第十七話『小学生と買い物―1』
ロトが孤独を覚えて喪失感に浸っている時、仄音と聖菜はフードコートでクレープを食べていた。
「あの……奢ってもらってありがとうございます」
「いや、別にいいよ。私は先輩だしね。うんうん、人生の先輩だよ」
当然といった風に仄音は微笑むが、警察と遭遇した時の狼狽えた彼女を知っていた聖菜は引きずった笑みを浮かべる。
「それにしても、あれは何だったんでしょうか? まるで空の上から星が落ちたようで……」
「んぐっ! さ、さあ? わ、私には分からないかな?」
聖菜の脳裏に浮かぶのは警察官の頭上に振ってきたナニカ。
その正体に心当たりがある仄音はしらを切り、クレープを一気に頬張った。
しかし、それは悪手だっただろう。聖菜は独特な思考回路を走らせ、斜め上を行く答えを弾き出してしまう。
「恐らく……私が思うにあれは宇宙人の侵略ですよ。警察という日本の平和を守る国家組織を攻撃することによって、これから起こるであろう崩壊を暗示しているんです」
「へ……?」
真剣な表情で語られた突拍子もない説に、仄音は呆気に取られた。
そして数秒の間を挟み、それは仄音にとって重くて長い、永遠のように感じられた。
「宇宙人は存在しないと皆は言いますが、この広い宇宙に比べて太陽系なんてミジンコ同然です。海のように広大な宇宙、寧ろ人類以外の生物が居る確率の方が高いではないでしょうか?」
「え、えっと……」
「第一、宇宙人が存在しないなら未確認飛行物体の正体は何なのでしょう? よく軍事関連のものと聞きますがUFOは大昔からその存在を仄めかしています。その時、人類の技術は宇宙船だって開発できていないのに、果たしてUFOなんて開発できるのでしょうか?」
「えっ? ええ?」
「人類はもっと危機感を持つべきです。もしかしたら、もう既に宇宙人の侵りゃ――あ、ごめんなさい。悪いくせが出てしまって……」
「う、うん。悪い癖だね」
仄音は言葉を濁すことなく、はっきりと言った。それほどまでにドン引きしていたのだ。
「オカルトっていうのかな……そういうのが好きなの?」
「は、はい。恥ずかしながら……」
自覚している癖ほど恥ずかしいものはなく、指摘された聖菜は顔を赤くしてモジモジとしている。
そんな彼女の趣味を意外だと思った仄音は(それが原因で友達ができないんじゃ……)と疑ってしまう。
その疑問は当たっていた。勿論、内気な性格も原因の一つだが、またそれがオカルト癖のインパクトを強くしている。
思い浮かべて欲しい。クラスでワイワイと騒ぐ中、いつも端の方で本を読んでいる勤勉そうな少女。そんな彼女に興味本位で話しかけると宇宙人や未確認飛行物体について熱く語られるのだ。きっと第一印象から大きくズレ過ぎて、仄音のように唖然としてしまうだろう。
微妙な空気の中、クレープを食べ終えた二人は顔を見合わせた。
「さて、先ずは私の買い物に付き合ってもらってもいい?」
「はい!」
仄音の買い物が先という事で、楽器店を目指して元気よく歩き出す。
流石に人の目が多い中、手を繋ごうとは思えないので仄音はいつもよりも歩幅を落とし、聖菜の横に並んでいた。
「そういえば仄音さんは何を買いに来たんですか?」
「え? ギターの弦と……あとは適当に買い物かな。服とかゲーム機とか……夕飯も作らないといけないし……」
ギターの弦が第一目標だが、それ以外にも色々と買う物があった。昨日のロトとの買い物で及ばなかった物であり、具体的な例を挙げるなら不幸で潰れたゲーム機や服などだ。
「ギター……ですか?」
「やってるの?」
「い、いや、やってないですけど……前から興味があって」
「へぇー……そうなんだ。やってみないの?」
ギター仲間が出来るのは願ってもない事で、仄音は期待の眼差しを聖菜に向けた。
「うーん……仄音さんはどうしてギターを始めたんですか?」
「へ? 私?」
藪から棒な発言に仄音は一瞬だけ目を見開くと、直ぐに追想をして語る。
「始めたのは些細なことだったよ。祖父がギタリストだったから、誕生日プレゼントにギターをくれたんだ。偶に弾くくらいの趣味だったけど、今では本気でやっているよ」
「本気で?」
「うん。中学生の時に……大好きだった友達に褒められて、本気でギターをするって約束したんだ」
あの時の記憶を思い出し、どこか遠い目をする仄音。浅い溜息と微かな微笑みは懐古的だろう。
巧まずして触れちゃいけない話題だと察した聖菜はそれ以上、訊こうとは思わなかった。
「聖菜ちゃんはどうして興味を?」
「ずっと前に人の演奏を聴いたっていうのもありますが……本音は宇宙人と友好的な関係を結びたいから、ですかね」
「え? それって……」
「もし、宇宙人に会えたらギターを弾いて、おもてなしをしたいです!」
「う、うん……」
またオカルトの話題を出され、どういう反応をしたらいいのか分からず、仄音の表情はぬとねの区別がつかないような間抜け面になっていた。
「まあでも、始めるなら親に相談しないといけないので……今は保留です」
「そっかぁ……」
残念だと言わんばかりに仄音は落ち込んだ。
そんな時、タイミング良く楽器店が見えてくる。
「あ、此処が楽器屋さんだよ。さっさとギターの弦を買ってくるからちょっと待ってて。あ、気になるなら店内を周っていてもいいからね」
「はい。ならギターでも見ておこうかな……」
軽く手を振って、店内で分かれた二人。
聖菜は看板を見てギターのコーナーへ行き、仄音は記憶を頼りにギターの弦を探した。
「えーっと、いつも使っているのは……あったあった」
ギターの弦は安くて五百円。高い物で二千円はする。
仄音はギター関連で出し惜しみはせず、ギターの弦はいつも滑らかでスライドがしやすく、錆びにくいコーティング弦と言われる高いものを使っていた。
「確かレジは……ん? この音はベース……?」
レジを探して店内を見回す仄音の耳朶を、心地よい重低音が打った。リズムよく、それでいて音質も良いベース音に仄音は導かれる。
「へぇー前よりスラップ上手くなってるじゃん……っておい、時間がやばいな。早くしないと遅れちまうぞ」
「…………」
「せめてなんか喋れ」
奥にあるベースコーナー。そこで白髪の大人びている綺麗な女性がベースを試し弾きしており、それを見守っている赤髪の女性が茶々を入れている。何の変哲もない、微笑ましい光景だろう。
だからこそ、仄音の目には輝いて見え、とても羨ましく思った。
(いいなぁ……きっとバンドとか組んでいるんだろうなぁ……)
バンドに憧れている訳ではない。ただああいう風に音楽関連で、切磋琢磨し合える友達が欲しいと思った。
仄音は無意識のうちに羨望の視線を向け、いつしか赤髪の女性と視線が合ってしまった。
「うん? あいつ何処かで……」
(やばっ……)
昨日の無茶なレベリングのお陰で人見知りが緩和されていたとしても、流石に話し掛けるようなコミュ力はない仄音は咄嗟に顔を伏せ、さっさと会計を済ませた。
そして、逃げるようにその場を離れてギターコーナーへ足を運んだ。
「あ、仄音さん! 見てくださいこれ! UFO型のギターですよ!」
「うん……聖菜ちゃんは相変わらずだね」
妙なギターに目を輝かせている聖菜を目の当たりにして、仄音は安心感を抱いた。
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