耳を塞いで叫んだ

青蒔

第1話

 いつも、気付いたら、全部終わっている。

 私に『頑張った』という実感は訪れない。

 多分、死ぬ時も、『気づいたら死んでた』ってそう言うだろう。へらへら笑みを貼り付けて。頭の調子でも可笑しそうに。『生きた』実感を伴わないままに。

 くだらなくて、意味のないものに存在する価値はないだろう。そんなものは生まれないはずだ。もし仮に、あるとすればそれは神サマの不良品だ。

「君はあれだね。何にでも意味をつけたがる病気なんだ。存在する全てに意味があると思ってるんだろ」

「違うのか? 意味がないのは価値がないのと同じだろう?」

「じゃあ価値のないものは存在しない、か」

「そりゃそうだ。この世は需要と供給で成り立ってる。誰からも求められないものは価値がないから生まれない」

「社会主義と共産主義はどうする」

「あれこそ無駄のない洗練されたものだと思うね。私たちが人間じゃなければ、の話だが」

「君はポルポトを知らないのか?」

「あれは単なるリソースの無駄遣いだ。人殺しには金がかかるし、時間がかかるし、反感を買う。それを全世界に知らしめるという意味があった」

「彼がやらずとも皆知っていたんじゃないか?」

「人は忘れる」

「口が回るねえ」

「そりゃどうも」

 なんてそんな会話をしたのはいつだったか。会話の相手は誰だったろうか。

 軽快な口調で、私とは違う世界観を、人生観を語っていたのは覚えている。しかし、彼なのか彼女なのかわからないその人と他にどんな時を過ごしたのか、わからない。

「のらりくらり、そう、のらりくらりとただ漫然と生きてるやつってのはさ、身を削るように切羽詰まった生き方をしてる奴を見ると自分とは違うつって何もかも諦めんのか、このままじゃダメだって死に物狂いになるかのどっちかなんだよ」

 ふと、誰かの台詞が頭に浮かんだ。

「ふうん、で、あなたはどちら側なの?」

「俺は前者だ。とんでもない屑だよ。生産性のない生活しか送れない怠惰者」

「そう、そんなあなたが語りたいその人生観の意味は何?」

「そうだな、俺は切羽詰まった生き方をしたい人生だったってことを無意味にも主張したいだけさ。つまりはただの自己満足ってやつだな」

 そんなことを言いながら、台詞の主人は得意気に笑っていた。

「愛して欲しい愛して欲しいって、自分のことばっかり。貴方が相手のことを愛してもいないのに」

 そんなふうに言われていたあの女は誰だったか。そして全能のフリをした声の持ち主は。

「だって、私にそれはわからないから。誰かに愛されればきっと」

「愛は不可逆的だ。愛されたところで君にはわからないだろ」

「あなたこそ何を全ての理を知ったような顔をしているのかしら」

「さあな。少なくとも君より世界に対する造形は深いつもりでいるよ」

 この人たちは誰?

 私にとっての何?

「失敗作からは失敗作しか生まれようがないじゃないか」

「失敗は成功の母、じゃないの?」

「ああ、違う。ここにいる僕こそがその反証だ」

「あなたは失敗作って言いたいわけ?」

「そうだよ。僕は失敗作から産まれた失敗作だ。彼らの求める完璧に追いつけない」

「完璧である必要なんてないわ」

「あはは、そう言ってくれる両親が欲しかったね。自分が失敗作って自覚を持った。僕に完璧を求める資格は失敗作の彼らにはないはずだろう?」

「つまるところ、あなたは何を言いたいのよ?」

「そんなの決まってるさ。僕は赦されたかったんだ」

 お前は誰だ。こんな人は知らない、そのはずじゃないの? 私はだれ?

「子供なんて所詮理屈なしに親に支配されてしまう存在なんだ」

「私は親がどうなんてこと考えずに判断してる」

「本当にそう思うのか?」

「親の知るところで過ごしてきた中で作られた価値観は親の支配の下じゃないか」

「そんなわけ」

「ない、と言い切れるか?」

「……だんまりか。恐ろしいよ、親ってのは。永遠に、自身が死んでも子を制御するんだ」

「子供を育てることはそう言うことなんでしょう」

「そうだな。だからこそ、だ。私たち人間はその種が続く限り、ずうっと不完全な複製をして、緩やかに変化していく。その無限性が僕には酷く残酷に見える」

 知らないよ、そんなの。

 なんだっていいじゃない。放っておいて。

 貴方が私が息をすることさえ赦してくれれば、それで。

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耳を塞いで叫んだ 青蒔 @akemikotaro

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