6、モモ、保護者様(仮)にお願いをする~五歳児でも出世払いはききますか?~

 お腹が満たされたら、おしゃべりタイムだ。聞きたいことが一個、二個……たくさんあるし、桃子の未来が優しいか厳しいかは、ここにかかっている、はず!


 ちょっと気合いを入れて小さな握りこぶしを作っていると、バル様の大きな手に包み込まれた。慎重な仕草でなでなでされて、ふやんと気合いが消滅してしまった。


「……小さい。子供とは、こんなにも柔らかなものなんだな。オレが力を入れたら簡単に壊れそうだ」


「だから力を入れないように、かといって抜きすぎて落としちゃ駄目ですからね。慎重に、優しくですよ?」


「あぁ、気をつけよう」


 抱き上げられた身体が、今度はバル様に隣の椅子へと移される。硬くともあったかい膝に落ち着いていたので、ちょっと寂しい。こんなことを寂しがるなんて、幼児精神が侵略してきてる? 冤罪だぁ! と五歳の精神が叫んだ気がした。


「さて、では詳しい話を聞こうか。モモも聞きたいことが山ほどあるだろう? 悪いがこちらの質問にまず答えてもらいたい」


「うん。答えられることなら、なんでも答えるよ?」


「こちらでは十七歳が成人なのだが、モモの世界ではいくつが成人になる?」


「二十歳だよ。それまでは煙草もお酒もダメなの。成長の妨げになるからね」


「えっ、酒もなの? オレには耐えられないな」


「カイは酒好きですからね。ついでに女性のお持ち帰りも多いそうで」


「ちょっ、オレの印象を悪くするなよ! モモ、違うからね? オレは別に誰彼構わず女性に手を出しているわけじゃないからね?」


「ええ、えり好みしてます」


「だっから、誤解を生むようなことを言うなって!」


「大丈夫。ホスト属性ってことは気づいてたもん」


 綺麗なウインクをもらった時からね。もしカイが元の世界に来たら、ナンバーワンホストも夢じゃないだろう。私も指名ってやつをしてみたい。テレビでやってたもんね。シャンパーン、頂きましたーっ! とか返事が返るんだよねぇ? あ、でもシャンパンは飲めないので、オレンジジュースでお願いします。


「ほすと、とはなんだ?」


 バル様がひらがなで聞いてくる。ちょっと可愛いね。これが千奈ちなっちゃんが力説してたギャップ萌えって奴かな? 千奈っちゃん、私にもわかったかも。


 しっかり者の友達に心の中で報告しておき、バル様にはちょっとズラした返事を返す。正直に言うとカイを傷つけちゃいそうだからね!


「カイみたいに、女の子と接するのが上手な格好いい人を指す言葉だよ」


「お姫様みたいな可愛い子に褒められるとは光栄の至り。モモには好きなものを買ってあげようね。今度買い物に行こうな」


「ごめん、それ今じゃダメ?」


「なにか欲しい物があるのか?」


「うん。パンツ欲しい。服もだけど、先にパンツ下さい。さすがにこの格好で外は歩けないもんねぇ」


 桃子はシャツ一枚という心もとない自分の恰好を見下ろして、椅子の上でもじもじとお尻を動かした。エマージェンシー、エマージェンシー、大至急、服を求む! 


「それなら買いに行かせている。もう少しだけ我慢してくれ」


「ありがとう! 代金は出世払いでお願いします」


「いや、これも保護の一部に含まれるから金は必要ない。話を戻すぞ。十六歳ということで、子供のように騒がないことには納得した。しかし、お前はあまりに落ち着き過ぎている。酷な質問をするが、帰りたいとは思わないのか?」


「うーん。どっちでもいいかなぁ」


 正直に答えると、驚いた顔をされた。


「なぜです? モモには親御さんやお友達が向こうにいないんですか?」


「なにそのすごい寂しい人! ちゃんといるよ? ほんとだからね? 友達と会えないのは寂しい。それもほんと。だけど両親はねぇ、そんなに心配してないと思うんだよ」


「は? いやいやいや、子供がいなくなったんだぜ? 親なら心配するだろ? まさか、モモは親になにか……」


 カイが真顔になった。イケメンの真顔怖し! 悪い方に勘違いさせちゃったかな? そんな深刻な話じゃないよぅ。


「違うよー。私の両親って仕事が大好きな人間で、私にはあんまり興味がなかったんだよねぇ」


「……そうなんですか?」


「うん。誕生日には、毎年プレゼントが届いてたから、嫌われてたわけじゃないと思うけど、基本的にね、家にはいない人達だったから、私を育ててくれたのって亡くなった祖母とお手伝いさんなの。今は自分で料理も掃除も出来るようになったから、ほとんど一人暮らしみたいな感じかなぁ。だから、お母さん達は私がいなくなっても積極的には探さないよ、きっと。その時間があるのなら、仕事に打ち込みたいタイプの人達だもん」


 たぶん、これが正しい。昔は寂しくて泣いていたが、祖母が亡くなった時に諦めた。


 寂しいのをずっと抱えて生きるには桃子は幼く、ウジウジしてるのは性に合わなかったのだ。一番の友達、千奈っちゃんと会えないのは寂しいけれど、帰れないのなら仕方がないと割り切れる。


「だからね、着る物・食べるもの・住む場所があればどっちでもいいよ。そもそも帰れるの?」


「……わからない。モモは召喚されてこの世界に来たため、普通の迷人(メイト)とは条件が違う。ただ、オレが知る限り、メイトが帰れたという話は聞いたことがない」


「あ、そうなんだ? じゃあ、この世界で頑張らないと! まずは職業探しかなぁ? 力仕事は無理でも、計算ならいけるかも。算盤ならってたから暗算は早いの。ちびっちゃくなった私でも出来る仕事ってある?」


 小さな手をにぎにぎして三人を見まわすと、カイとキルマがうっすらと涙を浮かべていた。な、なんで?


 二人は椅子から勢いよく立ち上がった。


「オレが引き取る! でもって寂しくないように、一杯可愛がるよ! モモの為ならなんでも欲しい物を買ってあげるからね!」


「いえいえ、ここは私です! 私の方が財力ありますし、あなたみたいな女性好きより、正しい淑女に導けます!」


「……身分ならこの中ではオレが一番だと思うが」


 ぽつりと落とされた声に二人の言い合いが止まる。もしもし、ねぇ、忘れちゃった? 本物じゃないよ。今の私はなんちゃって幼児だもん! この世界でも後一歳で成人なのに、職にあぶれるのは嫌だ。ひもじい思いはしたくない。


 桃子は椅子から飛び降りて、三人の前に仁王立ちした。腰に両手を当てて精一杯主張する。


「私は十六歳です!」


「忘れているわけではない。しかし、その姿のお前をすんなりと働きに出すわけにはいかないのだ。モモの身体に異常がないか検査して、健康状態を正しく把握しなければな。それからのことはゆっくり考えればいい。別にモモの一人や二人、オレ達なら養ってやれるぞ」


「えぇ、そうですとも。モモは子供時代のやり直しとでも思って、私達に甘えておけばいいんです」


「仕事の前に元に戻る方法を探さなきゃな。その方が働き先も見つかるかもしれないよ?」


 なるほど。確かにそうかもしれない。自分で十六歳と言っておきながら、この身体が馴染み過ぎて、そっちを忘れていた。ここは三人の言葉に甘えておいて、大きくなる方法を探してから仕事先を紹介してもらおうかな。


うんうん悩んでいる小さなの頭の上で、三人の男は目配せし合う。こうして、本人が知らない内に桃子はころころと丸め込まれていくのであった。

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