第6章 ワイズマン編

第238話 警備用シャドウパペット

 世界中がD粒子で満たされダンジョンが発生した時代、人々も変化して魔法が使えるようになった。但し、人類の全てが使えるようになった訳ではない。


 魔法が使えるのは才能を持つ者だけに限られたのだ。だが、魔法が使えないからと言って、人間としての価値が損なわれる訳ではない。


 経済界の重鎮であり、大企業の会長でもある大西慶三は魔法の才能には恵まれなかったが、企業経営の才能には恵まれていた。


 その彼が現在悩んでいた。悩ませているのは、孫の百花ももかである。

「百花、お祖父様を困らせちゃダメよ」

「でも、お祖父ちゃんは、何でもいいと言ったよ」


 百花は祖父から誕生日のプレゼントに何が欲しいと尋ねられ、本当に欲しいものを言ったのだ。

「そうだな。儂は何でもいいと言った。探してみるけど、無いかもしれないものなのだよ」


 無いかもしれないという祖父の言葉を聞いて、幼女である百花は頬を膨らませた。百花が欲しいと言ったのは、自分が乗れるほど大きなシャドウパペットだった。


 大西会長はシャドウパペットについて調べさせた事がある。魔導特許の持ち主は日本人だが、シャドウパペットの工房を立ち上げたのはフランスが早かった。


 そして、生活魔法の普及もフランスが進んでいた。シャドウパペットが大きな産業になると判断したフランスは、国を挙げて生活魔法使いの育成を始めたのである。


 一歩先を進んでいるフランスのシャドウパペット工房でも、注文可能なシャドウパペットの大きさは、二十キロのシャドウクレイを使って作れるものまでだった。


 母親が百花をなだめている間に、大西会長は冒険者ギルドへ向かった。

「大西会長、相談があると連絡を頂いて驚いたのですが、何かあったのですか?」

 車から降りた大西会長を出迎えたのは、慈光寺理事だった。


「驚かせて済まない。仕事ではなく私用なのだ」

 慈光寺理事は応接室に案内した。ソファーに座った大西会長に慈光寺理事が、

「私用というのは?」


 大西会長が身を乗り出して尋ねた。

「冒険者ギルドでは、大きな豹型シャドウパペットを作製して、所有していると耳にしたのだが、それは本当なのかね?」


 慈光寺理事が頷いた。

「感覚共有シャドウパペットの事ですな。名前は『レオパルト』と名付けています」

 影からレオパルトを出して、大西会長に見せると微妙な顔をされた。


「このレオパルトが、どうかしたのですか?」

「儂は大きなシャドウパペットを探しているのだよ。このシャドウパペットより大きなものはないのかね?」


 慈光寺理事は娘が所有している熊型シャドウパペットと、娘の師匠であるグリムが所有している為五郎を思い出した。


「娘が大きな熊型シャドウパペットを持っていますが」

「それは、どれほどの大きさなのかね?」

「九十キロのシャドウクレイで作製したと聞いています」


 大西会長がホッとした顔をする。

「頼む。それを作った工房か、作製者を紹介してもらえないだろうか?」

 慈光寺理事はグリムとの約束で、グリム本人を紹介する事はできなかったが、その代わりに娘を紹介した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺はマンションから水月ダンジョン近くの洋館に引っ越した。それとほとんど同時に倉庫の建設が始まる。


「タア坊、為五郎、おはよう」

 夜の間、見張り番をしていたシャドウパペットたちに声を掛けてから、リビングへ向かう。ゲロンタは家の中より外が好きらしく、夜は庭に居る。


 コムギがリビングのテーブルの上で新聞を読んでいた。

「おはよう」

『おはようございます。昨日、近所で火事があったようです』

「ふーん、全然気付かなかった」


 電話の着信音が聞こえたので、電話の受話器を取る。亜美からの電話で、D粒子を練り込んだシャドウクレイ五十キロを売って欲しいと言っている。屋敷を警備するシャドウパペットを作製するために、大量のシャドウクレイを手に入れるつもりだったので承諾した。


『グリム先生、警備用シャドウパペットは、何体作るのですか?』

「そうだな。三体くらいで充分じゃないか」

『少ないです。団体で侵入する者たちが居るかもしれません。五体ほど作りましょう』


 庭や塀の周辺を見回る大きな猫型シャドウパペット三体と洋館の内部を見回る熊型シャドウパペット二体を作製する事にした。


 それらを作るとなると大量のシャドウクレイが必要になる。俺は雷神ダンジョンのシャドウベアを倒して、手に入れようと考えた。


 準備をしてから雷神ダンジョンへ向かう。シャドウベアは九層に棲み着いている魔物である。電車とバスを使って雷神ダンジョンに到着した俺は、探索を開始した。


 一層と二層は問題なく通過した。三層に下りて廃墟エリアを進み始めると、アンデッドたちと遭遇するようになった。ファントム三体と同時に遭遇。


 俺は光剣クラウを取り出して両手で構える。ファントム三体くらいなら黒意杖で十分なのだが、試したい事があったのだ。


 鳴神ダンジョンでサイクロプスゾンビを倒した時、咄嗟とっさに大量の魔力を光剣クラウに流し込み巨大なゾンビを攻撃して倒した。あの時、光剣クラウが太陽のように輝いたが、あれは新しい機能だったのではないかと考えたのである。


 俺は試す事にした。光剣クラウに大量の魔力を流し込み、あの時と同じようにアンデッドが消えてなくなれと強く思う。光剣クラウが強い光を放ち始めた。


 色々と試してみて、光で浄化するイメージを意識しながら大量の魔力を注ぎ込むと『浄化の光』が剣から溢れ出すようだ。俺を襲おうとしていたファントムだけではなく、近くに居たスケルトンナイトも光を浴びて粉々に砕けて消えた。


『驚異的な威力ですね』

「アンデッドは、光剣クラウだけで十分だな」

 ただ大量の魔力を消費するので、多用する機能ではない。光剣クラウを仕舞い、奥へと進む。四層へ下りる階段が近くなった頃、トロールゾンビと遭遇した。


『『ブローアップグレイブ』を試してみましょう』

 メティスの提案に乗った。俺も試してみたいと思っていたからだ。この魔法の難しさは、間合いを正確に測り先端部分を魔物に命中させないと本来の威力を発揮できないという点である。


 先端部分が命中しなくても、<斬剛>の特性を付与しているので『ハイブレード』よりは威力が上のはずだ。


 だが、グレイブの刀身の部分で斬りつけないと追加効果を魔物に与える事ができない。グレイブを形成するD粒子全てに追加効果を発揮する特性を付与する事も考えたが、懐に飛び込んできた魔物に使うと爆発や放電に巻き込まれる恐れも有るので刀身部分だけにしたのだ。


 練習した通り間合いを考えて、三重起動の『ブローアップグレイブ』を発動する。先端部分が大気を切り裂いてトロールゾンビの肩に振り下ろされた。


 グレイブの刃がトロールゾンビの腹まで斬り裂き、追加効果の放電と爆発を引き起こす。稲妻がゾンビの肉体を焼きD粒子の爆発がバラバラにする。地面にも大きな穴が開いた。


 トロールゾンビは仕留めたが、『ブローアップグレイブ』は必要なかったと感じる。トロールゾンビには『ハイブレード』で十分だったのだ。


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