13、モモ、お風呂で切なさを味わう~なにげない夢も時には意味があるもの~

 なにか温かいものが頬を悪戯している。


 両頬を挟まれて、うりうりと揉まれた。少し雑だけど悪意のない仕草はどこか優しい。 仕方なさそうなため息を誰かがこぼして、温もりが離れていく。それが惜しくて、桃子はなにかを追いかけるように手を伸ばす。


 すると、手袋らしきものをつけた指を捕まえた。もう少し撫でてほしいなぁ……眠りと覚醒の狭間で意識をゆらゆらさせながら、桃子はそう思った。けれど、その気持ちが正しく言葉になっていたのかはわからなかった。



 こんにちは! 目が覚めたら、全体的に真っ白な作りのシンプルなお風呂場で、メイドさん三人に抱えられながらまるっと洗われていた桃子です。いつの間に寝てしまっていたのかさっぱりわからないけれど、お酒臭い私を綺麗にしてくれてたみたい。


「お目覚めですね、モモ様。僭越ながら、お休みの間に私共でお身体を洗わせていただいたのですが、ベタベタしていたり気持ちの悪いところはございませんか?」


 レリーナさんに寄り掛かっていた身体を離して、しっかりと自分の足で立つ。その足はやっぱり短いけどね! 上から下まで泡だらけになっている。まるで羊のよう。もっこもこ。


「うん! 綺麗にしてくれてありがとう。これだけ洗ってもらったら、匂いも消えたかなぁ?」


「うふふ、ご心配なさらずとも大丈夫ですわ」


 ふわふわのタオルに石鹸を擦りつけて、よく泡立てて優しく洗ってくれているのでくすぐったい。せめてお湯は自分で流そうと、桶に手を伸ばしたらさりげなく制されちゃった。 


「自分で出来るから大丈夫だよ?」


「あら、モモ様にはこの桶は少し重いですよ。お湯がたくさん入っていますもの」


「そうですとも。これが私達のお仕事ですから、お気になさらず」


「さぁさぁ、目をつぶってくださいまし」


「えーっと、じゃあ、お願いします!」


 三人のメイドさんはとても楽しそうだ。にこにこしながら言われて、いいのかなぁと思いながら桃子は目を強く瞑った。頭からゆっくりとお湯がふってくる。二度ほどお湯で流されると、身体から泡がすっかり消えた。羊の皮を脱いだ桃子はすっぽんぽんである。


「風邪を引くといけませんから、ゆっくりとお湯に浸かってくださいね」


 泳げそうなほど広いお風呂は、大人が十人くらいは入れそうだ。これ、私だけ使うのは申し訳なさすぎる。あっ、そうだ!


「レリーナさん達も一緒に入っちゃダメなの?」


 服とか濡れちゃってるし、一石二鳥でいい考えだと思うんだけど、どうかなぁ? メイドさん達の頬がバラ色に染まる。美人さんが揃っているので、大変目に優しい光景です。うむ、眼福いただきました!


「まぁっ! 過分なお気遣いを頂きまして、ありがとうございます。ですが、私共は使用人でございますから、主の客人であるモモ様とお風呂を共に入るわけにはまいりません」


「お気持ちだけで充分ですよ。ご理解くださいね?」


 やっぱりそうだよね。五歳児には丁寧過ぎる対応も、バル様が使用人だというメイドさんや執事さん達にそう言い渡していたからなのだろう。残念だけど、困らせるのも悪い。桃子はしょぼんとしながら頷くと、お風呂の縁に手をかけた。けれど、か、身体が持ち上がらない。


「うぐぐぐっ」


「うふふふふ、私が抱っこしてもよろしゅうございますか?」


「はぁはぁ……お願いしましゅ」


 噛んだ。恥ずかしくなりながら、ちらっとメイドさん達を見上げると、蕩けそうな笑みを向けられた。幼児が噛んだら微笑ましいよね。わかるけど、それが自分じゃ恥ずかしいだけだよ。やめて、そんな優しい目で見ないで! 恥ずか死ぬ。


 柔らかな腕に抱っこしてもらってお風呂に着水する。小さな桃子のことを考慮してくれたのだろう、お湯はだいぶ少なめだった。桃子が座っても胸元くらいだ。肩にぱしゃりぱしゃりとお湯をかけてもらう。はぁー、極楽極楽。


「気持ちいいですか?」


「うん! すごく幸せ」


「それはようございました。お風呂が終わりましたら、お菓子とお飲み物をご用意いたしますね。お飲み物はなにがよろしいですか?」


「種類は、紅茶にミルク、ジュースもございます」


「それじゃあ、ジュースを」


「では、とっても甘いオレンのジュースをお持ちいたしますね」


「それから、カイ様がとても心配していらっしゃいましたから、ぜひお顔を見せてさしあげてください」


 それは悪いことしちゃった。異世界一日目にして濃すぎたから、自分で思っていたより疲れていたのかも。五歳児精神に引っ張られて、はしゃいだり泣いたりしていたからねぇ。


 桃子は三十秒数えると、メイドさんの手によりお湯からすくい上げられた。これからお風呂はずっとこうなのかな? ぷっくりしたお腹を見下ろして、桃子はちょっぴり切なさを噛みしめた。

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