第216話 百花繚乱

 B級昇級試験の受験資格を手に入れるには、上級ダンジョンで三年以上活動しB級冒険者となるに相応しい実績を上げる必要がある。


 それを考えれば、俺がB級昇級試験を受けられるのは異例の事だ。それは特例許可が下りたからだが、この許可が下りたのは五年ぶりの事らしい。


 俺が昇級試験に合格すれば、日本では最年少のB級冒険者になる。

「昇級試験の課題は、何ですか?」


「雷神ダンジョンの十五層に巣食っている中ボス、アイアンドラゴンを倒す事だ」

 五大ドラゴンに比べると格下になるが、金属の名前が付くドラゴンは防御力が高いと評価されている。


「アイアンドラゴンか、強敵だな」

 俺が独り言を呟くと、近藤支部長がアイアンドラゴンの資料をくれた。

「フォートスパイダーを倒したグリム君なら、倒せると思う」


 アイアンドラゴンの防御力が高いと言っても、フォートスパイダーほどではない。フォートスパイダーの防御を破れる魔法が有るのなら、アイアンドラゴンを倒せると支部長は判断したようだ。


「昇級試験の試験官は、誰になるんです?」

「本部の冒険者から選ばれるはずだ」


 その数日後、試験官となる冒険者が決まった。B級は単独ではなく、チームで試験官を務めるらしい。B級冒険者のチーム『百花繚乱』が選ばれたようだ。


 百花繚乱チームのリーダーはB級の佐伯百合子という冒険者だ。魔装魔法使いのベテランだという。俺は東京へ行って、女性のB級冒険者に初めて会った。


「今回はよろしくお願いします」

 佐伯は日焼けした精悍な感じがする女性だった。『百合子さん』というより『佐伯さん』と呼ぶ方が似合っている。


「生活魔法使いなんだって?」

「そうです。佐伯さんはアイアンドラゴンと戦った事が有るそうですね?」


「ああ、私の昇級試験もアイアンドラゴンが課題だったから」

 佐伯は槍の遣い手で、雷槍ヘラトと呼ばれる魔導武器を使うらしい。


 雷槍ヘラトは生活魔法の『ライトニングショット』に似ている。突き刺した後に大電流を魔物の体内に流し込んで、内臓を焼いて仕留める武器だそうだ。


「出発は三日後、六日で戻ってくる予定です」

 佐伯が眉をひそめた。この予定に異議があるらしい。

「十二層は砂漠になっていて、そこを歩いて通過すると、一日掛かる。私たちは四輪バギーを用意しているが、君は……そうか、生活魔法には空を飛ぶ魔法が有るのか」


「ええ、生活魔法には、空を飛ぶ魔法が有りますから、それを使います」

「週刊冒険者に載っていた記事を思い出したよ。便利そうでいいな」


 それから二時間ほど打ち合わせをして、具体的な予定が決まった。打ち合わせ終了後、俺は魔道具工房へ向かった。


 東京にある西堀魔道具という工房は、精巧なソーサリーアイやソーサリーイヤー、それにソーサリーボイスという魔道具を製作していた。


 ちょっと高い買い物になったが、必要なものだったので三点セットを購入する。これは警備シャドウパペットを作るために注文していたものだ。


 ワイズマンのエミリアンからディアスポラの件を聞いた俺は、用心しなければならないと思った。そこで警備シャドウパペットを作る事にした。


 そのシャドウパペットは小さなもので構わなかった。その代わりに暗闇でも見える眼と不審者を発見した時に警告の言葉を上げられるようにしようと考えた。


 初めはメティスに見張り番を頼もうと考えたのだが、メティスはテレビを見たり読書などをしている事が多いので、見張り番にはならないと言われたのである。


 メティスにとって、情報の入手は重要なものらしい。どんなシャドウパペットを作るか考えた末に、三キロほどの小さな熊型シャドウパペットを作る事にした。


 亜美にも手伝ってもらい、小熊型シャドウパペットを作製する。その時、足をちょっとだけ太くした。素早く動けるように足の筋肉を太くしようと思ったのだ。


 その試みは成功した。少し足は太いが可愛い小熊型シャドウパペットが完成する。名前は『タア坊』にした。夜目が利く眼と警報を発する声を持つ優れものであり、抱き上げるともふもふが満足できる仕様になっている。


 警備シャドウパペットにもふもふは関係なかったのだが、亜美が絶対に必要だと言い張った。そこまで拘りがなかった俺は、亜美の主張通りもふもふの小熊にした。


 そのタア坊を訓練しているうちに昇級試験の日が来て、俺は雷神ダンジョンへ向かう。ダンジョンハウスで着替えて待っていると、百花繚乱チームが現れた。


 百花繚乱チームは女性だけ四人のチームである。魔装魔法使いであるリーダーの佐伯と松本桜、攻撃魔法使いの木崎佳織と東條恵だ。


 佐伯・松本・木崎の三人は三十代、東條だけは二十代である。この中でB級なのは佐伯と木崎の二人で残りの二人はC級らしい。B級チームと呼ばれているのは、リーダーがB級の場合、B級チームと呼ばれる習慣が定着しているからだ。


 挨拶を交わして少し話をすると、どういうチームか分かってきた。百花繚乱チームは、リーダーの佐伯が強力な指導力を発揮して引っ張っているチームのようだ。


「さあ、行くよ」

 佐伯が声を上げると、その声を合図にダンジョンに入った。一層から七層までは順調に進み、八層の火山エリアまで来た。


「ここのエリアは、耐熱服が必要なんだけど、用意してきたんでしょうね?」

 佐伯が確認した。

「いいや、前回は飛んで階段まで行ったんだ」


 佐伯が溜息を漏らす。

「生活魔法使いは便利でいいね。それじゃあ、私たちは先に行くよ」

 百花繚乱チームを見送った俺は、こういう場合、四、五人乗りの飛行魔法が欲しいと思った。


 『ブーメランウィング』を発動し戦闘ウィングが出現すると、保温マントを着てから乗って飛び立った。短時間で九層への階段に到着。百花繚乱チームを待つ事になる。


 二時間ほど待って、ようやく百花繚乱チームが現れた。

「はああっ、暑かった」

 耐熱服を脱ぐと四人とも汗まみれになっていた。耐熱服を着ていても暑かったようだ。


「ちょっと着替えるから、先に九層へ行って」

 佐伯から追い立てられて九層に下りる。岩の上に座った俺は、為五郎とタア坊を影から出しタア坊の訓練を始めた。


 その時、背後から声が聞こえた。

「離れて!」

 槍を構えた佐伯が殺気を放っていた。俺は失敗したと思いながら、これはシャドウパペットだと説明を始めた。


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