第59話 ムービング

「そうなんだ。もったいないな。ちゃんとした生活魔法の使い方を覚えれば、もっと活躍できるのに」

 ユイが悔しそうな顔をするが、その目には希望が生まれている。


「その使い方というのは、どういうものなの?」

 ユイの尋問するように質問に、ショウが苦笑している。

「ユイ、教えてもらおうというのなら、もう少し丁寧にお願いしろよ」


 ユイは興奮しているようだ。

「ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃって……教えてください。お願いします」

「まあ、いいけど」


 俺は生活魔法使いの評価を上げたいと思っているので、生活魔法を使える者が増えるのは歓迎すべき事だった。俺は多重起動の使い方を教えた。


「多重起動はそういう風に使うのね。……はあっ、『ムービング』の事もそうだけど、私は生活魔法の事を全然分かっていなかった」

 ユイが少し落ち込んでいるようだ。


 ショウが肩を竦め声を掛ける。

「落ち込むなよ。その代わりに攻撃魔法を覚えて活躍しているじゃないか」

「でも、攻撃魔法の魔法レベルは『4』まで上がった後、中々上がらなくなっているのよ」


 ユイは魔法レベルが中々上がらないので悩んでいたらしい。

「焦る必要はないさ。じっくりと魔法レベルを上げていけばいいんだ」


 ススムが突然声を上げる。

「話は、そこまで。サテュロスだ」

 羊人間のサテュロスが現れた。下半身が山羊で上半身が人間の戦士である魔物は、戦斧を振り上げ襲ってきた。


 俺はクイントプッシュでにサテュロスを弾き飛ばす。そこに身体を強化したススムが飛び込んで、サテュロスの首を刎ねた。


 俺の『プッシュ』を見たユイは、感動したように頷いた。

「『プッシュ』が、こんなに威力がある魔法だったなんて」

 ユイの生活魔法は魔法レベル3らしい。


 このチームでは、生活魔法が見直されたようだ。

 俺たちはビッグシープを求めて探し回り、ユイが『ムービング』を使って弱点を作るという戦い方に変わった。


 そして、七匹目のビッグシープを仕留めた時、ダンジョンエラーが起きた。

「やったぞ」

 ショウたちが笑顔を浮かべる。ショウたちは嬉しそうに笑いながら、バリカンを取り出して羊の毛を刈り始めた。ビッグシープの羊毛は丈夫なので刈るのに時間が掛かるという。


「これこそ『ムービング』を使えば良いんじゃないのか?」

 俺が言うとショウたちが変な顔をする。

「でも、魔力を使うんだろ」

「『ムービング』は、それほど魔力を必要としないぞ」


 『ムービング』を使って羊毛を刈った。五回使うとビッグシープは丸裸となった。その羊毛を羊毛運搬袋に詰め込んだ。


 マジックポーチの事を打ち明けようかと思ったが、まずはショウたちのやり方を学ぼうと思い、しばらく黙っている事にした。


 ショウたちは丸裸にしたビッグシープを解体し羊肉を袋に詰めて運ぶようだ。俺も羊肉が入った袋を担いで、帰途に就いた。ショウたちがチームに俺を入れたのは、羊肉を運ぶ者が欲しかったという事もあるらしい。


 地上に戻って冒険者ギルドに連絡し、羊毛と羊肉を取りに来てもらう。それから冒険者ギルドへ行った。先に到着した羊毛と羊肉の検品が終わっており、四等分した金額がそれぞれに支払われた。


 俺から『コーンアロー』の事を聞いたユイが、魔法庁の支部へ買いに行くというので三人は一緒に出掛けた。俺は資料室で調べたい事があったので、冒険者ギルドに残る。


 少し休んでから、資料室へ行こうとした時、天音の声が聞こえた。

「あっ、グリム先生」

 天音が嬉しそうに駆け寄ってきた。その後ろにはアリサたちと見知らぬ少年が居る。


「前に話したタイチ君を紹介しますね」

 天音がタイチという少年を紹介してくれた。短期間に『プッシュ』『ロール』『コーンアロー』を習得した才能のある少年らしい。


「グリム先生、よろしくお願いします」

 素直で性格の良さそうな少年らしい。少し自信がないようなところが有るが、生活魔法使いとして肩身の狭い思いをしてきたからだろう。


「今日はどうして冒険者ギルドへ?」

「ギルドの訓練場を使わせてもらおうと思って来たんです」

「学院の訓練場じゃダメなのか?」


 アリサが溜息を吐いた。

「今度、県下の魔法学院が集まって競技会を開催するんです。学院の訓練場は、攻撃魔法使いと魔装魔法使いに優先させるという事になりました」


「不公平だな。生活魔法使いにも使う権利があるはずだ」

 千佳が肩を竦めた。

「それが、その競技会は攻撃魔法使いと魔装魔法使いを中心に開かれるようなんです」


「生活魔法使いは、出場すらできないという事か?」

「いえ、一つだけ選抜チーム対抗戦というのには出られます」


 魔法学院は、県下に四校ある。その四校が一番優秀なチームを一つずつ選び競わせるという競技らしい。だが、ジービック魔法学院では、三年生になった黒月を中心に選抜チームを組ませ出場させるつもりのようだ。


 他の競技は使う魔法を指定したり、攻撃魔法使いだけ、魔装魔法使いだけという縛りが有り天音とアリサは出場できないらしい。


「由香里だけは、何とか出場できるけど」

 名前を挙げられた由香里は、嫌そうに顔を歪めた。

「あたしだけ出場するというのも嫌よ。それなら、千佳も出場できるんじゃないの?」


 千佳が首を傾げた。

「私の場合、魔装魔法だけじゃなく生活魔法も使うから、純粋な魔装魔法使いとは言えないと思う」


「そうか、出られないのなら仕方がない。ところで、三人の魔法レベルはどうなった?」

 俺が聞いたのは、生活魔法の魔法レベルである。


「三人とも、魔法レベル7になりました。でも、中々『8』には上がらないんですよ」

 アリサが報告するように言った。アリサたちは休みの日に水月ダンジョンの二層と三層でオークとリザードマンを狩っているが、オークとリザードマンでは上がり難くなっているという。


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