50、カイ、幼馴染を恐れる

* * * * * *


 大物捕りが終わった翌日の昼、カイは自分が担当していた仕事を終えて昼食を取りに食堂に向かっていた。


 モモが攫われてから寝る間も惜しんで探し続けていたが、それが解決したため、一仕事終えて気が抜けた。眠気に身体が重い。カイは肩を回して眠気を散らしながら一階の廊下を進んでいく。今日は仕事を終えたらバルクライの屋敷に行く予定だ。お姫様はどうしているかな? 


 傷だらけの姿で泣いていた幼女の姿は、思い出すだけで胸が痛む。あの姿を見て、怒りを覚えた団員も多かったようだ。その為に元大神官は随分と手荒な連行をされたらしく、騎士団本部の尋問室で顔を合わせた時には酷い有様だった。


 神罰を下されて、プライドはズタボロ、おまけに本人も薄汚れてボロボロ。権力を持ち、自信に満ちていた姿はもはやそこにはなかった。居るのは薄汚れた小太りの男だけである。


 訊問はキルマージが担当したが、最初は「大神官である自分に無礼だ!」と喚いていたのが、「元でしょう?」と笑顔で正論を返されて撃沈していた。そうなればもうキルマージの独壇場だ。一晩で体重も落ちただろう。理責めされて、罪状という罪状を吐かされていた。カイはその姿を見て、こいつだけは絶対に敵に回すまい、と思った。


 その後はキルマージと別れて、カイは他の神官達からも事情を聞いて、情報を精査していた。事件と直接かかわりのない神官達から話を聞き報告書として纏めていたのである。


 それがようやくひと段落ついたのが今だ。書き物をしていたためか、背中が痛い。それともこれは自室のベッドのせいだろうか? バルクライの屋敷と比べるべくもないが、その痛みがいやに身にしみる。


「ベッド、買い換えるか……?」


 ほぼ庶民上がりの元貧乏貴族であるカイは一瞬だけ考えて、気の迷いだと首を振る。こっちが普通なのだ。天蓋付きのベッドなんて身に余るだろう。


 ほとんどをバルクライの屋敷で過ごしていたため、快適過ぎて身体がなまっている。桃子の護衛として動く以外に、鍛錬は自主的にしていただけなので足りなかったようだ。久しぶりに誰かと鍛錬してもいい。部隊長クラスの誰かと三試合くらい手合わせしてもらえば、勘もすぐに戻るだろう。


 カイは午後のスケジュールに手合わせを付け加えた。だが、まずは昼食だ。食堂に入ろうとしたら、見知った顔に挨拶される。


「お疲れ様です、補佐官!」


「昨日は大物捕りだったそうですね! 今度は自分の隊にも声をかけてくださいよ」


 新入隊員だ。朝の光と若さが相まって眩しく思える。オレ、そんな年じゃないはずなんだけどな。

 カイは年下の弟達を見る気分で、屈強な男達と接する。


「お前等元気だねぇ。昼飯は食ったか?」


「はいっ、頂きました。これから昼休みの訓練に参加します!」


「オレもです!」


「そうか。大怪我だけはしないようにやれよ」


「ご心配いただき、ありがとうございます!」


「行ってきます!」


 ハキハキと答えて男達が一礼して早足で去って行く。暑苦しいやり取りだったが、ああも素直だと憎めない。子犬に懐かれているようなものだ。


「あぁ、カイ。ここに居ましたか」


 食堂の出入り口の前で黄昏た気分でいると、ツカツカとキルマージが前から近づいてきた。ご機嫌は麗しくないようだ。周囲に美人と評される顔に、苛立ちが滲んでいる。やれやれ、飯の前に厄介事を片付けなきゃいけないようだ。


「副団長、どうしました?」


「食事をしながら仕事の話をしようと思いましてね。私、昨日もう一人重要参考人を事情聴取してたんです。朝方、団長からモモが話してくれたことについて手紙が届いたので、貴方にも伝えておこうかと」


「了解。続きは食堂でも?」


「えぇ、もちろんです」


 騎士団内では基本的にカイも上司のキルマージには敬語を使う。どこかの誰か(ディーカル)

と違って、一応弁えているつもりだ。幼馴染なだけに、お互いにそれを気持ち悪く思ってはいるが。


 団員が全員着席出来るほど広い食堂には、昼食を取る団員が少数いた。昼飯時の時間を外して混まない時を狙って来た者達だろう。


 騎士団の食事は基本的に個人で分けたりはしない。おかわりは自由だが、日替わりメニューになっている。カイはカウンターで2人分の昼食を貰い、トレーごとキルマージが取った席に運んだ。団員は身体が資本だ。肉厚なステーキが二枚と豆と野菜の炒め物に卵のスープ、それにまだ温かなパンがついている。大きさはモモの顔くらいはありそうだ。上に膨らんだこのパンはスープに浸して食べると美味い。


 カイは奥の壁側の角席を取っているキルマの元まで食事を運んでいく。


「あぁ、ありがとうございます」


「いえいえ、とんでもない」


「……もういいですよ。近くには団員も居ませんから」


 愛想笑いを副団長様に向けてやると、嫌そうな顔をされて囁かれた。目で周囲をさっと見れば、なるほど言われた通りのようだ。カイは遠慮なく表情を崩す。あー、やっぱりキルマ相手にこの口調は疲れるな。


 カイは入口側を背にして椅子に腰を下ろすと、キルマージに尋ねた。


「それでモモについてってのは?」

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