62、モモ、働きたがる~集団を纏められる人は不思議な魅力があるんだよ~後編

「奥で話そうか。いいかな? モモちゃん」


 モモちゃんなんて、この世界で初めて呼ばれたよ。気恥ずかしい気分でこっくり頷くと、ひょいっと抱き上げられた。半袖から覗く筋肉が良い筋肉! 近づいた爽やかなお顔の中で緑の目が冷静に桃子を見下ろしているのが気になるけど。怪しい子じゃないよ! 


「いい子だ。アイリッシュ、お前は仕事に戻ってくれ。オレはこの子ともう少し話をして判断したい。レリーナもいいな?」


「構いませんよ」


「はい、頭目」


 レリーナさんとお姉さんの返事を聞いて、ギャルタスさんは桃子を抱えたまま店の奥に向かっていく。レリーナさんが後ろを付いて来てくれるので、緊張はないけど、慣れない腕の中はお尻が落ち着かないね。バル様の腕がちょっぴり恋しい。


 もぞもぞしている内に、ギャルタスさんは足早に受付けを通り過ぎて廊下を奥に進んで行くと右手にあった扉を開く。ソファとテーブルが置かれており、正面の壁には地図がナイフで留められている。


 豪快な留め方だねぇ。あれって、普通の地図かな? それとも、もしかして、宝の地図だったり? ロマンの香りに桃子の中の五歳児が元気な声を上げる。ふぉぉぉっ! 見たい! すんごくあれを見たい!ついつい衝動のままに身を乗り出すと、二つの笑い声がした。


「ははっ、そんなに地図に興味があるのか? あれはこの国の地図だから、モモちゃんも見たことはあるんじゃないか?」


「うふふ、この子はまだ幼いですから見たことはないかもしれません。お家に帰ればおそらくあると思いますよ」


 なーんだ。違ったんだね。ちょっとがっかりした。さすがにこんな誰にでも見える場所には置かないよね。半分以上わかってたけど、残念!


「お? 落ち着いたな。なんだと思ったんだ?」


「宝の地図かなって……」


「はっはっはっはっ、宝の地図か! 夢のあることを考えるなぁ」


 恥ずかしいけど正直に答えたら爽やかに笑われた。白い歯がきらっと光ってるよ。柑橘系の香りが似合いそうなお兄さんです。


 桃子はソファの前に下ろされた。座ってお話しようってことだね。レリーナさんが隣に座ったのを見て、桃子も腰を下ろした。


「それじゃあ……しっかりと話をしようか」


 ギャルタスさんの表情が真剣なものに変わった。雰囲気が爽やかなお兄さんから頭目と呼ばれるべき人になる。ぴりっとした空気に、桃子の背筋はしゃっきっと伸びる。面接官を前にしたバイト希望の子みたいだね。


「モモちゃん、正直に話してほしい。君はバルクライ様のお屋敷の子だな?」


「はい。バル様が保護者になってくれています」


 桃子は頷いた。これは答えられるよ。よかった。嘘を吐くのは苦手だから、ひやひやする。バル様とした約束は絶対に守らないと。でも、この人バル様と同じ空気があるし、絶対に答えられないことを聞いてきそう。顔に感情がもろ出しと言われた桃子である。簡単に見抜かれるだろう。それに鋭そうな相手に嘘は逆効果だ。


「ご両親はどうしたんだ?」


「今はいません」


 嘘じゃないからセーフ? 背中に冷や汗がダラダラ流れる。でも、ここはしっかり答えないと信用されないよね。そうするとお仕事ももらえなくなっちゃうかも。これ、結構な難問じゃないかな? 頭がバーンってなりそうだよぅ。言えないことは嘘を吐かないように答えなきゃいけないんだもん! ぽろっと本当のことを零さないようにお口にチャックをつけなきゃ。


「それじゃあ、モモちゃんが働こうとしてることをバルクライ様は知ってるのかな?」


「……内緒にしてます」


「それはどうして?」


「たくさんお世話になっているので、こっそりお返しをしたいからです!」


 ここだけは胸を張って答えられる。ちっちゃい目的だけどね。バル様達を驚かせるためにこっそり働いてお金を稼ぎたかった。そのためにレリーナさんにも協力してもらっているわけだけど、バル様に内緒にしたままじゃ働かせてくれないかな? 頭目さんの立場からすると、許可出来ない? 


「レリーナもこの子に頼まれたのか?」


「えぇ。可愛いお願いでしたから護衛役として付いて来たのですよ。バルクライ様には外に出る許可は頂いています。まさかモモ様が請負屋に行くとは思ってはおられないでしょうけど」


「そういう理由か。モモちゃんは、好きなことや得意なことはある?」


「好きなことは食べることです! 得意なことは……あっ、暗算は得意です!」


「暗算? それならオレが今からいう計算をしてもらえるかな?」


「はいっ」


「じゃあ、銅貨1580枚に銅貨2585枚を足して、白銀貨と銀貨に変えた場合、銀貨、白銀貨、銅貨は何枚になる?」


 単純な計算だけじゃなくて、両替問題も出してくるなんてこの人やり手だ。でも、暗算ならちょこっとだけ自信がある。銅貨を白銀貨にするには100枚、銀貨にするには1000枚が必要って、バル様に教えてもらった。それを当てはめて、頭の中で算盤をはじいて答えを出す。


「えぇっと、銅貨に換算すると4165枚だから、銀貨が4枚、白銀貨が1枚、銅貨が65枚です!」


「合格だ。モモちゃんに仕事を紹介するよ」


「ほ、本当ですか!?」


 桃子は思わずソファから立ち上がった。算盤を習っておいて良かったよ。すんごく嬉しい! ギャルタスさんがそんな桃子に爽やかに笑う。


「明日もう一度ここにおいで。それまでに書類の準備をしておくから。契約内容はその時に話そう」


「絶対に来ます!」


「よかったですね、モモ様」


 レリーナさんが目元を和ませて、一緒に喜んでくれた。それがまた嬉しくて、桃子は拳を握りしめて大きく頷いたのだった。

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