74、モモ、恥ずかしがる~神様に託された警告は嵐の気配を運ぶ~

 恥ずかしい。あーっ、恥ずかしい! 恥ずかしいったらないよぅ!! カイから貰った濡れタオルで両目を冷やしながら、桃子は内心羞恥心に転げまわりたくなっていた。シリアスした後に我に返ると、無性に恥ずかしくなる。姿は変わってもこれだけは変わらないんだよねぇ。


「どうですか? 落ち着きましたか?」


「……うん。キルマまで来てもらったのに待たせてごめんね。時間を取っちゃったけどお仕事は大丈夫?」


「団長は仕事が早いので、このくらいなんの問題にもなりませんよ」


「そっか。もう目も痛くなくなったし、お話しの続きをしよう」


 桃子は濡れタオルを取って、上向いていた頭を正面に戻す。客室に居るのは桃子を挟んでキルマとレリーナが両隣に座り、正面にバルクライとカイが座っていた。


バルクライは最初自分の膝に桃子を乗せようとしたのだが、最後に会うことになったキルマが自分こそが隣に座りたいと主張したのだ。視線で戦いの末、バルクライが意外とすんなりと折れた。私と一緒に座っても、お得なことないよ?


 濡れタオルをローテーブルに置いて、桃子は自分が見た夢について話すことにした。


「レリーナさんが言ってくれたように、怖い夢を見てね、男の人にこっちにおいでって手招きされたの。その時、軍神様が助けに来てくれたから、その人は逃げたみたい。それから、軍神様に悪しきものが人の世界に干渉しているから、このことをバル様に伝えるようにって言われたの」


「悪しきもの……」


「それにね、軍神様には心当たりがあるみたいだったの。私の名前も知ってたし、もしかしたら悪い存在が関わってるのかな? だから、何かあった時は呼べば応えてくれるって言ったのかも」


「そんなことまで? 危ない臭いがするな。団長、国内で何か異変が起きていないか調べた方がいいかもしれませんよ」


「私もカイと同じ意見です。先ほど害獣に対する索敵に選抜部隊を決めたことですし、早めに行った方がいいでしょうね。討伐時になにかが起これば、やっかいなことになりかねません」


「オレが噂や事件を当たりましょうか?」


「……今回は部隊を動かす。代わりに、カイには騎士団に詰めてもらう。軍神ガデスがモモに警告を託したのは、自分が加護を与えた者が狙われる可能性があると判断したからだろう。神は大多数の者に対しての興味を持たない。それは大多数の人間の生き死にも関心がないということだ」


 一度だけ会った美の女神の麗しい姿を思い出す。かの美神は気まぐれで無慈悲なもの──自分達の存在をそう表現した。その言葉は正しいものなのだろう。けれど、モモは自分だけの身を守れとは言わなかった軍神様の言葉には、良心がある気がした。無慈悲かもしれないけれど、冷酷ではないと思う。勝手な想像かもしれないけど。


「怖い夢を見たというが、それは神殿の事件のことか?」


「違うよ。あれは元の世界での…………」


 それ以上は、声に出せなかった。どうしても、喉の奥で言葉が止まる。実際に起こったことだと続けられない。


「……すまない。嫌なことを聞いてしまったな。モモ、もう話さなくていい。ゆっくり息をしろ」


 無意識に呼吸を止めていたみたい。慌てて空気を求める。意識して呼吸を二度繰り返すと、さざ波が立っていた心が落ち着いていく。でも、なんかおかしい気がする。


「少し良いですか? ……モモは今、自分の中に違和感を感じてはいませんか?」


「なんでわかったの!?」


 キルマがまるで心を読んだような発言をする。桃子は驚いて大きく頷いた。そう! そうなんだよ。傍目にもやっぱり変に見えてるの?


「やはりそうでしたか」


「どういうことだ、キルマ?」


「ここからは私の推察になりますが、モモが今感じている気持ちは、自分の感情ではないのでは? 落ち着いて良く考えてみてください。私達が知っているモモは神殿から自力で逃げ出すような心が強い子です。そんな彼女が過去を思い出したからと言って、ここまで動揺するでしょうか?」


「つまり悪しきものってのは、人の一番嫌な記憶を引きずり出すだけじゃなくて、苦しみや悲しみといったマイナス感情を増幅させることが出来るのかもしれないってことか?」


「ええ。確証のある推察ではありませんが、私はそう思います。レリーナ、最近あなたが護衛についているそうですね。普段の生活の中でモモがこんなに動揺した姿を見たことはありましたか?」


「私が知る限りはございません。モモ様は怒りを長続きさせる方ではないように思います。それは悲しみや寂しさにも言えることかもしれません」


 なるほど、それなら桃子の中にある違和感にも頷ける。キルマも鋭いなぁ! 当事者よりも先に違和感に気付くなんて、洞察力があるねぇ。


「モモはどう思う?」


「うん、言われてみればおかしいかも。だって、私はあの時たしかに悲しくて寂しかったけど、それは過去のことになっていたはずなんだもん。それなのに、あの時よりも辛く感じてる気がするって変だよね?」


 落ち着いたからわかることだった。この状況は不自然だ。悪夢を見て泣いてしまうのは普通にあることだろう。だけど、乗り越えた過去をこんなにも引きずるのは変だ。そう思った瞬間、溢れ駆けた不安と悲しみがすーっと引いていった。あ、あれー?


 桃子は目をぱちくりさせた。落ち込んでた気持ちが綺麗さっぱり消えちゃったよ。どういうこと? 思わず自分の胸をペタペタ触って確かめる。


「気分が悪いのか?」


「ううん。苦しいの治っちゃったみたい。やっぱり悪い魔法をかけられてたのかなぁ? でも、そんなこと出来る人っているの? この世界にはこう、妖怪みたいなのもいる?」


「ようかい? それはどんな存在だ?」


 拙いひらがなで聞かれると、どんなに格好いい人でもやっぱりきゅんとするね。桃子は違和感が消えたのですっきりした気分で説明する。


「悪戯とか悪いことをする人間以外の生き物。どっちかっていうと神様寄りなのかな? いろいろな姿があって、人を食べたりもするらしいよ。でも、私のとこでは伝説上の生き物の一つだね」


「まるで害獣のようだな。害獣も人を食べることがある。この世界に存在するのは人、神、害獣、動物、獣人だ。獣人国とは交流があるが、そんなことを出来る存在は聞いたこともない。考えたくないが、一番可能性があるとしたら神に関係する何者かだろう」


 ふおおおっ、獣人!? ファンタジーなの来た! ぜひとも会いたいなぁ。動物園とか行ったことないけど、動物は好き。パンダとかライオンの獣人さんいないかなぁ。握手してほしい。どんな感じなのかな? 頭が動物とか? それとも人間にミミが付いてるコスプレさんちっくなの!? 想像すると興奮するね! 


「オレは苦手だから遠慮したいけど、モモは興味あるみたいだね」


「動物が苦手なのですか?」


「いや……」


 レリーナさんの疑問に、カイが気まずそうに言葉を濁す。珍しい姿に、桃子は興味津々の眼差しを向ける。困り顔で口元を隠したカイを他所に、キルマがさらりと暴露した。


「獣人国の女性に大人気なんですよ。なんでもカイは女性を引きつけるフェロモンが通常の人よりも多いそうなので。珍しがった女性たちが周りに集まりました」


「おおー、モテモテだね!」


「いや、さすがに犬とか猫の頭のまま顔を寄せられるのは、ちょっとな。そのままガブッと食われる気がして、気が気じゃなかったよ」


 苦笑するホスト、違った、カイに桃子は笑ってしまった。女性を邪険に出来ずに困っている彼の姿が思い浮かんだのだ。そんな桃子に、キルマが美麗な微笑みを見せる。


「すっかり元気になったようですね。」


「うん、元気! 今度悪者に会っても負けないからね!」


 魔法にかかっても跳ね返してやる! フンッと鼻息も荒く気合いを入れて答えると、バル様から強い視線を向けられる。はい! 危険なことはしません! いい子のお返事を同じように目で返してみると、伝わったようで、一つ頷きが返された。


「モモは一人にならないように心がけてくれ。現実で接触された場合は迷わず逃げろ。それから、言うまでもないがこの件はここだけで留める。少なくとも、情報が集まるまでは」

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