44、モモ、胸をわくわくさせる~神様からの贈り物は一番嬉しいものでした~後編
「ついでだ。食堂まで行こう。大きくなっても怪我は治っていないのだから、無理はするな」
「本当に大丈夫だよ? 昨日はごめんなさい。私いつの間にか寝ちゃっていたんだね。せっかくお薬作ってくれてたのに」
「……熱で朦朧としていたが、薬は飲ませたぞ」
バル様が前に視線を戻す。ん? 目を逸らされたような……気のせいかな?
「そうなんだ? 全然覚えてないや。だから熱が下がったんだね。ありがとう、バル様」
「…………あぁ。食事にしよう。限定的だが昼までは時間がある。モモ、なにかしたいことはあるか? オレと一緒なら外に出てもいい」
「ほんとっ!? あ、でも、バル様お仕事は? お城にも行かなきゃいけないんだよね?」
「仕事なら、今日は休みになっている。城に行くのはモモが怪我を治してからだな。今の状態のまま連れて行けば、オレが外道と義母上(ははうえ)に罵倒される」
「つ、強いね、バル様のお母さん」
「育ての親ではあるが、実の母ではない。実母は、オレを産んですぐに亡くなっている」
「そうなんだ……王妃様ってどんな人?」
「厳しく気高い人だ。だが、モモのような女の子には優しく接してくれるだろう。王妃はルクルク国の姫だからな」
「ルクルク国? 可愛い名前の国だね」
「女王が治める国で、国の政治も主に女が担っている。だから、こちらと逆で女が男を娶り、側室や正室を設けることも珍しくない」
「女の人が娶るの!?」
異世界ってすごい。逆ハーレムが国規模で存在するとは……何度目かの異世界カルチャーショック! びっくりだ。なんて驚いていたら、食堂の椅子に下ろされた。バル様が隣で着席すると、メイドさんが料理を運んできてくれる。
食欲をくすぐる臭いにお腹がグゥッと鳴った。ちらっとバル様を見たら、聞こえていたのか、目が優しくなっている。食いしん坊みたいで恥ずかしいけど、久しぶりにちゃんとしたご飯を食べれると思うと、唾液が口の中に溢れる。緑野菜はしばらく見たくない。
テーブルの上に並べられたのは、一見すると野菜が見えないホワイトクリーム状のスープに、蒸し焼きにされた白身魚。果物を摩り下ろしてゼリーにしたものが出て来た。ゼリーにはブドウだったりミカンだったり、サクランボだったりがふんだんに盛り付けられている。贅沢だね!
「しばらくきちんとしたお食事を取られていなかったとか。モモ様には胃に優しいものを厳選致しましたので、ゆっくりとお召し上がりくださいませ」
「ありがとう! 料理長さんにも後でお礼を言ってもいいかな?」
「モモ様、どうかお気になさらず。彼は恥ずかしがり屋なので、私からお伝えしておきますからね」
恥ずかしがり屋なの? そう言えば一回も見たことなかったね。それにしてもロンさんは今日もダンディーですね。八の字おひげがぴしっとしてて渋い。周囲を見れば、ここが天国だ。
神様にも負けない美形さんのバル様と、レリーナさんを筆頭とした美人のメイドさんと、ダンディーなロンさんに囲まれて眼福です。その中に桃子が混じっているのがちょっと申し訳なくなる。目が大きいねって千奈っちゃんが言ってくれたし、愛嬌なら多少ある、と思いたい。
桃子は食事の前に手を合わせようとして、バル様が静かに食べ始めたのを見て、考えた。この世界で生きるのなら、作法も合わせた方がいいかな? メイトと呼ばれる迷い人で、神様から加護まで頂いた桃子は、自分が特殊な事情を抱えていることを自覚していた。だから、極力目立つ行動は避けるべきだ。
桃子は黙ってクリームスープを掬って口に運んだ。あぁ、口が喜んでる! 美味し過ぎて、目の前が滲んできた。草以外を食べれる人間で良かった。幸せだよぅ。
「まぁ! モモ様、どうなさいました? スープがお口に合いませんでしたか?」
レリーナさんの綺麗なお顔が心配そうに変わる。感動で目が潤んだのを勘違いされているようだ。桃子は口の中の物を慌てて飲み込みながら首を横に振る。
バル様が食事の手を止めて、ガーゼが貼られていない右頬に手を添えてくる。美形な無表情が、桃子を確かめるようにのぞき込む。
「どこか痛んだか?」
「ううん。ご飯が美味し過ぎて感動しちゃったの」
「そうか。それならいいが……」
そっと手が離れていくのがちょっと名残惜しい。今は純粋に十六歳の桃子だけなのにね? 自分の中に生まれる気持ちを気にしていれば、ロンさんが安堵したように大きく息をついた。
「本当に良うございました。あの時はお助け出来ずに申し訳ございませんでした。モモ様をおめおめと攫われてしまって、どれほどその身を案じたことか」
「お屋敷が死んでしまったようでしたわね。私もロン様も自分の不甲斐なさが許せず、特訓して鍛え直しておりましたの。ロン様との特訓で私も当時の勘を取り戻しましたから、今度こそお守り出来ますわ」
どんな激しい修行をしたの? とっても優しく微笑んでいるけど以前と気迫が違う。獲物をしとめる気満々って感じだよ。そう何度も攫われるような事件には巻き込まれたくない。今度あったら犯人は無事では済まされないと思う。今回もけして無事ではなかったわけだけど。
「ねぇ、バル様、あの大神官のおじさんと連行されたお姉さんって捕まった後、どうなっちゃうの?」
「罪状によるが、軽ければ辺境での懲役労働、重ければ死罪だな。元大神官は埃の数が出そろうまでは少し時間がかかるだろう。女の方は騎士団師団長に偽りを告げた罪がある。お前のペンダントを盗んで売り払った件にも加担しているのだろう? 死罪は免れるだろうが、何らかの罰は与えられる」
「うん、そっか……」
連行されたお姉さんの怖い顔を頭から追い出して、桃子はもう二度と会わないだろう人達のことは忘れることにした。罪を軽くしてと言う立場にはないし、これはバル様達のお仕事だ。桃子は誰かに聞かれたら知っていることを正直に答えるだけだ。
「罪人のお話はそこまでになさいませ。お二人共、お食事が冷めてしまいますよ。どうぞ料理長をお泣かせにならないように」
ロンさんに窘められて、桃子は慌ててスプーンを持ち直す。そうだった。ご飯の時にする話じゃないよね。
「ごめんなさい!」
「あぁ、わかった。──モモ、その件はこちらがきっちりと片をつける。お前には自分の怪我を治すことを優先してほしい。それと、今日何をしたいかを考えてくれ」
最後につけたされた言葉に心が浮足立つ。元の姿でしたいこと、したいこと……桃子は笑顔になる。周囲を見ていたら良いことを思いついたのだ。
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