14、モモ、名案を笑われる~十六歳はそんなことじゃ誤魔化されま、すん~

 ほっこりした身体と濡れた髪を大きく柔らかなタオルで拭いてもらうと、新しい服に着替える。今度は頭からすっぽりかぶれるので楽だった。上は薄い黄色の半袖で、ピンクのお花の刺繍が真ん中にされていて可愛い。下は水色で腿がもこもこしたショートパンツだ。


 用意してくれたのは、レリーナさんだろうか。僅かな接触でも桃子のことを理解してくれている人がいるようだ。スカートじゃ走れないもんねぇ。


 レリーナさんのすべらかなお手てに引かれて、バルコニーから庭に出ると、カイが三人掛け出来そうな横幅の広い編み椅子から立ち上がった。こちらもお湯を浴びたのか赤髪に深みが増して、笑みを向けられると眩しいほどの色気が漂ってくる。ただし、夜の街にいそうなホストさん系だ! 


「おぉぅ」


 あ、心の感嘆がつい口からもれちゃった。この素直なお口め! 自分の口を両手で押さえてみるものの手遅れである。


 しかし、カイは特に突っ込むこともなく、桃子を手招きした。なーに、イケメンさん? 今の私は一円も手持ちがないけどいいかな?


 とことこ近づくと、カイがしゃがんで桃子の顔にぐっと顔を寄せてくる。なになに、どうしたの? 真剣な目は桃子の全身をくまなく確認しているようだった。


「モモ、気持ち悪いとか目がかすむとか、変なとこはないかな?」


「うん、お風呂でさっぱりしたもん。もう平気だよ」


「そっか……あぁー、良かった! ごめんな、モモ。オレが任されていたのに、側を離れたせいで怖い思いをさせちゃったよね」


 カイにぎゅっと抱きしめられる。心底安心したように、その声は甘く掠れていた。ひょわぁっ、このホストんさん色気が八割増し! でも、そんなに罪悪感を抱かないでほしいなぁ。だって、今回のことは不可抗力だよぅ。


 桃子は短い両手を広い背中に回してぽんぽんしてあげた。


「困っている人を助けようとしたことは正しいことだと思うよ? 騎士団の団員なら、町の人を助けるのもお仕事だってカイも言ってたでしょ?」


「それでもね、オレはバルクライ様にモモの護衛を任されていたんだ。護衛対象の側を離れていいのはもう一人護衛がいる場合に限る。今回のことは明らかにオレの失態だよ」


 項垂れているのか、カイの息が首筋にかかる。くすぐったくて身を捩りたくなるけど、そんな場合じゃないし、桃子は頭をひねって考えた。どう言ったら私の気持ちを正しく伝えられるだろう。


「それじゃあ、私の失敗でもあるね! あの時、私がカイにくっついて一緒に行けばよかったんだよ。そうしたら、カイも私を守りながら町の人も助けられたでしょ?」


「……は?」


 カイがゆっくりと身体を離して、桃子をポカンとした顔で見つめてくる。隙だらけだ。今なら奇襲もかけられるぞ! 心の中で五歳児がわくわくしながら顔を出したそうにしている。間違っても飛びついたりしないように、めっ! っと叱って押し込めておく。今は真剣な話をしてるんだから!


「あっ、そうだ! 今度同じようなことがあったら、おんぶしてもらうのは? そうしたら一緒に行けるよ!」


 名案を思いついた気がして、カイをにこにこしながら見上げたら、横を向いて口元を押さえていた。そして、イケメンらしからぬ様子で、ブハッと吹き出される。えぇー?


「なんで笑うかなぁ?」


「はははっ、……そりゃ……くはっ、笑うって……っ。モモは、可愛すぎて参るね」


「そんな爆笑されて可愛いって言われても、信じないもん!」


 子供らしく頬を膨らませて文句を言っておく。イケメンホストはナンバーワンからナンバースリーに格下げじゃ! 以後、接客には気をつけたまえよ。


「頬を膨らませても余計に可愛いだけだよ。お姫様、これで許してくれよ」


 あやすように抱きかかえられて、編み椅子の上に腰を下ろしたカイのお膝の上に座らされる。


 丸テーブルには、美味しそうなクッキーと湯気の立つ紅茶に、オレンジ色のジュースが入れられた小さなコップがあった。お子様サイズだ。周囲を見れば、バルコニーのドア付近で美しくほほ笑むレリーナさんとロンさんがいる。細やかな気遣いがありがたいよ。


 頬をつつかれて顔を戻すと、口元にクッキーを差し出される。なるほど餌づけだね! 私は十六歳。こんなことでは誤魔化され……美味しい。生クリームの香りがほんのりしてて、上品な甘みがクセになる。もっとちょうだいとねだって口を開けると、再び笑われた。


「ご機嫌は直ったかな?」


「もう一枚くれたら直るかもね!」


「ははっ、どうぞ」


 再び口元に運ばれてきたクッキーをサクサクと食む。美味しいものは人を幸せにするよねぇ。あんまり美味しくて食べ過ぎちゃいそう。なんて思いながらもう一枚欲しくて手を伸ばすと、またしてもクッキーをカイの指に攫われて、口元に運ばれる。あの、これ、バル様もしてくれたけど楽しいの?

 

 こうして桃子は、おやつの時間をカイのお膝の上で堪能したのであった。

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