第48話 中ボス部屋の戦い

 それからも激しいレースが続いた。運の悪い者は魔物の群れや強敵に遭遇して足止めされ、遅れ始める。俺は幸運だったのか、強敵にも群れにも遭遇せずに順調に進んでいた。


 七層まで下りた時にやっと先頭集団に追い付いた。ここはアンデッドエリアである。ファントムに奇襲されるような事が有れば、最悪なので慎重に進んだ。


 慎重に進んだつもりだったのだが、少し焦っていたのだろう。ファントムの出現に気付くのに遅れ、聖銀製短剣を抜いたと同時に、ファントムに肩を触られた。


 その肩から魔力が吸い出されるのを感じながら、聖なる短剣で薙ぎ払った。

『あううっ』

 ファントムが断末魔と黄魔石を残して消えた。俺は唇を噛み締める。

「ドジッた。魔力を三割ほど吸い取られたか」


 一度だけの失敗だったが、魔力三割の喪失は痛い。それから慎重に進み、八層に下りる。ここまで進むと、人の気配が少なくなる。


 俺はレッドコングとリザードソルジャーを倒しながら、足を速めようとして止めた。

「いや、慎重に行こう。今回は優勝は狙わないと決めたじゃないか」

 俺ははやる気持ちを抑えて、慎重に進み始めた。それが良かった。いきなりレッドコングが木の上から奇襲を仕掛けてきたのだ。


 あのまま足を速めていたら、奇襲をまともに喰らっていた。ギリギリで奇襲を避けて、クイントプッシュで反撃する。反撃を受けたレッドコングが地面を転がる。


 起き上がったレッドコングの顔にクイントアローを叩き付けた。それが致命傷となり、レッドコングは消える。

 何とか八層の最奥にある階段まで辿り着いた。そこを下りると目的の九層である。


 ハイゴブリンの魔法に気を付けながら、迷路を進み五匹のゴブリンと二匹のハイゴブリンを倒して中ボス部屋の前まで辿り着いた。


 そこには五組の冒険者チームが順番待ちしていた。その先頭に鉄心チームが居る。

「あれっ、鉄心さんが一番なんですか?」

「いや、一番は学院チームだ。今、中ボス部屋に入ったところだ」


 一番は風祭たちだったようだ。風祭たちが入り口から入り、その入り口が閉ざされたところだという。

「中は見れないんですか?」

「見れるぞ。壁に拳大の穴が開いているだろ。そこから中を覗いてみろ」


 ダンジョンの壁は厚さが四十センチほどで、そこにいくつかの穴が開いている。何人かは、その穴から覗いていた。俺もその一つに近付いて、中を覗き見る。


 風祭たちが部屋の中央に向かって進んでいるところだった。中ボスの姿が見えない。中央に巨大な柱のようなものがあり、その背後に中ボスが居るらしい。


 鉄心が俺の隣に来て、別の穴を覗き始めた。

「鉄心さんは見飽きているんじゃないですか?」

「まあな。だが、学院の連中がどんな戦い方をするのか、見てみたいじゃねえか」


 鉄心の興味は中ボスではなく、風祭たちだったようだ。一方、俺が興味が有るのは、中ボスであるゴブリンロードの強さだ。


 風祭たちが中央の柱に近付いた時、その陰から一匹の魔物が姿を現した。身長が二メートルあり、頭に二本のねじ曲がった角がある。赤い肌をした顔は醜く、口から覗く牙が見える。筋肉質の身体、手には短槍を持っていた。


 強そうだ。非常に強そうだ。

「あいつが、ゴブリンロードか」

 鉄心に視線を向けると、その顔が青褪めていた。


「どうしたんです?」

「違う。あいつはゴブリンロードじゃねえ。ゴブリンキングだ」

 ゴブリンキングは、ゴブリンロードより数段上の強さを持つ魔物だ。


 俺は覗き穴から風祭たちの様子を確かめる。何だか慌てていた。風祭たちが慌てるほど強い魔物なのだろう。

 ゴブリンキングと風祭たちの戦いが始まった。


 魔装魔法使いである倉石と蒼井が、『パワータンク』という魔装魔法で身体を強化する。これは『パワーアーマー』の倍以上も筋力が強化される魔法だ。


 倉石が黒鉄製の剣、蒼井が黒鉄製の槍を構えてゴブリンキングに接近する。二人はそれぞれの武器を打ち込んだ。ゴブリンは二人の武器を驚くべき怪力で受け止め撥ね返す。


 激しい戦いが繰り広げられた。倉石・蒼井のスピードはかなりのものだったが、ゴブリンキングも二人に負けないほどのスピードを持っていた。


 しかもゴブリンキングは魔法も使う。口から火の玉である火球弾を撃ち出せるのだ。この火球弾は命中すると爆散し周囲を吹き飛ばす威力があった。


 連続して撃ち出された火球弾が、二人を吹き飛ばした。その瞬間、風祭たちの攻撃魔法がゴブリンキングを狙って発動する。黒月と辻元は『クラッシュバレット』、風祭は『ライトニングボム』だ。


 『クラッシュバレット』の発動により黒いボールが撃ち出され、ゴブリンキングに命中すると爆発した。その威力はかなりのものだが、ゴブリンキングは全身を魔力障壁のようなもので覆っているらしく、爆発で身体は吹き飛ばされたが、無傷だった。


 『ライトニングボム』を発動した風祭の手から稲妻が走り、ゴブリンキングに命中すると火花を散らしながら高圧電流を流し込もうとする。だが、やはり魔力障壁のようなものが電流を弾いた。


 火球弾により吹き飛ばされた倉石と蒼井が戦いに復帰。風祭たちとゴブリンキングは、目まぐるしく動きながら激しい攻防を繰り広げる。


「凄え戦いだな。だが……まずいな、学院の連中が不利だ」

 鉄心が呟くように言った。俺は納得できなかった。

「どうしてです? 少なくとも互角に見えますが」


「ゴブリンキングの体力だ。全く衰えていねえ、それに対して学院の連中は、肩で息をするようになっている」


 その通りだった。風祭たちの顔を見ると、焦っているように見える。声は聞こえなかったが、仲間同士で怒鳴り合うように話しているのが見える。


 風祭が腰のポーチから何かを取り出した。

「馬鹿野郎、そんなものを……」

 後で知ったが、風祭が取り出したのは『エスケープボール』と呼ばれている。周囲の者を転移させる力を持つ魔道具なのだが、ボス部屋などから逃げ出すためにも使われる事がある。


 但し、このエスケープボールは人型の魔物も転移させるので、戦っている魔物の種類によっては意味がない事もある。戦う場所が変わるだけという事だ。そして、エスケープボールは一番近い空間に転移する。


「エスケープボールだ!」

 鉄心が叫び、逃げ出した。他の冒険者たちも逃げ出す。その時にエスケープボールを知らなかった俺は、逃げるのが遅れた。


 中ボス部屋で強い力が解放されるのを感じた。次の瞬間、風祭たちが目の前に現れる。そして、逃げ始めた。状況が分からない俺だけが取り残された。


 中ボス部屋に居たはずのゴブリンキングが中ボス部屋の前にある空間、即ち俺が居る場所に立っていた。

「嘘だろ」

 俺は慌てて『オートシールド』を発動する。その瞬間、ゴブリンキングの槍が目の前に迫っていた。九枚のD粒子シールドが反応し、槍を弾く。


 近距離だとゴブリンキングの動きが見えなかった。先ほどまでは遠くから見ていたので動きが分かったが、近くだと目が追い付かない。


 俺は『センシングゾーン』も発動する。これでゴブリンキングの動きが分かるようになった。だが、この二つの生活魔法は、かなり魔力を消費する。長くは発動できない。ファントムに吸われた魔力が有れば、と後悔しながら戦う。


 クイントアローをゴブリンキングに放つ。魔力障壁で弾かれた。クイントジャベリンも効かない。近付いてくるゴブリンキングに向かって、セブンスプッシュを放つ。


 ゴブリンキングが弾かれて宙を飛び、ダンジョンの壁に激突して空間全体を揺らす。飛び起きたゴブリンキングは、吠えてから俺の背後に回り込み槍で刺そうとした。


 俺はD粒子の動きで察知して、振り向きもせずにセブンスプッシュをゴブリンキングに向けて放った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る