第219話 聖域の御神籤

 なぜ嬉しそうなんだろうと不思議に思った。百花繚乱チームの四人が明らかにワクワクした感じで楽しそうなのだ。

「どうして楽しそうなんです?」

 俺が尋ねると佐伯が教えてくれた。


 聖域には中ボスを倒した本人と他四人が入れるらしい。そして、中には『選択の間』という場所があり、そこでくじ引きをして、当たりならお宝が手に入るそうだ。


 鳥居のような門があって、そこを潜る。中ボスを倒さないと誰も通れないそうだ。聖域はなんというか空気が違っていた。そこの空気を吸っているだけで、魔力と体力が回復するらしい。


 『回復の泉』の空気版という事だ。聖域の中央には雪洞のかまくらのようなものがあった。雪で出来ている訳ではないが、真っ白な構造物だ。


 その中でくじを引いて、その結果に相当する宝が現れるという。百花繚乱チームは聖域のくじ引きが目当てで、試験官を引き受けたのだ。


 俺はどういうものなのか分からなかったので、先に四人にくじ引きをしてもらう事にした。最初に佐伯がかまくらに入って、白い壁に貼られている百枚くらいの紙の中から、一枚を選んで引き剥がす。


 その瞬間、紙に変化が起きた。紙に文字が浮かび上がったのだ。そこには『吉』と書かれていた。

「よし、『吉』だ」


 佐伯は嬉しそうに声を上げる。くじ引きの紙には『大吉』『吉』『中吉』『小吉』『末吉』の文字が書かれているという。こういうくじ引き式の宝箱は各国のダンジョンにも有るが、その国の言葉でくじの結果が書かれているそうだ。


 佐伯が持っている『吉』と書かれた紙が消えて、上級治癒魔法薬が現れた。

「グリム、感謝するよ」

 この聖域で手に入れた宝物は、くじを引いた者が所有者となる決まりらしい。誰が中ボスを倒したかなど関係ないそうだ。


 くじ引きの宝物も試験官を引き受けた時の報酬に組み込まれているのだと言われた。

 次に松本が『小吉』のくじを引いて蒼銀製ナイフを手に入れた。木崎は『中吉』を引いて攻撃魔法の巻物を手に入れる。新しい攻撃魔法の巻物だったらしい。


 東條がワクワクした感じでくじを引いた。そして、何が書かれているか見た瞬間、膝から崩れるように座り込んだ。


「どうしたの?」

 佐伯が心配して声を掛ける。東條はガッカリした顔をしていた。

「『末吉』です」

 佐伯が慰める言葉を探して言葉に詰まった。『末吉』の場合はハズレみたいな感じらしい。


 『末吉』の紙が消えて、一本の歯ブラシが現れた。それを見た佐伯が優しく東條の肩を叩いた。歯ブラシを拾った東條は、それを投げ捨てようとする。


 それを俺が止めた。

「待って、普通の歯ブラシじゃないかもしれない」

 俺は鑑定モノクルを出して、歯ブラシを鑑定した。結果、『絶対に毛先が広がらない歯ブラシ』と表示された。一応魔道具である。


 それを東條に伝えると捨てるのはやめたが、微妙な顔をしている。

 くじを引く直前に、テンションが下がる光景を見てしまった。ちょっとためらっている俺に気付いた佐伯が、嬉しい情報を教えてくれた。


「中ボスを倒した者は、『中吉』以上が当たると聞いている」

「そうなんですか」

 ちょっとホッとした俺は、かまくらに入って選び始める。迷った末に上から七番・右から七番のくじを選んだ。


 紙を引き剥がした瞬間、文字が浮かび上がる。

「『大吉』だ!」

 俺は喜びの声を上げた。苦労してアイアンドラゴンを倒した甲斐があったというものだ。


 『大吉』と書いた紙が消え、目の前に黒い鞘に入ったロングソードが現れる。それを見た佐伯が目を見開いた。


「それは魔導武器かもしれないぞ」

 佐伯の声で、俺は鑑定モノクルで調べる事にした。鑑定すると『光の剣:クラウ』と表示され、特にアンデッド系の魔物に対して大きなダメージを与えられる剣だと分かる。


「大当たりじゃないですか。国宝級の魔導武器ですよ」

 先ほどまで意気消沈していた東條が、興奮して声を上げる。それほど凄い宝剣らしい。


 俺はドラゴン系の魔物であるアイアンドラゴンを倒したので、マジックバッグ系の宝物が出てくるのかと予想していたのだが、ドラゴン系だからといって必ずマジックバッグが宝物として出てくる訳ではないようだ。


 でも、生活魔法使いの俺に光の剣というのも……ちょっと。佐伯からは手放したら二度と手に入れられない魔導武器だから、売らない方が良いと言われた。


 目的を果たした俺たちは、地上に向かって戻り始める。聖域で休憩した事で魔力と体力は回復していたので、戻りの道は順調だった。


 地上に戻った俺たちは、冒険者ギルドでアイアンドラゴンを倒した事を報告。その証拠として白魔石と角を見せると、『おめでとうございます』という言葉が返ってきた。


 その瞬間、冒険者ギルドに居た全員の視線が俺に集まった。誇らしさと照れくさい感じがする。


 佐伯たちに礼を言ってから別れた。マンションに戻った俺は、服を着替えてソファーにドカッと座る。

「疲れた。でも、これでB級冒険者か」


 B級冒険者になると何かできるようになるという事はない。ただ大きな功績を上げるとA級冒険者になる候補者に選ばれる。


 A級冒険者はアメリカの冒険者ギルド総本部で働く選考委員が選ぶ事になっている。以前は五大ドラゴンのどれかを倒すと無条件でA級冒険者になれたのだが、最近は厳しくなっているようだ。


 俺の影からコムギが出て来て、俺を見上げる。

『おめでとうございます。次はA級ですね』

 メティスに言われて、また嬉しさが込み上げてきた。


 数日後、上条からシャドウパペットの作り方でコツが有るなら教えて欲しいと言ってきた。どうやら佐伯たちに手伝わされているらしい。教えると約束していたので、ちゃんと説明した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 冒険者ギルドの広報に、最年少のB級冒険者が現れた事が載った。それを見たB級冒険者の赤城が顔を歪める。

「生活魔法使いのB級冒険者だと……気に入らんな」


 赤城は攻撃魔法の天才だと言われた男だ。但し、それは昔の話である。アースドラゴンを倒した時が彼の絶頂期であり、その後は大した実績を上げていない。


「どうしたんです?」

 赤城のチームで前衛を任されている井口が、厳しい顔で広報を見ている赤城に声を掛けた。


「生活魔法使いの榊という冒険者が、アイアンドラゴンを倒してB級冒険者になったというんだ。どう思う?」


「今だけですよ。ソロで六層の街を探索したら、きっと死ぬんじゃないですか?」

「そうか、あそこにはレイスの集団が居たな。あれは一人じゃ無理だ」


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