83、モモ、寒がる~雨宿りでは見知らぬ人とも仲良くなれるよ~前編

 カイにケーキをご馳走になった桃子は、請負先のお話を楽しくしている内に陽が傾き始めていることに気付いた。そうして、慌ててお屋敷に帰ることになったのだが、運悪く降り始めた雨に打たれることになってしまった。慌てて上着についていたフードを被ってみたものの、走っている間に濡れてきてしまう。


「ふあっ、くしゅっ!」


「どこかで雨宿りしましょうか」


「でも、遅くなるとバル様が先に帰ってきちゃうよ?」


「お散歩に出た時に雨が降ってしまったので雨宿りをしていた、と言えばどうでしょう? お風邪を召されてはいけません」


「それなら……うん!」


「近くの軒先か、お店に入りましょう。失礼いたします」


 レリーナさんはそう言うと、桃子を抱き上げて雨から逃げていく人達の後を追いかけていく。その間にぽつぽつと降っていた雨が、ザーザーと本降りになってきた。


 そうしてレリーナさんと桃子が駆け込んだのは、早々に閉めてしまったらしい扉の閉じた店の軒先だった。同じように飛び込んできた人が何人かいるようだ。桃子は地面に下ろしてもらうと、すっかり重くなった上着を一度脱いでしぼってみる。


「むぐぐぐぐっ」


 しかし、小さな手で絞っても申し訳程度に、水がぴちょんと落ちただけだった。ふはぁ、思ったより力がないなぁ


「私がやりましょう」


 レリーナさんが微笑んで手を差し伸べてくれる。ありがとう! 上着を差し出すと、笑顔で絞ってくれた。たっぷり水を含んだ雑巾のように、十倍くらいは水が落ちた。桃子のように力を入れている様子がない。鍛えてるだけあって力もあるんだねぇ。


 しぼった上着を大きく振ってぱんっと皺を伸ばし、着ないよりマシかなと、ちょっとじめっとした服を着直す。隣では腰に使い込まれた剣を下げた四十代くらいのおばさんが、おじさんと話しながら、頭を振って水気を飛ばしている。豪快! 


 ふいにまた鼻がむずむずした。


「しゅっんっ!」


 くしゃみの勢いで頭が揺れて、よたよたとたたらを踏む。目が合ったおばさんに笑われた。 


「冷えたのかい? 小さい子はよく体調を崩すからねぇ。気をつけてやりな」


「えぇ。お気遣い頂きましてありがとうございます」


「ありがとー」


 レリーナさんが穏やかに返事を返すのに、桃子も便乗してみる。おばさんには年の差のある姉妹にでも見えたのかな? それとも年若いお母さん? そう言えば、この世界の結婚適齢期ってどのくらいなんだろう。成人が十七歳ってことは、そのくらいから結婚していくの? でも街で見かける帯剣者って、女の人も年齢がバラバラなんだよね。この世界のことって、まだまだ知らないことが多いからなぁ。


「……まだ止みそうにないなぁ」


 口周りに髭を蓄えたおじさんが空を見上げてぼやいた。桃子も一緒に空を見つめてみる。この世界では初めての雨だ。空から白い線が降る様子は、世界が違っても同じようだ。そう気付けば、五歳児の好奇心で心がうずうずしてきた。軒下から手を伸ばしてちょこっと指を濡らすと、ぱくっと口に入れてみた。


「モ、モモ様!?」


「どんな味がするのかなぁって。お水の味だねぇ」


「はっはっはっ! そりゃあそうだ。雨は水だからな。お嬢ちゃんには美味しそうに見えたのか?」


「空からお砂糖をちょっとずつ零してるみたいだもん」


 お塩でも可です。でも、元の世界よりも雨も綺麗な気がする。車の排気ガスがない分だけ空気が澄んでいるからかな。桃子の答えが気に入ったのか、おじさんは再び大きな声で笑い出す。


「砂糖ときたか。子供は面白いことを考えるもんだなぁ」


「それじゃあ調味料屋が泣くことになるってもんさ。代わりにアタシ達は大助かりだ」


「違いない!」


 仲良く笑うおばさんとおじさんは仲間(チーム)かな? 請負人の中には個人で受けられるものの他にチームで受けるものもあるらしいからね。


「止む様子もないようだし、アタシ等は行こうかね」


「そうだなぁ。締め出し喰らっちまう前に宿に着かねぇと」


「じゃあね、あんた等は風邪ひかないように気を付けな!」


 二人は潔く雨の中を駆けだしていった。桃子はレリーナさんの意見を聞こうと顔を見上げる。


「私達も帰る?」


「そうですね。お屋敷に帰ったらすぐにお風呂にお入れします」


「レリーナさんもだよ?」


「ふふっ、ええ」


 おばさんが言ってくれたように、お風呂に入らないと二人共風邪引いちゃいそうだ。さぁ、行こう! とばかりに覚悟を決めて白い雨が降る中を飛び出そうとしたら、右側からなにか音が聞こえて来た。


 ドドッという地響きが道の奥から近づいている。なんだろう? 軒先から目を凝らすと、それは次第に馬と騎乗している人の姿を形作る。雨を避けるためだろうか。緑の外套のフードを目深に被った人と目が合った気がした。


「バル様……?」


 呟いた声が聞こえたように、軒先の前で馬が高い嘶きを上げて急停止する。手綱を操り馬をゆっくりと半周させた男は、ひらりと馬の背から飛び降りて近づいてくる。

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