天使なリズムとHG!旧
劣白
仄音更生計画ⅠⅡ~引きこもり脱却!~
プロローグ『引きこもりに余命もくそもないよね』
淡い壁に蛍光灯。窓からは夕日が差し込み、棚に生けられた花を照らす。黄昏な雰囲気に二人の少女が呑まれていた。
「もう遅いって……先生が……私はきっと助からない……」
点滴に繋がれてベッドで横になっている彼女は儚げに、花を見つめて呟いた。物憂げな表情は厭世的で、聴いていた少女は思わず立ち上がる。
「――ちゃんは大丈夫だよ! 絶対助かるよ!」
弱音を吐く彼女を励まそうと手を取り、自分の掌で優しく包み込む。そして、助かると信じて疑わない熱い視線を送った。
「ううん……ありえないよ……奇跡はない……」
しかし、彼女には響かない。己の身体は自分が一番詳しく、だからこそ長くは生きられないと確信していた。
「本当に死んじゃうの?」
「うん。何となく分かる……ごめんね」
「……許さない。――ちゃんが死んじゃうなんて……神様が許しても私は許さない!」
非情な神様に怒りを抱いた少女の鼓動が早くなり、体温が上がる。身体に緊張が走って、手に力が入った。
「痛いよ……」
「あ、ごめんね……」
苦痛に歪む彼女を見て、少女は咄嗟に手を離した。
「私、――ちゃんが褒めてくれたギターを頑張るよ。もっと上手くなって――ちゃんに最高の演奏を聴かせる。だから……絶対に生きて?」
夕日に照らされて、より可愛く見える少女の笑み。
それを向けられた彼女は顔が熱を帯びていくのを感じ、同時に申し訳なく思った。
「うん。絶対かは分からないけど、生きるように頑張ってみる」
「いや、そこは絶対って言うところでしょ?」
少女はジト目で苦笑いを浮かべる彼女を睨みつけた。
「絶対だからね! 私は絶対にギター上手くなるから! ――ちゃんは絶対に生きてね! 約束を破ったら責任とってもらうんだからね!」
「う、うん……?」
彼女は責任という言葉に疑問を感じて小首を傾げた。
「じゃあ指切りだね!」
「わわっ!」
時間が止まったかのような淡い雰囲気の中、少女は強引に彼女の手を奪い、満面の笑みで指切りをした。
少女たちが約束を交わしたあの日から、既に六年という月日が経った。
暖かい太陽の光はカーテンによって遮られ、照明すら点いていない仄暗い部屋。辺りにはお酒の空き缶が散らばり、ゴミを詰め込んだビニール袋が隅に積まれている。掃除は行き届いておらず、テレビといった家電や箪笥といった家具には埃が溜まり放題だ。
そんな不衛生極まりない部屋の中央には薄汚い炬燵が置かれ、そこに入り込んで暖を取る人がいた。
「あー……寒いなぁ。炬燵に入っているのに寒いような気がする。……そういえばもう十一月だっけ? 冬だよ。そりゃ寒い訳だよ」
大阪の辺境にひっそりと佇むアパートの中に木霊するのは虚しい独り言。
そこの二〇五号室に住むのは
仄音の今までの人生は至って普通であり、絵に描いたかのような小中高を卒業。それからは音楽系の専門学校を入学して無事に卒業し、音楽で成功を収めるのを志した。
「私……何をしているんだろう……あ、最近、独り言が多くなった気がする」
天井の染みを数えながら仄音は現状に危機感を覚える。が、何もしない。女性らしさの欠片も無い散らかった部屋の中で、ただボーっとしていた。
傍から見れば引きこもりのようだろう。
それは強ち間違っていない。実際、仄音が最後に外出したのは半年前に実家に帰った時だ。それ以外は一歩たりとも家から出ていない。毎月親から仕送りがあるので働かず、生活する上で必要な物は全てネットで注文をすれば事足りた。
このままだとダメだ。それは仄音自身がよく分かっているが、だからこそ改善できない。引きこもりを二年続けた結果、臆病や孤独が染みついてしまい、外に出る事すら物凄く怖いのだ。元々、人見知りの部分があったが、その範疇を超えてしまっている。
「コンビニどころか外に出られないし、独り言は多いし……ほんと惨めだなぁ私……」
自嘲するような薄笑いを浮かべて仄音は目を瞑った。
体力だけ有り余った身体は大して睡眠を求めておらず、薄らぼんやりとした世界を感じるしか出来ない。
暫くして、ふと視界に入ったのはゴミの山とは反対の隅に置かれたギター。
仄音の趣味であり、夢といっても過言ではないアコースティックギター。乱雑とした部屋には似つかないほど綺麗にされており、周りにはアンプなどの機材が置かれている。
「やるべきことが分かっている筈なのに動かない身体……自分が情けない……死ぬのは怖いけど……このまま溶けていきたい……」
仄音の夢は音楽で成功する事であり、具体的に言えばギターでの成功だ。傍から見れば素敵な夢だが、夢で終わってしまう儚い夢にも聞こえる。それほどまでに音楽は厳しい。先駆者が沢山いて、生半可な気持ちでは叶わない。
実際、仄音の夢は何の計画性もなく、今はただの夢に過ぎない。が、それを叶えるためにしておくべき努力は引きこもりの仄音にも分かる。
ギターで売れたいなら、ギターを沢山練習して、音楽の知識をつける。作詞作曲をして、ライブをして、もっと言えばネットなどで活動して、自分の存在を周りに知ってもらう。
何をすればいいのか? 分かっている筈なのに動かない自分に嫌気が差す、そんな毎日にいい加減うんざりとしていた。
――ピンポーン!
インターホンが部屋に響き、それはぐーたらと引きこもり生活をしている仄音に来客の合図だった。
「えぇ? 誰だろう……」
玄関を見つめ、仄音は思考を巡らす。
「親かな? いや、平日の昼だから仕事だろうし、来たとしても何かしら連絡を寄越すよね。スマホに通知はない……じゃあネットで買ったものが届いた? いや、何も買っていない。それじゃあ大家さん? 家賃はちゃんと払っているよ」
そういった風に自問自答して消去法で考えていく仄音だったが全く思いつかない。
「変な宗教勧誘だったら嫌だなぁ……」
普段なら居留守するところだが、相手が誰なのか無性に気になる仄音は炬燵から這い出て、たどたどしく玄関に向かった。
相手に悟られないように、そっとのぞき穴に目をくっつける。
「へ?」
仄音の視界に映ったのは奇妙な人間。いや、人間ではないと言われても疑わないほどに妙な雰囲気を醸し出している不審者だ。
紫と白の奇抜なワンピースドレスは膝下まで伸び、スカートはふんわりと膨らんでいる。所々にシルクやフリルが装飾されて、魔法少女を彷彿とさせる格好だろう。
ポニーテールにしている桃色の髪。顔には仮面が付けられ、鼻から上は分からない。が、雪のように白い肌とバランスの良い体型から察するに女性。それも美人さんだと仄音は予想した。
「いや、そうじゃなくて誰!? 今日はハロウィンじゃないし、も、もしかして新手の宗教!? って、あ……」
つい叫んでしまった仄音は慌てて口を抑えるが、もう遅い。
――ドンドンッ! バンッ!
仄音がいると分かった不審者はドアを何度も叩いてくる。
焦った仄音は後退って息を呑んだが、怯む事無く冷静を保って「誰ですか? 何か用ですか?」と尋ねた。
しかし、返ってくるのはドアを叩く威圧感。変なコスプレのような、奇抜な格好の人が無言でドアを叩いてくる恐怖感はきっと仄音にしか分からない。
「そ、そうだ。警察に……」
命の危険を感じた仄音は炬燵に置いていたスマホを手に取った。
震える手を必死に動かして番号を入力――し終える前に、ガチャリという鍵が解かれた音が鳴り響いた。
「え? ま、まさか……」
スマホを片手に、仄音は油が切れた機械のようにゆっくりと振り向いた。
そこには扉の向こう側にいた筈の人物が家の中に入り込み、鍵を閉めている光景。しかもご丁寧にチェーンも掛けている。仄音を逃がさないと言っているようなものだろう。
しかし、絶体絶命的で人生に一度も経験しないような奇妙な状況だというのに、仄音は妙に落ち着いていた。
その理由は相手の雰囲気だ。最初、ドア越しに確認した時はとてつもない威圧感を覚えたが、実際に会ってみると大して恐怖抱かない。
仄音から見た相手は『ただのコスプレをした変な美少女』であり、それから泣くほどの恐怖を覚えられない。
「あ、あの……あ、どちら様ですか? け、警察、よよよ呼びますよ?」
仄音はいつでも通報できるようにとスマホを手に持ち、相手に話しかける。が、目の前の変人はまるでエラーでも起こしたようにビクとも動かない。仮面をつけているので、何処を見ているかも分からずに、ただ気まずい空気が辺りを支配した。
こういう時、常識人やコミュ力が高い人ならば上手い対応をするのだろうが、人見知りで引きこもりである仄音だ。普通の人ならまだしも、相手が不審者となると余計に緊張してしまう。しどろもどろになっているのも、それが原因だった。
「聞こえる、聞こえる……闇の欠片の声が……世界の滅亡を望む声が……」
静寂とした雰囲気、コスプレ美少女のぶつぶつとした呟きはしっかりと仄音の耳に入った。
その意味の分からない内容に戦慄した仄音は思わず後退る。今すぐにでも逃げ出したかったが玄関を防がれているので逃げられない。かと言って警察に通報しようにも阻止されることは明白で、最悪の場合は触発されて暴行を受ける可能性もある。
「お、落ち着こう……私ならできる……私は陽キャ……陽キャ……コミュ力の高い陽キャ……相手はただの中二病だよ……」
鍵を開けて不法侵入してきた時点でただの中二病ではないのだが、現実を受け入れられない仄音は都合よく改変する。小声で自己暗示を掛け、距離的に相手にも伝わっていた。
「ドレスなんて珍しいね。何かのコスプレなのかな? それにしてもき、綺麗な髪だね。わ、わわ私は大好きだよ! 何か特別な事でもしているの?」
再び場を支配する静寂。
明らかに的外れな発言だった。冷え切った空気とは裏腹に、仄音の心は羞恥という名の炎が燃え盛っており、顔を真っ赤に染めている。
「ち、違うから! いや嘘じゃないけど! 本心だけど! 決して口説いている訳じゃなくて!」
視線をいったりきたりさせて、手をばたばたとさせている仄音に止めをさすかのように不審者は後ろに組んでいた手を前に出した。
「ひぃ……なにそれ……」
不審者が手に持っていたのは巨大な刃。日本刀のような綺麗な曲線を描いたものではなく、大きな包丁のような見た目をしているが明らかに調理用ではない。草木を薙ぎ払うのに適した刃物であり、人はそれをマチェーテと呼ぶのだがその存在を知らない仄音にはただの凶器にしか見えなかった。
「貴方には死んでもらうわ」
まるでロボットアニメで主人公がヒロインに言いそうな言葉だろう。その後にはデデンッ! という特徴的なイントロまで流れそうだ。
「へ? 死ぬの? 私が?」
言われた本人である仄音は圧倒的不審者な発言に茫然としてしまうと同時に、心の中は色んな感情で混沌としていた。
「さようなら。ムラマサぶれーどの錆びになりなさい」
「なにそのだっさい名前!? って待って! まだ死ぬつもりないよ!」
「ダサくないわ。ほら、名前とぴったりで格好良いでしょう? その身で味わいなさい」
愛用の武器を侮辱された不審者は光り輝くムラマサの刃先を、仄音へと向ける。
「ちょ、待って! 死ぬのは怖いでしょ! 殺すならせめて私が生活に困り始めたら! あとできれば優しく殺して! って殺されるくらいなら自殺するよ!」
「何をしているの?」
猜疑心、羞恥心、恐怖心。主にその三つが混ざり合った混乱から正常な判断が出来なくなっている仄音は叫びながら壁に頭を何度も打ち、不審者は目の前で行われる奇行に引いていた。
――オイコラ! ウルセー!
やがて、壁越しに聞こえてくるのは隣人の怒声。怒りの籠った壁ドンである。
不味いと思った仄音の顔色は一気に悪くなり、頭の中が真っ白になった。もはや不審者のことは頭の中から消えている。
「またやってしまった……やっぱり駄目だなぁ私……」
「いつもあんな事をしているの? 下手すれば死ぬわよ?」
「い、いやいやしてないよ! ギターの音でよく隣人に怒られるってだけで頭はぶつけていないよ!」
「そうなの? じゃあ死んでもらおうかしら」
「どうしてそうなるの!」
当然の事のように殺そうとしてくる不審者はじりじりと前進し、その度に仄音は後退った。が、場所は家の中で、直ぐに限界が来た。
「あっ……」
仄音の背中と壁がぴったりとくっついた時、光を纏ったムラマサを振り上がった。
(ああ、こんなところで死んじゃうのか……)
死を覚悟した仄音は咄嗟に目を瞑る。そもそもこの世に執着している訳でもないので、死んだらただ死んじゃったと思うだけ。だから抵抗する素振りは見せない。
「……殺さないの?」
いつまで経っても痛みや衝撃がこない。それどころか意識があると不思議に思った仄音は目を開けた。
そこには固まっている不審者。仮面越しだがどこか悲しげで、ムラマサは震えている。
「あ、あの……どうしたんですか?」
仄音は困惑しつつ、思い切って訊いた。
反応を示した不審者は手に持っていたムラマサを消した。刃から浸食されるかのように気泡になって宙に溶けていったのだ。まるで魔法のようだろう。
「貴方の中には悪の欠片があるわ。かつて人類を滅ぼそうとしたゴミ、いや悪神ヒステリーの種が宿っているの……」
「へ? ごみ? 悪神ひすてりー?」
「それが開花するまでの間、監視させてもらう」
「え、えーと、よく分からないけど……助かったの?」
取り敢えず、助かったと仄音は胸を撫で下ろした。
「私の名前はロト。貴女は猫水仄音ね」
「うん、そうだよ。それにしてもロトって勇者みたいな名前だね」
珍しい名前に仄音は微笑んで興味を示した。決して貶している訳ではなく、単純に格好良い名前だと思ったのだが、嘲笑されたと勘違いしたロトは不機嫌になる。
「よく笑っていられるわね。私の見立てだと欠片が覚醒するまで一年かしら? それが貴方の余命よ。覚醒したら問答無用で殺す」
「え、えぇ……」
ロトとの出会いが、これからの運命が大きく動き出すのだが、知る由もない仄音はただ余命宣告と殺人宣告をされた事に困惑の声を漏らすしかなかった。
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