そらフられるわ

椎名ロビン

最初で最終回「翌日泣きながら留守電が入ってた」


「彼氏への誕生日プレゼントとして買ってたお菓子を全部食べちゃったんだけど、どうしたらいいと思う?」

「お前何言ってんの?」


扉を開け、開口一番ふざけたことを抜かす友人・諸田空音もろた あのんに、思わず心の声が漏れる。

くたくたになるまで働いて、突然送られてきたラインを見て遥々家まで来てやったのに、こいつは何を言っているのか。


「ラインしたじゃん。彼氏へのプレゼントで相談があるって。プレゼント全部食べちゃったからどうすればいいか一緒に考えてよぉ」

「お前何言ってんの???」


あまりのことに、壊れたビデオテープのように同じ言葉を繰り返した。

ブッ壊れているのは私・船西今日子ふなにし きょうこの方ではなく、空音の脳みその方だと思うけれども。

空音とは中学時代からの付き合いだが、昔からいつもどこかがズレていた。

だから、女の私から見ても可愛い顔をしてるのに、まともに彼氏も出来ずに今まで来てしまったのだろう。

一ヶ月程前に彼氏が出来たと聞いたときも詐欺じゃないかと疑った程だ。

ちなみに今でもちょっぴり疑っている。


「普通プレゼントの相談って、買う前に何にしたらいいのとかの相談じゃん。お前ほんと何やってんの」

「でもでも、全部食べて結局用意しなおしだし、実質同じようなものじゃない?」

「だったらせめて食ったの部分は黙っておいてほしかったんだよなァ……」


余計なことを言わなければ、気持ちよくアドバイスが出来たものを。

仕事(学校の教師だ。今日も進路相談で帰りが遅くなっていた)で疲れた体を引きずり、夜十時過ぎに家まで来た相手に対してこの仕打ち。

私以外の友達がどんどん離れていくというのもよく分かる


「大体何で食べちゃうんだよ。歯止めの概念、産道にでも落としてきた?」

「いやいや違うんだって。これには本当にちゃんとしたわけがあって……」

「……一応聞こうか」


ため息を吐きながら慣れた手付きでジャケットをハンガーにかける。

最早私専用と化しているこのハンガーも、このまま空音が上手くいけば、私よりも彼氏の方が使う機会が増えてくるのだと思う。

そう考えると、少し寂しい。


「すーっごくオシャレで高いんだけど美味しそうなお菓子をね、プレゼントとして買っんだけど、美味しいかどうか分からないのに贈るのって失礼じゃない?」

「人類っていうのは清く正しい理念があっても手段を誤り破滅できる悲しい生命体なんだな……」


まあ、テロだのカルト宗教だのも、お題目は立派で尊かったりするもんな……

私の学校にも、美味しい差し入れを食べるとみんなやる気が変わることに気付いた結果、自分にできる形でチームに貢献しようとして、バットを振らずにおにぎりを握る練習しかしないソフトボール部員がいた。

人は立派な理念で暴走が出来る愚かで悲しい生物なのだ、優しく対応してあげよう。


「まあいいや……一口だけにしろとか味見用は別で買えとか言いたいことは山程あるけど、建設的にこれからどうするかの話をしようか……」


座り込み、買ってきたチューハイを開ける。

明日は土曜だ、のんびり飲みながら方針を固めて、明日昼くらいに起きて買い物ついでにランチをして解散あたりが妥当だろう。

さっさと一口飲み、ぷはっと一息ついてから、言葉を続けた。


「彼氏の誕生日、いつなの。もう用意してたってことは、割と急ぎだよね」

「明日」

「明日ァ!?」


思わずチューハイを吹き出しかけるが、ぐっと堪える。

安月給なのだ、貴重なアルコールを無駄にするわけにはいかない。


「おま、何で前日に味見なんて思い立っちゃったんだバカ!」

「思いついたら即行動、アクティブにトライアンドエラーするのが私という人間だから……」

「何でバカなのに就職できたか思わぬ所で分からされたな……」


致命的な己の短所を長所っぽくいうスキルだけは一丁前らしい。

トライとエラーはアクティブに繰り返してるが、その結果を活かしてエラー以外を出せたことがないのが玉に瑕なんだよな。猛省しろ。


「ええ……何時に会ってプレゼント渡すのよ……買いに行く時間あるか……?」

「日付変わってお誕生日になった瞬間お祝いしよって言ってあったから、多分あと一時間くらいしかないかなぁ」

「……おじゃましました」


いそいそとジャケットを羽織る。

チューハイは帰り道に飲みながらあるけばいいだろう。


「待ってぇ~! 時間なくて困ってるか今日子に相談したんじゃん~!」

「やかましい、もう相談でどうこうなるような段階じゃないだろ!」


空音の家は駅から離れた住宅街のマンションであり、近くにコンビニはない。

歩けば片道十五分程の場所にはあるので普段は不便をしないらしいが、今はその往復三十分ですら致命傷である。

どう考えても詰んでいるし、何より――


「大体その時間に放り出されたら、私帰れないだろうが!」

「お願い~! いい公園紹介するから! ダンボールもあげちゃう!」

「せめて宿代かタクシー代を出せバカ!」


こちとらもうアラサーである。

ネットカフェやカラオケボックス一泊すら体がきついお年頃。

公園なんて以ての外だ。


「はい、じゃあこれ駅前のカプセルホテル代」


こいつ、ハメ技が上手くなってやがる。

なんて華麗なドア・イン・ザ・フェイス・テクニック。

ここでゴネて終電がなくなり、挙げ句アドバイスしなかったからと宿代を貰えなかったら最悪。

ぐぬぬと歯噛みしながらも、ジャケットを再度ハンガーにかけざるを得なかった。


「……ていうか、気になってたんだけど、それってプレゼントじゃないの」


ハンガーラックからちゃぶ台へと移動しながら、部屋の隅にある巨大なプレゼントボックスを顎で指す。

どのくらい巨大かというと、八畳程の部屋の四分の一くらいの面積を占めてるほどだ。

光沢のあるドット柄の包装紙は緑色をベースとしており、クリスマスプレゼントを彷彿とさせる。

最も資産家の子供でもない限りこんなサイズのプレゼントボックスを贈られることなどないだろうし、多分資産家の子供でも小型で高いものを贈られるので実質バカ専用プレゼントボックスということになる。

そして目の前の女はバカであり、このプレゼントボックスを使う資格を有していた。


「これは私が中に入ってビックリさせるようの箱だよ」

「……じゃあその上に摘んであるオシャレな箱は?」


巨大なプレゼントボックス自体は予想通りだったが、ではその上に詰まれたプレゼントボックスは何であろうか。

こちらも梱包前――というか開封済みのようだが、キレイに包装紙を剥かれており、再度包むことが出来るように思えた。

そしてそんな箱が、何と山程積まれている。


「いくつ用意してたか知らないけど、全部摘んじゃったなら、全部合わせてアソートみたいにしちゃうとか」

「中身は全部食べつくしたし、一番小さな箱以外は箱の中に箱があるってサプライズのためのデコイだよ」

「そこまで無駄に箱用意するほど気合い入れて準備してたのに全部食ったってことがもうド級のサプライズだよ」


げんなりしながら、プレゼントボックスの山をジロジロと眺めてみる。

一番小さい箱を見ると、高級ブランドのロゴが刻まれていた。


「……ここ、お菓子なんて出してたんだ」

「あ、それは箱だけ友達に譲ってもらったやつ。バッグかなー財布かなーってワクワクして開けたらお菓子が出てきたらサプライズじゃない?」

「プレゼントのサプライズって上げて落とすタイプのやつじゃないって知ってる?」


そこまでくると壮絶な肩透かしだし何なら最早嫌がらせである。

空音がバカで中身を食べきっていてよかったとすら思えた。

とりあえず、包装紙だけは種類が豊富だ。

あとは適当に今から調達できるものを詰め込ませたら何とかなるだろう。


「……どうせ箱に入るつもりなんだったら、プレゼントは私、とかでいいんじゃ」

「それはやるつもりだったけど、他にも用意しておきたいのっお姉さんぶりたいの!」


うるせえアラサー、と自爆テロの発言をしかけて、ふと気が付く。

お姉さんぶりたいということは、つまり――


「お前、年下の彼氏捕まえたのかー……」


正直、ちょっと羨ましい。

教師の仕事をしていると、高校生とは山程出会えるが、ストライクゾーンの男性との出会いがない。

あったとしてもアプローチしたら不倫になるケースばかりだ。

何だか少し腹が立ってきた。


「あれ、言ってなかったっけ。十六歳の男子高校生だよ」


ウインクをしながら、空音が親指を立てる。

語尾にハートマークや星のマークがくっついてそうな腹立つ笑顔だ。

だがまあ問題はそこではなく。


「高校生ェ~~!? おまっ、犯罪じゃねーか」

「まだ捕まってもいなければ有罪判決が出てもいないから推定無罪の原則によって犯罪とは言えないと思う」

「法治国家でなければ今すぐ裁くんだがなあ……」


別に人権云々を口うるさく言うつもりはないが、高校教師をやってる私に堂々言ってくるのはどうかと思う。

可愛い生徒と同じ世代に抱かれるつもりであったのも引くが、何より私が男子高校生に発情するため教師をしてると思われていたら最悪だ。

そうなったらさすがにこの腐れ縁も叩き切ることになるだろう。


「今日子ちゃんに相談したの、先生だから男子高校生のことも詳しいかなって思ったからだよ。そうじゃなきゃそもそもモテない今日子ちゃんになんか相談しないって」

「コノヤロー他に相談する友達もいないくせに」


とは言えまあ、教師として高校生のことを沢山知ってきたことは事実。

それが理由での相談というのなら、まあ、悪い気はしない。

こつこつ積み上げてきたものを評価されたように思えるので。


「あんまり未成年とあれこれするのの後押しはしたくないけど……」


この気持ちに嘘はない。

受け持っているクラスにアホしかいないこともあり、高校一年生は『無知な子供』のイメージだ。

あまり声を大にしてアドバイスなどしたくないが、それでも強いて伝えられることがあるとすれば、それは。


「男子高校生なんてプレゼントはワ・タ・シとか言って裸で箱から出てきたら大体喜んでこれるんじゃない?」

「今日子ちゃんのそういう自分の感情さておいて引くほど客観的なアドバイスするとこ私は好きだよ」


あまり私情を挟まずに経験則やデータから客観的なアドバイスをする。

数多の二者面談を経て身についたスキルだ。

教職生活で得たスキルでお出ししたアドバイスがコレというのも泣けてくるが。


「でもそれだとやっぱり違うっていうか、ぶっちゃけ私、襲われるんじゃなくて襲いたい側なの」


聞きたくない事実が洪水のように押し寄せてくる。

長年の友人が抱えたヘドロのような性欲を具体的に解説されるの、どんな行為への罰なのか。

よほどの罪を犯していないと釣り合わないのではないか。


「ほら、高校生って子供みたいなものだし、つまり実質おねショタなわけだし、やっぱり私が終始リードしたいなあって」

「子供みたいなものだと思っているのにそういう好意をする前提なの普通に引くな……」


あまり他所様の性癖や性事情には首を突っ込みたくはない。

深堀りせず、他の案を出す方がいいだろう。


「じゃあまあ、彼氏の趣味に合わせた何かは?」

「あ、最近ボウリングデートよくするよぉ。私の使い込んだマイボールとかでお茶濁せないかなあ」


さすがに今からマイボールを購入するのは無理があろう。

まあ、だが彼女の汗が染み込んだマイボールなら、そこそこ喜ばれるかも知れない。

そのへんは正直、彼氏が長年いない私には分からないが、まあ何もないよりはいいかもしれない。


「じゃあ、こうしてボウリング玉を最後にしてマトリョーシカを――」

「お前それ拘るけど、全然プラスのサプライズになってないからな」


ビリビリビリビリズドーーーーーーーーン。

ツッコミが終わるか終わらないかくらいの所で、マトリョーシカ状態の全部の箱をぶち破り、引きこもりの食事要求もかくやという音を立ててボウリング玉が落下した。


「……帰る」

「待って待って待ってぇ、どうしようか考えようよお!」

「無理だろもう包装出来る箱すら残ってないんだぞ」


もう無理、どうにもならん、サレンダーだ。

さすがに申し訳無さはあるので、ホテル代は貰わずにそそくさと玄関を出る。

追いすがる空音の手を振りほどこうとして、気が付いた。


「……今日は凄い星空だな」

「あ、この景色をプレゼントって言い張るの、ありかな?」


無理だろ、と思いはしたが、彼氏が来るまであともう十分程しかない。

とりあえず空音を丸め込んで、あとは本人に頑張ってもらおう。


そう思い、底の抜けたプレゼントボックスを手にとって、天に掲げる。

抜けた穴には、キレイな夜空が広がっていた。


「プレゼントは、空です――だな」

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