせながら褒めた。無理したら血圧が上がって血管が切れると忠告してやりたかったが、言わないのが大人の対応だろうと抑えた。
「ありがとう。西條さんも頑張ってください」
西條の眼が吊り上がったように見えたが、きっと錯覚だろう。俺は冒険者ギルドを出て屋敷に戻った。
『西條さんがだいぶ不機嫌になっていましたが、大丈夫なんですか?』
メティスが声を上げた。
「西條さんね。陰口を叩いている暇があるなら、実績を上げて俺に追い付けばいいんだよ」
『それは中々難しい事だと思います。何しろグリム先生は賢者なのですから』
「賢者だから実績を上げられた訳じゃない。魔装魔法使いや攻撃魔法使いは、すでに多くの魔法が開発されているんだから、その魔法を習得して魔物を倒し実績を上げればいいんだ。魔法を新たに開発しなくていいだけ、有利だと思うけど」
『賢者が必ずA級になった訳ではないので、賢者だから強いのだとは思いませんが、相手にする魔物を調べて、それに対応する魔法を開発できるのは有利だと思います』
「まあ、その点は有利かもしれない。だからと言って、賢者だから強いと思われるのは釈然としない」
『グリム先生が大変な努力をしているのは分かっています。常人には真似のできない事です』
俺の努力を分かってくれる者が一人でも居るのは嬉しい。ただその一人がメティスというのは、ちょっと残念だ。できるなら若い女性の方が良かった。
『変な事を考えていませんか?』
「いや、考えていないぞ。それより、『デスクレセント』をどう思う?」
『凄い威力だと思いました』
「確かに威力は凄かったと思う。でも、魔物に命中した瞬間の動きに改良の余地があると思う」
回転するD粒子ブーメランがヴリトラに命中した時、ヴリトラを押し込んだ後に空間振動波が放射された。これはD粒子ブーメランの刃が魔物に食い込んだ後に空間振動波を放射するようにしたからだ。
『コールドショット』などと同じように魔物に食い込んでから追加効果が発揮されるようにした訳だが、空間振動波の性質から考えて標的に接触した瞬間に空間振動波が放射されるように改良した方が良いと考えた。
賢者システムを立ち上げ『デスクレセント』の改良に取り掛かる。空間振動波が放射するタイミングを変え、それに加え標的に接触した瞬間にD粒子ブーメランの回転力を上げるようにした。
『どうして回転力を上げるのです?』
「メティスはねずみ花火を知っているか?」
メティスが知らないというので、回転しながら火花を周りに放つ花火の一種だと説明した。俺はねずみ花火のようにD粒子ブーメランを高速で回転させながら空間振動波を放射するように改良した方が威力を増すと説明する。
また気になっていた『ブローアップグレイブ』の魔法も<放電>の特性を除いて魔法レベル13で習得できるようにした。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、A級冒険者の長瀬は、鳴神ダンジョンの八層を探索していた。
「ふうっ、やっと見付けた」
時間を掛けてジャングルを探し回り、滝の裏側に九層へ下りる階段を発見したのである。
階段を下りて九層へ辿り着いた長瀬は、目の前に広がる草原と遠くに見える町に気付いた。
「あの町は廃墟じゃないだろうな。清々しい草原の真ん中にアンデッドの町というのは、ミスマッチだぞ」
長瀬は用心しながら街に近付く。そして、町の住人を目撃した。町の住人はミノタウロスだった。身長三メートルほどで鎧を装備し、手にはハルバードのような長柄の武器を持っている。
長瀬は町だと思ったが、ここは要塞のようだ。武器を持つミノタウロスが何人も要塞の周囲を見回っている。
「これはミノタウロスの要塞か。この様子だと、ミノタウロスの上位種が居そうだな」
ミノタウロスの上位種というのは、ミノタウロスコマンダーやミノタウロスジェネラル、ミノタウロスロードなどのような魔物である。
上位種になると魔導武器を装備している場合があり、A級冒険者にとっても手強い敵となる。長瀬は要塞の規模とミノタウロスの数を調べてから地上に戻った。
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