第30話 模擬戦

 天音たちのクラスで生活魔法の授業が始まった。もちろん、教える教師はグリムではなく新任教師の城ヶ崎である。城ヶ崎は自分が教えているのに、生活魔法を重要視していなかった。


 教科書を読み上げるだけという最低の教え方をしている。なので、生徒たちの間で授業を聞く気を失くした者が増えた。その授業が終わった後、天音たちが集まる。


「あの先生、生活魔法の事を馬鹿にしています」

 アリサが珍しく怒っていた。やる気のない授業に怒りを覚えたらしい。


「あんなのを相手にしちゃダメよ。それより、今日の模擬戦はアリサの番だったんじゃないの?」

「そうなんだけど、相手がカリナ先生なのよ」


 グリムの戦い方を知っているカリナだと戦い難いというアリサに、千佳がアドバイスを贈った。

「カリナ先生が得意なのは『コスモガード』よ。防御力に重点を置いた魔装魔法だけど、筋力も三倍ほどになっているから、油断しないで……特に先生が剣を下段に構えた時は注意して、連続の攻撃が来るから」


 アリサは深呼吸をして緊張を解きほぐそうとする。アリサは鎧に着替えるために更衣室へ向かった。

 訓練場にクラスの全員が集まり、模擬戦を行う生徒たちを待っていた。今日、模擬戦を行うのは、アリサと二宮、岸の三人である。


 三人とカリナが現れ、まず岸とカリナが訓練場の中央へ進み出た。カリナの手には竹刀、岸の手には木刀が握られている。


 攻撃魔法と生活魔法を教えている城ヶ崎も見物に来ていた。城ヶ崎が由香里へ顔を向ける。

「最初に戦う岸という生徒は、どんな生徒なんだ?」

「岸君は、魔装剣使いです。『パワーアーマー』が得意なのかな」


 城ヶ崎が鼻で笑って模擬戦に目を向ける。城ヶ崎は攻撃魔法こそ最強だと考えているようだ。

「始め!」

 その声で模擬戦が始まる。二人は同時に得意な魔法を起動した。


 まず岸が弾丸のように駆け出した。カリナも迎え討つために走り出す。中央で激しい戦いが始まる。明らかに手加減しているカリナに、岸が全力で戦いを挑んでいる。


 五分ほど戦い、岸がスタミナ切れしたところをカリナが懐に飛び込んで、頭を竹刀で叩いた。

「参りました」

 岸が立ち止まって、息を切らしていた。顔に汗が浮かび、全力で戦った事を窺わせる。


 二人目は二宮だった。二宮は戦棍が得意なので、手には棒を持っている。

 模擬戦が始まると二宮も『パワーアーマー』を起動した。二人の戦いは岸の時より激しかった。ただ二宮の戦い方は荒い、防御を無視した攻撃を時折行っている。


 そんな無謀な攻撃を、カリナに突かれて竹刀で足を払われ倒されてしまう。二宮が起き上がろうとした時には、竹刀が突き付けられていた。


「ふん、あの二宮という生徒は、ダメだな。さて、次は女子生徒か、確か生活魔法が得意だという生徒だな。それだと、ちゃんとした模擬戦にならんな」


 城ヶ崎の言葉に、由香里は怒りの表情を一瞬だけ浮かべてから、

「先生は、生活魔法を戦いに使わないのですか?」

 と尋ねたが、答えは分かっていた。


「生活魔法を戦いにだって、使う訳ないだろ」

 由香里はわざとらしく溜息を吐いてから、アリサに目を向けた。


 アリサは槍を得意としているので、手には棒を持っている。模擬戦が始まるとアリサはゆっくりとカリナに近付き始めた。


「あいつ、何をしているんだ。もう模擬戦は始まっているんだぞ」

 城ヶ崎が眉間にシワを寄せて見ている。

「生活魔法使いの戦い方は、ああいうものなんです」


「ふん、生活魔法使いに戦い方などあるものか」

 城ヶ崎が言うのを聞いて、由香里は不機嫌な顔をする。


 アリサが近付き、それに反応したカリナが飛び掛かる。アリサがトリプルプッシュを放つ。空中で透明な板に衝突したカリナは一回転して地面に着地する。


 そこにアリサのトリプルアローが放たれた。アリサの表情で攻撃を放ったと察知したカリナが横に飛び退いて躱す。トリプルアローは地面に突き刺さり穴を穿って消えた。


「やるわね」

 カリナが笑い、右にフェイントを仕掛けてから左に飛んで竹刀を振る。その竹刀にトリプルプッシュを当ててアリサが避ける。


 フェイントを混ぜながら縦横無尽に動き攻撃を仕掛けてくる相手に、アリサはプッシュで抵抗したが、次第に追い込まれていく。


 カリナが上段から竹刀を振り下ろす。その胴にトリプルスイングを放って相打ちを狙うアリサ。だが、カリナは躱して、一撃を決めた。


「痛っ……参りました」

「中々楽しめた。グリム先生が居なくなって残念ね」

 アリサは頷いた。


 その戦いを見ていた城ヶ崎は、納得できないという顔をしている。

「おかしいだろ。生活魔法使いに、あんな戦いができるはずがない」

 城ヶ崎はカリナに近付いて問い掛けた。


「望月先生、今の生徒は攻撃魔法も使えるんですか?」

「いいえ、彼女は生活魔法だけで戦っていましたよ」

「どんな魔法を使っていました?」


「そうね。一番多用したのは、『プッシュ』かな。何度も跳ね返されたから確かよ。次が『コーンアロー』ね」

「『コーンアロー』? そんな魔法は、生活魔法にはありません」


「それは勉強不足です。最近魔法庁に登録された魔法ですよ」

 カリナに言われた城ヶ崎は、仏頂面をする。


「しかし、威力がおかしかった。『プッシュ』にあんな威力はなかったはず」

「私はあまり詳しくないですが、工夫しているみたいですよ」

「そんな……生活魔法の教師でもある私より、生徒の方が先を行っているなんて」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る