第十七話『小学生と買い物―2』
最重要目標を達成した仄音は聖菜の買い物に付き合っていた。と、言ってもこれといって欲しい物がないようなので、ゲームセンター、雑貨屋、服屋など、色んな店に周った。
そのお陰で片手が荷物で塞がれた仄音と聖菜は楽しそうに会話をし、次は本屋に顔を出していた。
「あ、これ最近アニメ化した奴だ。こっちは何処かで聞いたタイトルかな」
仄音は入口辺りの棚に目立つよう並べられている、今が旬の本を一つ一つ確認していく。ジャンルは様々でエッセイだったり、ミステリー小説だったり、少年漫画だったり、興味は惹かれたが購入しようとは思わなかった。
というのも仄音はネットで二次小説を読み漁るが、わざわざ店頭で購入して読書するタイプの人間ではなかった。もしも購入するなら電子版を買うだろう。そちらの方がスマホさえ持っていればいつもでも読めるので便利なのだ。
「仄音さん! 仄音さん!」
今、流行りの物をチェックしている仄音の背後から、三種類の本を持った聖菜が近寄ってくる。まるで飼い主に駆け寄ってくる犬だろう。
「学校の読書時間で読む本を買おうと思っているんですけど、どれがいいと思いますか?」
「へぇ、読書時間ってまだあるんだ? どれどれ……」
態々読書時間用の本を買おうとする聖菜に、仄音は(偉いなぁ……)としみじみとしていた。が、次の瞬間には絶句に変わり果てた。
「うん? UMA超図鑑、宇宙との交信の仕方、日本の妖怪、ねぇ……読書時間って小説だけなんじゃ?」
「表紙を小説っぽいものにすり替えれば大丈夫ですよ」
「もしかして聖菜ちゃんって頭が悪いの?」
「な!? こう見えても成績はクラスで七位くらいです」
「えらく現実味を帯びた順位だね」
七位ということは優等生という部類に入るだろう。小学生時代の仄音の成績よりは確実に良い。
「もしかして仄音さんも宇宙人はいないって言う人の質ですか?」
「え? うーん……いると思うよ」
考え込んだ仄音の脳裏に浮かんだのはロトやアリアといった天使。ああいう人間離れした生物がいるなら、宇宙人やUMAくらい実在するだろうと思った。
「ほんとうですか!? ならこの宇宙との交信の仕方を買うので、今度一緒にやりましょう!」
「え? ……う、うん」
頷いた仄音を見て、太陽のように明るい笑みを浮かべると聖菜はレジへと向かっていった。
「あ、し、しまったよ」
後先考えずに承諾してしまった仄音はハッと息を呑んだ。年下の女の子に涙目で頼まれたら断るという選択が脳内に浮かばなかった。
「宇宙との交信って何をするんだろう……ん?」
想像もつかない宇宙との交信に不安を露わにしていると、仄音は通行人の隙間から見知った人物を垣間見た。
「え? あれってロトちゃんだよね?」
本屋の外に移動して、凝視してみると明らかにロトだ。
ゴスロリのような服に、ピンク色のポニーテール。それと目元が隠れた仮面はどこからどう見てもロトだろう。
(心配して来てくれたのかな? あれ? でも……)
仄音はスマホを確認するが、ロトからそういう旨は届いていない。
それにロトは辺りを見回すような行為はせず、その足に迷いはない。毅然としていて、とても人探しをしているようには見えないだろう。ただ目的地へ足を運んでいるように思えるのだ。
「お待たせしました……ってどうかしましたか?」
「いや、ちょっと知り合いを見かけちゃって……」
仄音の視線の先を辿った聖菜は思わず二度見した。
「うわぁ……綺麗な人ですね。魔法少女みたいです」
「それ、絶対に本人の前で言っちゃダメだからね? フリじゃないよ?」
軽く釘を刺し、仄音は聖菜の手を引いた。
「あの……どこに?」
「後をつけるんだよ」
ロトの目的が気になった仄音はこっそりと後をつけることにした。背後数十メートルを保ち、なるべく気づかれないように一般人に溶け込み、気分は尾行をするスパイだ。
「どこに向かっているんだろう?」
「方向的におもちゃ屋さんではないでしょうか?」
「ま、まさかぁ……ロトちゃんに限ってそんなこと……」
聖菜は仄音のエゴに付き合わされることになったが、特に何も言わない。寧ろ、面白そうと好奇心に突き動かされていたので乗り気だった。
「あの人の名前はなんですか?」
「ロトちゃんだよ。私とはえっと……家族かな?」
「家族ですか?」
「うん。私の……い、妹だよ」
一緒に暮らしているので家族と称したのは強ち間違いではないだろう。しかし、仄音の妹がロトというのは頷けない。嘘を吐くとしても仄音とロトの関係上しっくりくるのはロトが姉で仄音が妹だろう。
それを承知で自分を姉だと仄音は言い切った。年下である聖菜に自分を大きく見せたい。先輩という立場を重視したあまり、見栄を張ったのだ。
「そうなんですか? でも……いえ、なるほど。分かりました」
ふとロトと仄音は大して似ていないと疑問を抱いた。血が繋がっていない以前に仄音の嘘なので当たり前だが、それを知らない聖菜は義理の姉妹なのだと勝手に解釈し、納得して一人頷いた。
「そうなの。そうなの。私の妹なんだ……あはは……」
何とか嘘を突き通せた仄音は笑みを浮かべたが、目が泳いでしまっている。幸いにもロトに注目している聖菜に気づかれることはなかった。
「あ! 仄音さん! あれ!」
「どうしたの? 聖菜ちゃ――ロトちゃん!? なにやってるの!?」
仄音の視界に映ったのはロトがムラマサを召喚して、二人組の厳つい男に剣先を向けている光景。
実は、一人で歩いていたロトは男たちにナンパされていた。普段ならば無視を貫き通すのだが、今回は強引に肩に触れられたのだ。
その結果、ロトの逆鱗に触れた男たちは刃先を向けられて顔を青くしている。
しかし、ロトの行動はいくら正当防衛としても過剰だろう。物凄く目立っている。元々、格好で目立っているので尚更だ。それも悪い方向で、騒ぎになり果てていた。
「仄音さん! あの人、何もない空間から剣を出しましたよ! どうなっているんですか!」
「え、えっと、兎に角! 聖菜ちゃんは待ってて!」
このままだと警察沙汰になり兼ねないので、居ても立っても居られない仄音はロトに駆け寄った。
「な、なんだこの女……どこからそんなものを……本物か?」
「や、やべぇよやべえよ……」
「ふん。さっさと去りなさい――っていたっ! 誰よ!」
ロトは勝ち誇った表情でムラマサを構え、戸惑っている不良を見下している。このままだと過剰防衛になり兼ねないので、仄音は慌ててロトの頭にチョップした。
「ほ、仄音? どうしてここに?」
「それはこっちの台詞だよ! こっちに来て! お騒がせしてすみませんでした!」
その場に集まっていた全員に謝った仄音は羞恥心から顔が熱を帯びるのを感じつつも、ロトの手を引っ張って外へ飛び出た。
人ごみを掻き分けながら人気のない場所を探し、最終的に近くの駐車場でロトを解放した。
「もう! あんなところでなにしているの!」
「掛かった火の粉を振り払っただけじゃない……そんなに怒らないで。折角の可愛い顔が台無しよ?」
「ふざけないで!」
ロトは仄音を宥めるが逆効果に終わってしまい、ショッピングモール内にある立体駐車場なので話し声は反響していた。
「仄音さん! 大丈夫ですか!?」
「あ、聖菜ちゃん。追ってきたんだ……ごめんね? 振り回しちゃって……」
だから、後を追ってきていた聖菜に見つかってしまった。
ロトは息切れから呼吸を乱している聖菜を一瞥して、ああでもないこうでもないと小首を傾げ「仄音? この子は? ついに犯罪に手を染めたの?」と、甚だしい勘違いをした。
「ひ、人聞き悪いこと言わないで! 今日友達になった栗山聖菜ちゃんだよ!」
「ふーん……仄音に友達ねぇ……」
ロトは興味深そうにじーっと聖菜を見つめる。舐めるかのように足の先から頭の天辺まで、じろじろと見ては言い放った。
「うん。ただの子供ね」
「いや、そりゃそうだよ。聖菜ちゃん、さっきも言ったけど私の家族のロトちゃんね」
「ほ、仄音さんの妹さん、なんですよね? よろしくお願いします」
緊張して震えた声の聖菜はぺこりと頭を下げた。礼儀正しいだろう。
しかし、ロトは頭を鈍器で殴られたかの衝撃を覚えた。その原因は聖菜の発言にあり、思わず仄音にジト目を向ける。
「ええ、此方こそよろしくね。でも、私は仄音の妹じゃないわ。どちらかと言えばお姉さんかしら」
「え、そうなんですか? でも仄音さんが……」
「あ、あはは……ちょっと記憶違いだったかも……」
堪えられなくなった仄音はそっぽを向いて恍けた。
「あ! そうだ!」
二人のやり取りを見て、よく分からない聖菜は頭にハテナを浮かべ、ロトが持っているムラマサの存在に気づいた。その瞬間、興奮から声を荒げて訊いてしまう。
「ロトさんって何者なんですか!? もしかして魔法使いとか超能力とかですか!? どうやって何もない場所から剣を出したんですか!?」
「興味があるの? 私はて――むぐぐっ!」
相手が子供という事もあり、素直に正体を述べようとしたロトの口を、仄音は咄嗟に防いだ。そして、聖菜に悟られないように必死に目で訴える。
(駄目だよ! 普通の人ならまだしも、聖菜ちゃんは本当に信じちゃうから!)
そう、聖菜は極度のオカルト好きだ。もしもロトが天使と名乗ったら、一瞬で信じてしまうだろう。そうなったら色々と面倒なことになる。
「て……? どうかしましたか?」
「いや、ナンデモナイヨ。ロトちゃんは手品師、そうマジシャンを目指していてね。さっきの剣もタネがあるんだよ」
「え? なんだ。そうなんですか。ちょっと残念です」
期待外れだと言わんばかりに聖菜は項垂れた。
何とか誤魔化せたと仄音は冷や汗を拭い、聖菜が素直な子で良かったと心から思った。
――プルル! プルル!
刹那、不意に鳴り響いた着信音。発信源は聖菜のスマホだった。
「あ、母からです。はい、もしもし……え、こっちに来てるの? うん、分かった。そっちに向かうね。それじゃあ仄音さん、母に呼ばれたので失礼します」
「あ、うん。また遊ぼうね」
「はい! また連絡しますね! 今度は一緒に宇宙との交信を試しましょう!」
そう言い残して聖菜は駆け足で店内へと消えていく。
辺りは静寂が包み、仄音は宇宙との交信を試みないといけないのか、と心のどこかで覚悟を決めていた。
そんな時、電撃が走るかのように背筋がゾクゾクとして仄音は「ひゃっ!」と可愛いらしい声を上げてしまった。
「な、なにするのロトちゃん! て、手舐めるなんて!」
「だっていつまでも離してくれないもの。こっちは窒息していたわ」
「あ……ごめんね。でも、手を舐めるのは汚いよ」
仄音は舐められた場所を凝視して、頬を赤く染めた。
「その様子じゃ大丈夫そうね」
「え?」
「もう一人で外に出られるでしょう? 最初は日光に怯えていたのに凄い進歩よ。子供とはいえ、友達を作ったみたいだし……」
「うん。昔の感覚を取り戻した感じかな」
完全に感覚を思い出した仄音は人見知りをしないとは言い切れないが、人並みに外に出られるようになっていた。
「じゃ、帰りましょうか? ギターの弦は買ったでしょう?」
「あ、ちょっと待って。晩御飯の材料だけ買って帰るつもりだよ。昨日買った分だと心許ないから……」
「そう、分かったわ。なら早速行きましょう」
ロトは手を繋ごうと右手を差し出した。
しかし、仄音は「え?」と言葉を漏らして肩を竦める。明らかに拒絶しているようでロトは顔を顰めてしまった。
「その格好のロトちゃんと一緒に歩くのはちょっと……十メートルくらい間隔を空けて歩こう?」
「……駄目に決まっているでしょ。観念しなさい」
「やーん……」
天使の力に抗える筈もなく、仄音はロトに手を掴まれて連行された。
「そういえばロトちゃんはどうしてショッピングモールにいたの?」
神仮面ファントムセイバーを視聴したロトはすっかりファンに成り果て、玩具屋にて変身リストを買おうとしていたのだが、それを知らない仄音は不思議に思っていた。
「そうねぇ……」
目の前で疑問を抱き、首を傾げている仄音を見つめる。
彼女は自分が特撮にハマったと知ったらどう思うのだろう。話題が増えたと喜ぶ? 勝手にパソコンを使われて悲しむ? または怒る? 元々、仄音との話題作りだった筈なのに怖くて言い出せない。
「秘密よ」
結局、失望されてしまうことを恐れたロトは保留した。後ろめたさがあり、残念そうにしている彼女と目を合わせられない。胃が重苦しくなるのを感じた。
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