75、モモ、我慢する~保護者様と一緒にいたい日もあるのです~
伝えるべきことは伝えたし、そろそろ帰らないと。お仕事の邪魔はしたくないもん。そう思うけど……うぅ、離れがたいなぁ。こんなんじゃ良くないね。
害獣討伐が近いせいか、バル様は最近忙しそうなのだ。夕飯を済ませると自室でお仕事をしていることも多い。そうすると桃子は終わるまで大人しく待つしかない。寝る前にお話しは出来るけど、桃子の中の五歳児も桃子自身も保護者様とのコミュニケーションが足りないのだ。簡単に言うと、ちょっと寂しい。
十六歳の姿じゃ恥ずかしくて出来ないことも、五歳児ならば出来る。たとえば、バル様の首に抱き着くとかね。……しないよ! 少―し迷ったけど、十六歳の精神が勝ってしまった。いやいや、勝ってよかったんだよね。これで邪魔をしなくて済むんだもん。
抱っこで廊下を運ばれている最中だけど、出入り口が近づいてくると鼻の奥がツンとしてきた。五歳児は涙腺が弱いものだから、もう泣きそうだ。目を大きく見開いて我慢していたら、すれ違う団員のお兄さんにびくっとされた。怖がらせちゃったかな? 大丈夫、人形じゃないよ。生きてます。
廊下を抜けて、受付のお姉さんが立ってる傍を通り、外の門に繋がる扉の前に下ろされた。俯いて、バル様のズボンの裾をそっと掴む。我儘言っちゃダメだよね。手を離さなきゃ、離さなきゃ……離したくないよぅ。五歳児が涙を堪えている。こみ上げてくる寂しさに心が軋む。胸に吹き込む風が止まらない。
無意識に口がへの字のなっていたようで、バル様に頭を撫でられた。
「モモ?」
「……うん」
「お寂しいのですね。もう少しの辛抱ですよ。夕方にはバルクライ様もお屋敷にお帰りになりますからね」
レリーナさんに慰められて、ようやく手を離せた。しょんぼりした気分でバル様を見上げると、黒い目が瞬きを止めて桃子を見た。なにかを思案するように黙っていたバル様が、数拍の間を置いて再び口を開いた。
「……オレの仕事が終わるまで待てるか?」
「え?」
「退屈だと思うが、モモが良いなら一緒に帰ることも出来るが、どうする?」
「わ、我儘言ってごめんね! 大丈夫だよ、ちょっと寂しかっただけなの。夢は夢で、過去はもう過去なのに。いつまでもうじうじしてるのも良くないよね。混合して引きずっちゃってた影響かな?」
慌てて否定する。出来るだけ明るく言ったつもりだったけど、バル様を誤魔化すことは出来なかったようだ。その場でゆっくりと片膝をついて、視線を落とす桃子の顔を両手で包む。大きな手の平から熱がじんわり伝わってくる。そっと顔を持ち上げられて、目を合わせられる。黒い目が僅かながら優しく桃子を見ていた。
「嘘が下手だな。それは我儘にはならない。怖い思いをしたのだから、心細くなるのは普通のことだ」
「お仕事の邪魔に……」
「ならない。モモの本心を聞かせてくれないか?」
桃子は困って、きょろきょろと目を動かした。キルマとカイが苦笑している。けれど、その顔には桃子を疎ましく思っている様子はない。むずむずしてくるほど温かな眼差しを向けられて、頷かれた。本当に、いいの?
「その……」
「あぁ」
「……もっと、バル様と一緒にいたい、よ」
「オレもだ」
バル様に軽々と抱っこされる。どことなく嬉しそうな様子が照れを誘う。なにこれ、すんごく気恥ずかしい! 桃子は照れくささを誤魔化すようにバル様の首に両手を回してすり寄った。今こっち見ちゃダメだかんね!
「うふふ、それでは私は先に帰っておりますね」
レリーナさんの柔らかな声にちらっと振り返る。頬をぽっと染めて微笑まれた。蕩けるような目で見られている。その目が、食べちゃいたいって言ってる気がした。本物の五歳児なら可愛い我儘に見えるだろうから、そう思われてるのかな? 十六歳だってことは知ってるはずだけど。
「ご苦労だった」
「モモのことはオレ達に任せてくれな」
「貴方の代わりに私達がしっかり守りますからね」
「お三方がいらっしゃるならなんの心配も要りませんね。では、皆様失礼いたします。モモ様もまたお屋敷でお会いしましょう」
「うん! またね」
桃子が手を振ると、レリーナさんは礼儀正しく一礼して扉から外に出て行った。
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