21、モモ、緊張の対面を果たす~神様にもお茶目な一面があるんだって~後編
膝に下された桃子は恥ずかしさを誤魔化すように、バル様のお腹に顔を隠した。そうしてからはっと気付く。これ、ミラに嫌われるんじゃ……っ!?
必死になって身体を戻そうとモゾついていたら、窘めるように後頭部を撫でられた。
「落ち着け」
バル様、なでなでしないで。これ、落ち着いちゃ駄目だと思うの。だけど表情を見られているわけでも言葉にしているわけでもないので、いくらバル様が翻訳レベルマックスでも、伝わらなかった。
「……では、わたくしが加護を授けていただいている美の女神アデーナ様にお聞き致しましょうか? わたくしの声ならば、あるいは答えて下さるかもしれません」
「頼めるか?」
「えぇ! では、美の女神アデーナ様、ミラ・グロバフの声をお聞きになられたなら、我が家にお越し下さいませ」
もぞもぞしてようやく正面に顔が戻ると、なんか話が進んでいたみたい? ミラが目を閉じて両手を握り合わせると、祈るように頭を下げていた。
その瞬間、天井が紫色にスパークして空間が歪むと、そこからとんでもない美女が現れる。
メロンのようなお胸にくびれたお腰、長いまつげとぷるんとした唇。髪は美しい金色で、目はエメラルドのような緑。着ている衣装は薄布一枚で出来たドレスで、胸の谷間を強調する様に前がざっくり開いている。両耳を飾る燃えるような赤い宝石がきらりと光った。
「あら、他にも人間がいるじゃない。こんなとこに呼び出すなんて、どうしたのかしら?」
「アデーナ様、お呼び出しして申し訳ありません。実は、この赤ちゃんのことでお聞きしたいことがあるのです」
「あたくし達にとってみれば、生きとし生きる人間すべては頑是ない子供と変わらないわよ。でも、その子供……いやーんっ! ガデスのセージを感じるわぁ」
美の女神様、略して
「もしかして、ガデスの加護を与えられているのかしら? すこーし、見せてもらうわよ? どれどれー?」
あ、あのぉ、それ以上近づけられると、ちゅうしちゃうよ? 緑の目がパチパチと瞬き、美神様は、見てる者を虜にするような、美しい微笑みを見せる。
「加護が与えられているわけじゃなさそうねぇ。だけど、一度はガデスからの接触があったはずよ。あるいは接触しようとして失敗したのかも」
「神も、失敗するのですか?」
「あなたはたしか、この国の王子だったわね? うふふ、あたくし好みの美しさね。えぇ、そうよ。人間より寿命と出来ることが多いだけで、その辺は人間と変わりないわ。けれど神は人間よりも自分勝手で気まぐれなもの。興味を失えば二度目は存在しない。──ミラ、あなたこの子に手を上げようとしたわね?」
「え……っ」
ミラが青ざめた顔で息を呑む。それは肯定を意味していた。ダレジャの顔色が変わる。つまり、カイはそれに気付いたから、止めたってこと?
「暴力を伴う嫉妬は美しくない感情よ。あたくしは美の女神。美しいものを愛する神よ。悪感情に従うことのないように、自分をもっと磨きなさい。あなたが手を上げていたら、あたくしはあなたを見限ったでしょうね」
「ご、ごめんなさい……っ、に、二度とそんなことをしようとはしません!」
「それがいいわね。ダレジャ、この子を正しき道に導きなさい。それが出来ない時は、あたくしはいつでも加護を取り消すわ。それを肝に銘じなさい」
「はい、心得まして」
ダレジャさんが神妙な面持ちで頷いた。加護にどんな特典があるのかわからないけど、神様ってシビアなんだねぇ。それほどまでに価値があることなんだろうけど。ミラは息苦しくならないのかな?
桃子は少し心配になって、ミラに目を向ける。しかし、少女はキラキラした眼差しで女神を見つめていた。あ、これ大丈夫な奴だ。一瞬で解決しました。
「女神、この子のことで質問があります。モモのセージが異常に早く減っているようなのですが、解決方法を知りませんか?」
「あぁ、そう言えばそうねぇ。たぶん 中途半端に繋がっちゃってるからセージを向こうに吸い取られてるのよ。これを治すのはガデスじゃなくちゃ無理ね」
「そーにゃああ……」(そんなぁ……)
「あら、可愛い」
女神が微笑むが、桃子は眼福と喜べない。ずっと、このままなの? そんなの嫌だぁぁぁぁっ!! 一歳児と桃子は一緒に叫んだ。
「ひっ、ふぇっ、うああああああんっ!!」
激しい不安が爆発した。顔をぐちゃぐちゃにして泣きじゃくる一歳児化した桃子を、バル様がそっと揺すりながら、宥めてくれる。
「モモ、諦めるのはまだ早い。それならば、申し訳ございませんが、貴方にかの神をお呼びしていただくことは出来ませんか?」
「してあげたい気持ちはあるのよ? だけどあの神は、あたくしの声には答えてくれないと思うわ。それでも?」
「はい、一縷でも望みがあるのならば」
「そう……では、呼んでみましょう。──軍神ガデス! あたくしの声が聞こえているなら、今すぐここに来てちょうだい!」
女神様が天井に向かって叫んだ。しかし、なにも起こらない。やっぱりこのまま一歳児確定なんだぁ! 嫌だよぅ。お世話され過ぎて、本当に一歳児になっちゃいそうだもん!
「なんの反応もないってことは、あたくしの声を拒絶したのね。酷いわ! あの神ったら、戦い戦いでちっともつれないんだもの。でも、さすがにこのままじゃその子が可哀想ね。セージが少なくなっていくなら、あなたが与えてあげたらどうかしら?」
「それが出来たら疾(と)うにしている」
「ちょっと、バルクライ様!?」
バル様の憮然とした口調に、カイが慌てる。その態度、バチ当てられない? 心配するものの、桃子は嗚咽が止まらない。とんとんと背中を叩かれてしゃっくりを漏らす。
しかし、美神は逆に嬉しそうに頬を染めた。
「ああんっ。その表情、ガデスにそっくりね。ちょっとときめいたわぁ。うふふ、良いことをおしえてあげちゃう。あのね、神のセージを受け入れちゃったんですもの。彼女、そういう体質なのよ」
「それは、モモはオレ達からのセージも受け入れられるってことですか?」
「えぇ、その通りよ。キスを介(かい)して送れば、一度で大量のセージを彼女に渡せるわ」
バル様達とちゅうするの!? 初恋もまだなのに、それは難易度が高すぎるよ! それに恥ずかしいもん。美形さんやホストさんが、赤ちゃんの口にちゅうするって、犯罪臭がする時点でアウトです!
桃子は言葉にならないので泣いて抗議した。
「ふぎゃああああんっ!!」
「モモが嫌がっている。他の方法は?」
「あら、いいじゃないの。キスくらい。仕方ないわねぇ、その子に触れた状態でセージを動かしてみなさい」
「こう、か?」
バル様に触られている部分から熱気のようなものを感じた。手でつかめないものなのに、身体がぽかぽかしてくる。途端に、意識がはっきりしていく。
「あっ、バルクライ様、駄目です!」
ダレジャが止めた時には遅かった。服がビリィッと破れて、再び全裸五歳児、桃子の登場である!
「戻った──っ!!」
桃子は歓喜の叫び声を上げた。これでようやくしっかり話せるのだ。それが嬉し過ぎて、五組の目に晒されているのをつかの間忘れていた。……いやん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます