こちら魔王軍、勇者撮影部隊!!

@doratam

魔王リウムの奮闘

「いったいどうなってる!?」


魔王城円卓の間に立つ配下を前に魔王リウムは机を大きく叩きながら言う。


「おい、スライム!!お前何故勇者に素直にやられなかった!!」


小さな背丈の腰ほどまである、銀色の長い髪を振り乱しながら、鬼気迫る表情でスライムを見つめる。

スライムはゆらゆらと体を揺らしながら、その言葉に答えた。


「自分、スライムが雑魚って思われるの嫌なんすよ。親父達は序盤の足掛かりになる事を誇りに思えとか言うけど、自分だってやれるんすよ。自分そんな小っちゃい器じゃないっす。」


悪びれもせずに答えるスライムに頭の血管をピクピクと浮き上がらせながらリウムはその言葉を聞く。


「お前自分の役割が分かってるのか!?旅立ち初日の記念すべき今日!お前が勇者を粘液で溶かしてから、奴は宿から一歩も出ないんだぞ!?」


「冒険に出たら危ない目には会うもんっす。最初からそこん所教えてやっただけっすよ。」


「それは、別の者の役割であってお前じゃない!!お前は序盤の経験値稼ぎマシーンなんだよ!!」


「そういうレッテルが嫌なんすよ。一番最初のご先祖様はその役割で良かったかも知れないっすけど、別にスライムじゃなくても良くないっすか?俺、ゴブリンとかオークよりも強いんすよ?」


「長い間、スライムが最弱モンスターとして名を馳せて来たんだ!今回の勇者もその認識なんだよ!最初に動物っぽい見た目だと引いちゃうかも知れないから、お前ら軟体のスライムがぴったりなんだよ!」


「やだやだ。時代と共にシステムは変えていかないと。慣習で物事進めるのは良くないっすよ。自分は最初から現実の厳しさを教え込んでやる方がいいと思うっす!」


「そういう事は勇者の冒険の撮影が始まる前に全部言っておけよー!!!」


そう今日一番の大声で叫ぶと机に倒れるように突っ伏した。


「もう嫌だ、辞める。我、魔王なんて、辞める。」


顔を手で隠すように覆い涙声になりながらそう漏らすリウムに、隣に立つサキュバスメイドのスリスが声をかける。


「リウム様、まだまだ序盤です取り返しはつきますわ。」


その言葉に指先を少しだけ開き、その隙間からチラリとサキュバスを見ながらリウムは尋ねた。


「だいぶ前倒しになってしまいますが、仲間を勇者の元に送りましょう。勇者が一人で立ち上がるのが無理そうならば、周りを使えば何とかなるかもしれません。」


「・・・そうかも、しれない。・・・そうして見ようかなぁ。」


救いがまだあるかも知れない。

そう思えたリウムがそんな事を呟くと同時、その目の前に球体がふわりと現れる。



「やっほー、リウム。撮影は順調っ??」


その球から聞こえる声の主はこの世界を作った、女神アルテネ。

リウムを苦悩の中間管理職に陥れた元凶である。


「ア、アルテネ様っ!!ご尊顔を賜り光栄です!」


濡れた瞳を拭いリウムはその球体へと頭を下げた。


「いいって、いいって、そんな畏まった挨拶なんかしなくても!それより、撮影はどうなのよー?」


勇者は宿に籠もったままで、撮影などこれっぽっちも出来ていない。


神託を受ける所までは良かった筈なのに、それからは布団にくるまる勇者の姿が映されているだけだ。


しかしそんな事そのまま口にする訳にはいかない。


「えーー、勇者は宿で英気を養っている所です。もう暫くしたら本格的な撮影に挑もうと思っている所です!」


「ちょっとー?それ大丈夫なの?今日、冒険に出たばっかなのにもう宿で休むって、ちょっと甘いんじゃない?」


痛い所を突いてくるアルテネの言葉にリウムが少しだけ返答に詰まると、その様子に気づいたスリスが横から助けに入る。


「女神アルテネ様。話に割り込んで失礼致します。魔王様は冒険が始まる前の準備で少しお疲れのご様子でして、恐れ多くも私が状況を説明させていただいてもよろしいでしょうか?」


そんなサキュバスメイドの言葉に、


「あー、まぁそう言う事なら良いわ。リウム、貴方は監督なんだから適度に休みも取らなきゃダメよ?上が休まないと下も休めないんだから!」

と返すアルテネ。

お前が言うな!と苦々しい気持ちを押し殺しながらリウムはご配慮ありがとうございますと頭を下げた。


「それでぇ?なんで勇者は冒険初日から宿に籠っちゃってる訳ー?」


「はい、女神アルテネ様。

私達、魔王軍勇者撮影部隊は今度の勇者の冒険を今までとは一風変わった物にしたいと考えました。

序盤の内はスムーズに進めさせ、次第に試練を与えるといった物が半ばテンプレートの様になっている事に疑問をもったのです。

同じ様な物を見続けて皆様満足して頂けるのかと。

そこで、序盤から大きめの試練を与え、苦悩しながら進む勇者を撮影しようと考えた結果、今勇者は宿に籠っているのです。」


淀みなく説明するサキュバスメイドの言葉は、今の事態を上手く取り繕っていた。


アルテネにもその言葉は納得出来る様な物であったようで、


「なるほどねぇ。まぁ確かに今までと同じ様にやっていたら、『全神冒険フェスティバル』では優勝は難しいかもしれないものねぇ。」


『全神冒険フェスティバル』。


それが全ての諸悪の根源だった。


全ての神が集まる会議で一柱の神が、自分が管理する世界に居た英雄の活躍を、さながら映画の様に皆に見せたのが始まりだった。


暇を持て余していた神達はそれに熱狂した。


傷つきながらも前へ進む英雄。それに立ち塞がる宿敵。


そんな彼らの姿は神達を一瞬にして虜にした。


自分が管理する世界でも見てみたい。


そう思う神が多く現れ、皆自分の世界に居る英雄を探し、それを撮影させ周りの物に見せた。


そうして。そんな事が暫く続いた後、また一柱の神が言った。


数多の世界で英雄の存在が撮られているが、自分の世界の英雄が一番であると。


その言葉に周りの神は反発した。いや、私の世界の方が凄い。私の世界の方が格好良いと。


口論では治らず、小競り合いまで発展するものもあった。


しかし小競り合いとはいえ、神と神である。


そのスケールは凄まじい。


いくつかの星がその余波で消えたが、それでも諍いが絶える事はなかった。


収まりの付かない事態に誰かが言った。


全ての冒険を見て、一番を決めよう、と。


そうして始まったのが『全神冒険フェスティバル』。


全ての神からの投票で決まる優勝作品を産み出した神は大いなる栄誉と名声と自尊心に包まれるのだ。


何百年に一度開かれるその祭典に向け、今魔王リウム達は勇者の冒険を彩る為、必死に工作を続けているのである。


「それでぇ?試練を与えるのは良いけど、先に進まなきゃ話は進まないでしょう?宿に閉じこもっちゃった勇者をどうするつもりー?」


「はい。慣習からすれば勇者に仲間が手に入るのはもう少し先の事になりますが、今回はもう仲間を作るよう仕向けます。長時間、共に行動させる事によって二人に起こるロマンスに、思い入れが深くなる様にして見ました。」


その言葉を聞くとアルテネは声色を一段高くして答えてた。


「いいじゃない、いいじゃない!試練に立ち上がれない勇者、それを支える仲間。そして支え合う気持ちは次第に恋に変わっていく。仲間と恋に落ちるのは、よくある手法だけど、序盤からってのはあまり見た事ないわね!

いいわ!その脚本で勇者の冒険を進めなさい!」


快諾するアルテネにリウムはホッと一息ついた。

なんとか誤魔化せたようだ。


「しっかし、序盤からテンプレを壊して行くなんて、リウムあんたも中々やるじゃない!あんた達だけだとちょっと不安だったから、アドバイザー的なの連れて来たけど、コイツはもう要らないかしら?」


球体からパチンと指を弾くような音が聞こえたと共にリウムの前に、この世界では見慣れない服を着た人間族の男が座り混んでいる。


「別の世界の友神が、英雄撮影の時に間違って殺しちゃったヤツらしいんだけど、生き返らせようとしたら、別の世界がいいって駄々捏ねるらしいのよ。そんで、違う世界のエッセンスを入れたら面白くなるかもと思って私が預かって来たんだけど、コイツ要る?」


リウムとスリスは二人で顔を見合わせ、頷くと返事を返した。


「「要りません!!」」


只でさえ命令を聞かない部下に手を焼いているのだ。


知りもしない別の世界の男の面倒など見れる訳も無かった。



「それで、スリス?今我が見ている映像がお前の考えた仲間を序盤投入した結果なのか?」


豪勢なイスに座り円卓の机を指先でトントンと叩きながら、画面を横目で見るリウムはスリスに聞いた。


「ええ、無事上手くいきましたね。まさか派遣させて一日で二人がここまで仲良くなるとは私も思いませんでした。」


何か問題でも?といった様子で言葉を返すスリス。


「スリス、お前それ本気で言っているのか?」


「ええ、二人が仲睦まじい様子でこの先の撮影が上手くいく事に確信を持ちました!」


その言葉に椅子から勢い良く飛び上がり、リウムは写された映像を指でさした。


「良く、この画面を見てみろ!!」


指さした画面の先には勇者が泊まる宿の一室が写し出されている。


その部屋には、布団を被りすすり泣く女とその横で上半身裸の男がタバコを吸っている様子が映し出されている。


「こ、れ、の、どこが仲睦まじいんだ!!どう見ても性被害者と加害者の事後の姿だろ!!」


直視するのは恥ずかしいのか、画面をチラチラと見ながらリウムは叫ぶ。


「サキュバスの私からすれば、こういう始まりは良くある事ですよ?」


「世界を救う勇者が仲間に抱かれてスタートする冒険譚なんてあり得ないだろ!?」


「それは今まで無かっただけであって、これから私達が作るのです。いうなれば私達はパイオニア。見た事も無い冒険譚を彩ると思うとワクワクしますね!」


その言葉にリウムは肩をわなわなと震わせて円卓を強く叩いた。


「我達は、冒険譚を作るのであって、セクシー映像を撮りたい訳じゃないんだ!これから二人はどうなる!?朝起きて、さぁ!冒険に行こう!となるか!?」


「そこに関しては問題ありません。あの男僧侶は私が選び抜いた逸材。上手く口で言い包めてくれますよ!」


僧侶!?あの茶髪に少し焦げ肌をした、いかにも女好き見たいな外見をした男が僧侶!?


直視出来なあ映像を、リウムは何度かチラ見にしてその姿を確かめた。


「・・・アイツ、僧侶なのか?」


その言葉にスリスは目を見開きリウムの顔を見た。


「魔王ともあろうお方が人を見た目で判断するなんてよろしく有りません!あの男は教会の中でも一、二位を争う凄腕なんですよ?」


アイツが!?たしなめられたばかりのリウムはその声をぐっと飲み込み口から出ないようにした。


「私が影で操る聖王教会から選び抜いた逸材です!昼はモンスター退治に、夜はベッドのお供にと勇者の仲間にするのは最適な物を選んだつもりです!」


「夜の事なんて考えなくていいんだよ!よしんばあったとしてもそれは徐々に絆が深まってからで良いの!!」


と突っ込んだ所でリウムはあれ?と首を傾げた。


「なぁ、スリス。我の聞き間違いじゃ無かったら、聖王教会を影で操るって言った?」


それがどうした?とでも言わんばかりの表情でスリスは答える。


「ええ、そう言いましたが、何か問題でも?」


「いや、問題っていうか、我そんな話聞いた事無いんだけど。」


「聞かれませんでしたから。」


「聞かれませんでしたから!?スリス!仕事は、ほう、れん、そう。報告連絡相談が基本だぞ!?」


「存じておりますが、私が聖王教会を影から操る様になって、百年以上は経っています。まさかリウム様がご存知無いとは思っても居りませんでした。」


百年?百年コイツの隣にいて我はこんな重要な事も気付いていなかったのか?そう思うとリウムは自分がダメな上司だと思え酷くショックだった。



「まぁ、私がリウム様の前で教会について話した事も何かした事も無いので気付かれなかったのも仕様が無いかもしれません。」


落ち込む様子のリウムをみてフォローをするスリスであったが内心は


『落ち込むリウム様はなんてかわいいんでしょう。仔犬見たいな顔されて!頭ナデナデしてぺろぺろしたいです。』


と碌な物では無かった。


スリスのフォローに少しだけ立ち直った様子のリウムは


「そうだよな?我の前でそんな素振りも話もした事無かったよな?そうだよな?」


と自分を納得させる様に口を開いている。


「すみません、百年以上前の事とは言え報告は上げるべきでした。次からはこの様な事がない様に致しますので。」


そう頭を下げるスリスであったが内心では、


『あぁ、自分で自分を励ますなんて、なんて健気なんですリウム様。ほっぺたハムハムしたいです。』


なんて考えているのであった。


「兎に角!あの男はダメだ!適当に言い包めて引き上げさせろ!勇者の冒険を18禁には出来ん!」


「リウム様その18の後にはいくつ0が付くのですか?」


映像を見る対象は神なのだから、リウムの配慮はいらないのかも知れない。



「それで?スリス?あの男の変わりに派遣された仲間はコイツなのか?」


円卓を指で叩きながらリウムはジロッとスリスを睨んだ。


「ええ、リウム様のご命令通り、間違いがない様にと教会から選ばせて頂きました。」


その言葉にリウムはバンっと両手を机に強く叩きつけながら、椅子から立ち上がった。


「確かに?我は間違いがない様に、異性はやめろと言った。お前が操ってる教会に碌な男がいなさそうだしな。で?それがこの結果か?」


画面に映るのは、勇者がベッドの上で恥ずかしそうに僧侶服を着た女に腕枕されている。


「異性だったら何でも良いって訳じゃないんだよ!

あれか?お前の選ぶヤツは全員その日にお待ち帰りしないと気がすまないのか!?」


その言葉にムッとした顔を見せたスリスは、


「心外です!お持ち帰りなんて言い方やめて下さい!二人の心が繋がった結果です!」


「言い方なんてどうでも良いんだよ!!」


リウムはそういうと恥ずかしいそうに画面をチラチラと覗く。


「そ、それに、女同士なんて、おかしいだろ?」


『あぁー、画面を直視できないリウム様かわいいですよ!』


と心の中で思うスリスは、決してその思いを顔に出したりはしない。


「愛し合う物に性別など関係ありません。それにリウム様?女同士なら何がおかしいというのです?」


詰め寄るようにスリスはリウムに近づく。


「お、お前、だって、その、おしべとめしべというか何というか、付いてる付いてない、とか、あるだろ?こ、子供も作れないんだろ?」


どもりながら答えるリウムにスリスはついに興奮を隠しきれない様子で、


「何が付いていないんですか?リウム様?そのちっちゃなお口からハッキリと私聞きたいです!!」


ぐいぐいと迫るスリスに、リウムは


「ちょっ、近い!近いぞスリス!後なんか怖い!」


と少しだけ瞳を潤ませた表情を作った。


やり過ぎたか、と思うスリスは頭を下げる。


「失礼致しました。私の選出にリウム様が余りにもケチを付けるので少し頭に血がのぼってしまったようです」


素直に謝るスリスにリウムも少しだけ落ち付きを取り戻したようで、


「いや、我も言い方が悪かったかも知れん。すまなかった。」


と頭を下げ返した。


「それで、どうするスリス?こんな宿でイチャイチャしてるだけの映像アルテネ様にはお見せ出来んぞ。」


「まぁ、確かに映像に変化はありませんからね。色んな意味で動きはあるんですけど。」


その言葉にリウムは少しだけ顔を赤らめる。


「く、くだらん冗談はいい。別の仲間を手配出来ないのか?」


「仲間を手配する事は用意ですけど、またこういう関係になると思いますよ?私が支配している聖王教会のモットーは『汝隣人を愛せ。それがどんな形でも。』ですから。中には監禁したり、食事に色んな物を混ぜたりと過激な物もいますから、この子はまだ平和な方です。」


「・・・我、これから人の派遣にお前は頼らない事にする。」


そういうとリウムは肩を落とし、疲れた様子で円卓の間から立ち去っていった。


「落ち込むリウム様もかわいいですねー!」


ヤバイ奴が集う教会を裏で操るスリスである。


そんな彼女も愛し方が少し変わっているのは当たり前だった。



「おい、どうするスリス。」


「どうしましょうねぇ、リウム様。」


「アルテネ様に映像を提出する期限は今日だぞ?」


「そうですねぇ。どうしましょうか。」


その返事にリウムは小さい足で地面をダンダンと踏むとスリスの顔をギリっと睨んだ。


「何でそんなに落ち着いてるんだお前は!?結局勇者はあれから一歩も宿から出ていないんだぞ!?」


その言葉の通り、勇者はひたすら宿屋に引きこもり、冒険と名の付くものなど何もしていなかった。


「リウム様、私に当たられても困ります。あれから私は教会から人を派遣したりはしてません。リウム様が選んだ結果でしょう?」


その言葉についにリウムは手を上げた。

スリスの右腕にその可憐な体からストレートパンチを繰り出した。


「痛いですよ、リウム様。手を上げるなんて偉大な魔王しての風格が損なわれますよ?」


「お前がいうのか!?お前が!?」


「私が何をしたっていうんですか?」


リウムは一度ふぅ、と大きく深呼吸してからスリスの顔を見上げた。


「確かにお前は何もしていないかも知れない。けどな?勇者が宿から一歩も出なかったのはお前が派遣した僧侶達のせいだろ!?」


「えー、なんでもかんでも人のせいにするのは良くないですよ。」


「分かった。理解してないようだから私がキチンと説明してやろう」


リウムは腕を組み、真剣な眼差しでスリスの顔を見めた。


「我も色々とテコ入れしてみようと努力した。勇者に冒険してもらおうと数多くクエストも作り上げた。でもな?でも、勇者を立ち上がらせようと、街にモンスターをけしかければ、子猫ちゃんは俺が守る!とか言ってあの男僧侶が全部倒しちゃうだろ?遠い街で勇者の救いを待つ呪われた民がいると噂を流せば、女僧侶が自分のネットワークつかって解呪しちゃうだろ!?終いには猫ちゃんを守る会とかいう謎の団体が必死で用意したクエスト全部解決しちゃうんだよ!これにお前の責任が全くないといえるか!?」


「人が人を愛する力というものは時に計り知れない結果をもたらしますね!」


「そういう事が聞きたいんじゃないんだよ!!!」


天を仰ぎながらリウムが人生で一番の叫びを上げた瞬間、円卓の間に見覚えのある球体が現れた。


女神アルテネである。


「やっほー、リウム!今日が締め切りだけど大丈夫ー?勇者にやられて死んじゃってないー?」


気楽な様子の声が球体から響く。


リウムの体から一気に熱が冷めていくようであった。


アルテネの望むような冒険などこれっぽっちも取れていない。

あるのは勇者がゴロゴロとベッドの上で過ごす映像だけ。


もう、ここに至っては誤魔化しなど通用しない。


嘘を付いても映像を見られればそれは明らかなのだから。


「申し訳ありません。アルテネ様。我は、我は任務をこなす事が出来ませんでした!!」


大きな瞳からポロポロと涙を溢しながらリウムは頭を下げた。

予想もしていなかったリウムの反応にアルテネも


「えっ?どうしたのリウム?何で泣いてるの?何かあった?」


と驚いた様子で返す。


「我はアルテネ様の求めていた、勇者の冒険を作り上げる事が出来なかったのです!我は不出来な魔王です!罰するなら我を!配下の者達みな努力してくれたのです!罪があるのは我だけなのです!」


涙ながらにまくしたてるリウムにアルテネも戸惑いを隠しきれない様子。

何度か声をかけても、我が、我がと言うばかりで話にならない。


「えーっと、誰だっけ?あのサキュバスのメイド近くにいるー?」


その声にスリスが反応する。


「はっ!ここにいてございます!」


「何かリウムが取り乱しちゃって話にならないんだけど一体どう言う事なの??」


その疑問にスリスは落ち着いて返す。


「はい。どうやら、リウム様は自分の納得の出来る映像を取り終える前に期限を迎えた事を悔やんでいるようです。後少しで完璧な物が作れたのに・・・と。」


その口から偉大な女神に平気で嘘を付いた。


「あぁー、そう言う事?何か話的に全然映像出来てないのかも思っちゃった。完璧では無いにしろ映像はあるのね?」


「はっ!!こちらに用意してございます!」


スリスの手の上にあるのは魔法水晶。映像を留めるために使われる魔道具だ。


「ちゃんとあるなら良いのよ!リウムには悪いけど時間がないからこれは貰っておくわね!」


そう言うアルテネの声がする球体に魔法水晶が吸い込まれていく。


「リウム、そこまで反省するならもっと自分も納得出来る様に努力なさい!!結果次第ではまた次も貴方に監督をやってもらうでしょうからね!」


そういって、消えかけたアルテネをスリスが引き止めた。


「お待ちください!アルテネ様!その映像はアルテネ様も是非『全神冒険フェスティバル』まではご覧にならないようして頂きたいのです。」


「えっ??何で??まぁ、フェスティバル実行委員の神にこの後すぐに渡すつもりだからそうなると思うけど。」


「その映像は、未完成とはいえ、今までにない、革新的な映像に仕上がっています。是非アルテネ様にも他の神達と同じく、フェスティバルの時に驚きと共にご覧になって頂きたいのです。」


その言葉に少しだけ楽しそうな声のアルテネの声が響いた。


「まぁ、いいわ?そこまで言うんだから期待しましょう。リウム、また結果が出たら連絡を入れるわ!」


その言葉を残し球体は姿を消した。


「・・・スリスお前なんであんな嘘をついた?映像を見れば一目瞭然だし、アルテネ様だって他の神の前で恥をかかされてはお前を許しはしないぞ。」


「ええ、そうかもしれませんね。」


「罰を受けるのは我だけで良かったのに・・・。」


「リウム様の言葉を借りれば私のせい、なのでしょう?最後までお供いたしますわ」


先には不安しかないけれど二人は笑いあった。



それから暫くの時間がたった。

全世界から集まった映像だ。見るのにも時間が掛かるのであろう。


リウムとスリスは最後の時まで心穏やかに過ごそうといつもと変わらない生活を続けていた。


そんなある日、円卓の間に声が響いた。


「リウム!!リウム!!いないの!?早くいらっしゃい!!」


聞き覚えのある声に審判の日が来たか、とリウムはスリスを共にして円卓の間に急いだ。


そこには球体ではなく、実体の姿の美しい女神が立っていた。


直接罰を下せるように実体でおいでになったらしい。

リウムは覚悟をきめ、アルテネの前で頭を垂れた。


「お待たせして申し訳ありませんアルテネ様。覚悟は出来ておりますので、どうぞご随意に。」


その言葉を受けたアルテネは頭の上に疑問符を乗せる。


「はぁ?リウムあんた何いってるのよ。覚悟って何?」


「アルテネ様は私を罰しに来たのではないのですか?」


「何で私がリウムにそんな事しなくちゃいけないのよ!!今日はあんた達を褒めに来たのよ!!」


その言葉と共にジャジャーンと取り出されたのは綺麗装飾された楯。

そこには『全神冒険フェスティバル最優秀作品』

と文字が彫られている。


「まさか、あんな映像にしてくるとはね!逆転の発想ってやつね!皆驚きよ!でもこれからは、私には嘘はつかなくていいんだからね?」


「・・・これは?どう言う事でしょう?」


「見て分からない?あんたの作った作品が一番だったって事よ!やるわね!まさか、勇者じゃなくてそのクエストを用意する自分の姿を撮影させるなんてね!素晴らしいドタバタコメディーだったわ!」


チラリとスリスを見ればペロリと舌を出してリウムに少しだけ頭を下げている。


やってくれたな。と思う。

結局報連相などしないままじゃないかと思う。

けれど、その気持ちは決して悪いものでは無かった。


「次回もアンタ達に任せるからね!今回はこれで優勝出来たけど、次回から同じ手法じゃ厳しくなると思うわ!次は泣かなくても良いように、キチンと準備しておきなさい!」


そういいながら、リウムとスリスの頭を撫でるとアルテネは姿を消した。


後に残ったのは二人。


「スリス、お前いつから映像を撮ってたんだ?」


「最初からですよ。一番最初から。」


「こうなるって分かっていたのか?」


「いえ、あの映像はしゅ、ゴホン、このような事もあるかと思って。」


「・・・まぁ、いい。次からはキチンと連絡を入れろよ?」


「ホウレンソウですね?」


「そうだ、ホウレンソウだ!」


二人は抱き合って笑いあった。


そしてアルテネから来る次の指令の為動き始める。


「早速次へ向けて会議を行う!あの問題児のスライムを円卓の間に呼んで来い!」


「かしこまりました、リウム様」


まだまだ魔王の苦難は終わらないのかも知れない。


ついでにいえば、神から次のオモチャとして標的に選ばれる事になった全世界の魔王からリウムは恨まれる事になるがそれはまだ別のお話。



おしまい。



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