第277話 エルモアの活躍
ミシェルを攫おうとした三人の男は、ミシェルの影から出てきたエルモアの顔を見て反射的に跳び退いた。それを見たエルモアは、影から出て棍棒を構える。
この棍棒はエルモアが槍の練習する時に使っているもので、菊池槍よりも短いものだ。部屋の中だと長い菊池槍は使い難いので、胸の収納リングから取り出した。
この棍棒に刃がないからと言って侮る事はできない。エルモアの力で頭を叩かれたら、確実に人は死ぬからだ。
エルモアは隙のない構えで侵入者たちを睨んだ。その様子は様になっており、最近槍術の練習を始めたばかりとは思えない。本を読んで練習しただけだが、その理解力は人間を超えており、槍術が身に付いていた。
侵入者がナイフを突き出しながら突進してきた。エルモアは棍棒の先でナイフを持つ手を払う。それだけで手の骨が折れナイフが飛んだ。
エルモアの横から別の侵入者がナイフで斬り掛かる。エルモアは下から掬い上げるようにナイフを跳ね上げた。そのナイフは上に飛んで天井に突き刺さる。驚いた顔をしている侵入者の鎖骨に振り上げた棍棒が振り下ろされる。鎖骨が折れ侵入者の顔が歪んだ。
一方、侵入者たちのリーダーである頬傷男と戦っていたエミリアンは、エルモアの姿を見て安堵した。頬傷男が予想外に強くて焦っていたのだ。
今までのディアスポラのメンバーは、D級冒険者以下の実力しかない者たちだった。だが、この頬傷男はB級冒険者並みの実力を持っている。
「それだけの腕を持っているなら、ディアスポラの仲間にならなくても、贅沢な暮らしができただろう。なぜディアスポラに入った?」
頬傷男が鼻で笑う。
「ふん、逆だな。ディアスポラに入った後に、私はここまで強くなったのだ」
エミリアンは剣で相手の手首を狙う。剣で受け止められたので、相手の前に出ている足を狙って足払いを掛ける。バランスを崩した頬傷男が、無理な体勢から突きを放った。
エミリアンは突きを躱し、カウンターの要領で頬傷男の肩に剣を突き刺した。頬傷男が悲鳴を上げて剣を手放した瞬間、エミリアンの剣が足を薙ぎ払う。ここまでの動きは人間離れした高速で行われた動きである。
倒れた男の頭を蹴って意識を刈り取った。エミリアンは急いでエルモアの方へ視線を向ける。その時にはエルモアが、最後の侵入者の腹に棍棒を突き入れていた。
「片付いたようだな。……グリム君の言う事を聞いて、君をミシェルの影に潜ませていたのは正解だった。グリム君には礼を言わねばならんな」
エルモアが優雅に礼をして、
「そのように伝えておきます」
そう言って棍棒を収納リングに仕舞ってからミシェルの影に飛び込んだ。
エルモアの言葉を聞いたエミリアンは、一瞬驚きで身体が固まった。シャドウパペットが流暢に喋るとは思ってもみなかったのである。
硬直が解けたエミリアンは、笑い出す。
「グリム君は、色々な隠し玉を持っているようだな。これからの成長が楽しみな男だ」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺はメティスから、ディアスポラの襲撃について話を聞いた。
「そうか、エミリアンさんが感謝していたか」
為五郎の事は心配だが、ミシェルが無事だと聞いてホッとする。
翌日になってから、エミリアンたちがホテルに戻ってきた。
「襲ったディアスポラの連中はどうなったんです?」
「日本の警察に引き渡した。あいつらはテロリストとして、フランスの警察に引き渡され、ディアスポラの組織について白状させる事になるだろう」
インペリアルスイートのリビングでエミリアンから話を聞いた。ミシェルはタア坊と遊んでいる。
「シャドウパペットは便利なものだね。どうだろう、ミシェル用のシャドウパペットを作ってくれないか?」
「それは護衛用という事ですか?」
「そうだ、為五郎のようなシャドウパペットが有れば、安心だからね」
「へえー、エルモアみたいなシャドウパペットを欲しがると思っていました」
「そう言ったら、断わるんじゃないか?」
「そうですね。人型シャドウパペットについては、研究不足で売り物にはできないです」
エルモアはメティスが制御しているので大丈夫だが、ダークリザードマンの影魔石から作った魔導コアで人型を動かした場合、どうなるか分からない。そういう意味で研究不足なのだ。
「為五郎のようなシャドウパペットの作製を依頼する。代価は二億円でどうだろう?」
その金額は為五郎が損傷した事の弁償金額も含んでいるらしい。俺は引き受ける事にした。
とは言え、すぐに作り始められる訳ではない。ソーサリーアイなどを作製しなければならないからだ。東京の魔道具工房に電話をして作製依頼した。前にも頼んだ事がある工房だったので、三日ほどで作製してくれるという。
俺はエミリアンからワイズマンについて話を聞いた。ワイズマンの中には、徹底的に正体を隠している人物も居るらしい。そういう人物は実名も年齢もどんな魔法の賢者なのかも公表しないらしい。
但し、賢者が増えると新しい魔法が魔法庁に登録される件数が増えるので、攻撃魔法・魔装魔法などのどの分野なのかは分かる。
ちなみに徹底的に正体を隠すワイズマンは、政府の保護を受けている者だという。それだけ正体を隠さないと危険だからだ。
俺は渋紙市に戻って、熊型シャドウパペットを作製する準備をする。そして、ソーサリーアイなどが出来たと連絡を受け、取りに行った。
作製の準備が終わったとエミリアンに連絡すると、作製現場を見学したいというので屋敷に招待した。すると、その日のうちにエミリアンとミシェル、クラリスも来訪する。
「あれっ、龍神ダンジョンから戻ったんですか?」
「ええ、ちゃんと解毒剤の材料は手に入れましたよ」
その材料はフランスに送ったそうだ。俺は皆を屋敷に入れる前に、白輝鋼製の小さな珠が付いたネックレスを渡す。
それは警備用シャドウパペットたちに許可されて入った者だと証明するためのものである。その白輝鋼製の珠には、<反発(水)>の特性が付与されていた。
なので、人間がネックレスを首に掛けると、半分以上が水で出来ている人体に反発して、身体から離れるという現象が起きる。それが目印になるのだ。
「不思議なものを持っているな」
エミリアンが面白そうに言う。ミシェルは手で白輝鋼製の珠を掴もうとして、逃げていく珠が面白いらしく遊んでいる。
そんな説明をしていると、警備をしていた猫型シャドウパペットのボクデンが走り寄って、エミリアンたちをジッと見た。全員が白輝鋼製の珠を持っているのを確認すると見回りに戻った。
「ほう、警備用のシャドウパペットか。活用しているのね」
クラリスがボクデンを見て、感心したように言った。ミシェルは大きな猫を見て目をキラキラさせている。
屋敷に入って作業室へ入る。そこにはD粒子を練り込んだ百八十キロのシャドウクレイが置かれていた。今回はクラリスに手伝ってもらう事になっていた。
熊型は何度も作製しているので、俺の造形技術も確かなものになっている。但し、顔の造形だけはあまり上達していない。
出来上がった熊型シャドウパペットは、少し可愛い顔の熊になった。ちょっと顔の輪郭を丸くし過ぎてパンダに似てきた気がするが、誤差の範囲だ。そういう事にしよう。
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