第52話 生徒たちの合格

 アリサたちの運が良いのか悪いのかは分からないが、三層の半分ほどを進んだ時にリザードマンの群れと遭遇した。十二匹ほどの集団である。


「ヤバイな。グリム、お前も手伝え」

 鉄心が数の多さに顔をしかめ、俺に指示を出した。だが、その必要はないと思った。

「大丈夫ですよ。生徒たちに任せてください」


 俺の言葉を聞いたアリサたちは頷いた。

「さあ、初めに数を減らそう」

 生活魔法を使う三人はクワッドジャベリンを放ち、由香里は『ファイアバースト』を発動し火炎弾を放った。


 クワッドジャベリンはリザードマンを貫き、火炎弾はリザードマンの胸に命中すると爆発した。

「いいぞ、皆。全員ノルマ一匹達成だ」

 俺は応援する事しかできないが、それで十分だったようだ。


 アリサたちは次々にリザードマンを倒し、最後の一匹を千佳がクワッドブレードで真っ二つにする。

 それを見ていた鉄心が目を見開いて驚いていた。

「はあっ、今のは何だ? 刀が触れてもいないのに、真っ二つになりやがったぞ」


 鉄心の質問など聞いていないアリサたちは、飛び跳ねながら大喜びしている。

「よくやった。皆合格だ。そうですよね」

 俺は鉄心に確認した。

「まあ、そうだ。だが、その前に質問に答えやがれ」


 鉄心は興奮しているようだ。

「あれは『ブレード』という生活魔法です。目に見えない刀のようなものが、魔物を断ち切ったんです」

「『ブレード』? 聞いた事がねえ魔法だな。それもグリムが発見したものなのか?」


「まあ、そうです。俺は生活魔法に関しては、運がいいんです」

「そうなんです。この前、骸骨ダンジョンのボスを倒した時も、生活魔法の巻物をドロップしたんですよ」

 由香里が口を挟んだ。合格したのが嬉しくて口が軽くなっているようだ。


「皆、喜ぶのはそこまでだ。戻るぞ」

 俺の声で、魔石を拾い集め引き返し始めた。後ろでは鉄心がぶつぶつ言いながら付いて来る。


 地上に戻り着替えた俺たちは冒険者ギルドへ向かった。アリサたちが昇級の手続きをしている間、俺は鉄心に話があると言われて、訓練場へ向かった。


 それを見た受付の加藤が声を掛けた。

「鉄心さん、昇級試験の報告は済んだんですか?」

「もちろんだ。ちゃんと済ませた。訓練場を借りるぞ」

 首を傾げた加藤が付いて来た。


 訓練場に入った鉄心は振り返って、俺の顔を見た。

「グリム、おれに生活魔法を教えてくれねえか?」

「鉄心さんは、学院の卒業生じゃないんですか?」


「いや、おれは大工から転職したんだ」

 大工から冒険者に転職というのは珍しい。

「では、基本から教えなければなりませんね」


 俺は生活魔法の基本から説明した。

「この魔法を『生活魔法』と名付けた賢者は、かなりいい加減な性格だったようです。生活に関係する魔法というのは間違いで、D粒子を操作する魔法というのが正しいのです」


 鉄心が納得して頷いた。その後ろで加藤も頷いている。

「加藤さん、何気に参加してますけど、仕事はいいんですか?」

「マリアに任せておけば大丈夫よ。もしかして、無料で聞くのはダメって事?」

「いや、生活魔法の普及を推進していますから、構わないですが、魔法才能は有るんですか?」


 生活魔法使いの地位向上のためには、生活魔法がダンジョンで役に立つという事実を広める必要が有る、と考え始めていた。そのためには実用的な生活魔法の使い方を世の中に広めようと思っている。


 但し、本当に切り札と思える生活魔法を作ったら、直弟子と言える者たち以外には教えないつもりだ。たぶん危険な魔法になるので、大丈夫だと確信が持てる相手でないと教えられない。


「生活魔法の魔法才能は『D』よ」

 鉄心が仏頂面をする。

「チッ、おれと同じかよ」


「鉄心さん、舌打ちする事はないでしょ」

 俺は喧嘩になりそうだったので止めた。

「喧嘩はそこまで、説明の続きです。生活魔法の魔法レベルが上がると多重起動ができるようになります」


 加藤が頷いた。

「同時に同じ魔法をいくつも発動できるというものよね。あまり意味があるとは思えないけど」

「それが間違いなんです。例えば、『プッシュ』です。これを三つ同時に発動して、D粒子プレート同士が重なるようにします」


 俺は単独『プッシュ』とトリプルプッシュを披露して、その威力の違いを教えた。トリプルプッシュで丸太が弾き飛ばされたのを見た鉄心が感心して手を叩いた。


「なるほど、F級の昇級試験で、グリムが見せた魔法が、これだな。あれはいくつの多重起動だったんだ?」

「七重起動です。生活魔法ではセブンスプッシュと呼んでいます」


「学院の生徒たちが、グリム先生と呼んでいるので、不思議に思ってましたけど、なるほどです。グリム先生と呼ばれるだけの知識を持っていたんですね。私もグリム先生と呼ばせてもらおうかしら」

 加藤が冗談か本気か分からない事を言い出した。


「感謝するぜ。最近行き詰まっていたんだ。生活魔法を習得して、戦いに取り入れるとしよう」

 鉄心が珍しく感謝した。加藤が俺に視線を向けた。

「そう言えば、魔法庁に新しい生活魔法を登録しましたか?」


「まだです。習得する人が居ないだろうな、と思うと、面倒臭くなって」

 鉄心が興味を示した。

「新しい魔法というのは、どんなものなんだ?」


「二つ有るんですが、一つは先ほど言った『ブレード』、リザードマンを真っ二つにした魔法ですよ」

「あれか。中々使えそうな魔法じゃねえか。もう一つは何だ」

「『ジャベリン』という魔法です。登録してある『コーンアロー』という生活魔法の射程と威力を強化した魔法です」


 鉄心が『コーンアロー』を知らないというので、クイントアローを丸太に向けて放った。丸太に穴が開きヒビが入ったのを見て、鉄心と加藤は感心した。二人ともクイントアローの存在感を感じたようだ。


 俺が教えたのは、そこまでだ。中級ダンジョンの浅い階層で活動するには、『プッシュ』『コーンアロー』『ブレード』『ジャベリン』の四つが有れば、十分だと思ったからだ。


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