Main file.02『贖罪と懺悔』

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 2016年 2月29日 11:30

 あの後墓参りを済ませ

 墓地から少々離れているせいか寂れたベンチにて、

 御家族への挨拶をする為に待っていた。


 いつもは11:30頃にはいらっしゃるのだけど、

 今回は時間がズレたようだった。

 後から聞いた話によれば、交通渋滞に捕まったらしい。

 その待ち時間に30分間、彼に対して悶々と考え込んでいたら、墓参りを終えた彼女がやって来た。

「…あの」

「随分と思い詰めていた様に見えましたけど……大丈夫ですか?」

 重い空気の中、彼女の方から喋りかけてくれた。


「えっ、あ…そう見えてたんだ……」


「……友人が4年前の今日に…亡くなりました…

 3年間…本当の意味では墓参りに来れてなかった…」


「やっと来てやれたのに…どこか死んだ事実に目を背けていて…それが後ろめたくて」


「墓に対して悪態もついてしまいました」


「ダメだなとは思うんですが…なんで死んでるんだよ……!みたいな気持ちと、死んだって認めたくない気持ちが両方心に居座ってるんですよね………」


「ダメですね…こんなんじゃ」

 僕の心持ちは、やったことは無いけど懺悔の様な感情だったりした。

 でもその独り言にも似た言葉の返答は、僕にとって意外なものだった。


「…それでもいいんじゃないんですかね?

 本当にその人の事を思っていないと、あんなに思い込みはしないと…私は思えましたし、そもそも墓に来ない、来れないと思うんですけどね。

 けど…わたし、は…」


「……私は…そう感じましたよ」

 これが。

 いつもと少し違う出来事、救いの始まり。


「そう…ですか…そうですかね!」

「そう言って下さって、ありがとうございます…!」


「ああいや、少し思う所があってね」

「別に、そこまで畏まらなくても結構だよ」

 お客さんはバッサリそう言い切ったけど、何故か顔は暗がって見えた。


「…あの、昨日ってなんでウチにいらしてたんですか?」

 また言い淀む感じになってしまったから、今度は僕から話しかけた。


「んー…あー……あまり外に出かけたくなくてね、でも月に一回ぐらいは外に出ようっていうのと、消耗品と諸々の買い出しであの日はあそこに寄ってったのさ」


「で、あんな風に逃げ帰った理由はね、予約の品を取りに行く時間がだ〜いぶまずくて……5年ぶりぐらいに走りましたよ、ははっ」


「あ、それはすいません、僕のせいですね…」


「あーいや、人と話してて楽しかったのは本当に…、アナタぶりでね。

 今日話せたのは嬉しかった、心からの言葉だよ」


「おぉ…接客やってる身なのでそう言われると嬉しいですね…。

 なにか、今すっごい幸福と言うか、充実感があります、そっか、生きるってこういう事……!」

 自分のやった事を褒められるとやっぱり人は感無量になるものだなあ。

 笑顔になる、心が満たされる。


「ははっ、…あー声掛けて良かった。

 店員さん、吐いてそのまま失神するんじゃないかって面持ちだったからね?」


「ん?…あ……

 そっか…私が言えた義理じゃないか…」

 …この一言はとても小さくて、なんだか泡みたいに

 吹けば消えゆきそうな、そんな声だった。


 ──お客さんの趣味ってゲームなんですか!

 どんなジャンルが好きなんですか?」


「うーーん?

 シュミレーションとか、ロールプレイングとか…オンラインゲームとかですかねぇ?」

 ゲームに明るいとは言えない僕の推測だけど、

 どうやらお客さんはコツコツやるのが好きなようで。

 この人はマメで真面目なひとなんだろう。


 笑顔のまま、会話していたその時。

 聞きなれた、足音がした。


「……ん?」

 3人分の音だった。

 後暗い気持ちになるから、あまり聞きたくはなかった。


「……本当にすみません、席を外しますね

 待ってた人が来ちゃったみたいで…」

「ああ…どうぞ、行ってきてください」

 しっかりとお辞儀をして、足音の元へ向かう。


「……虞瞳君?

 …やっぱり、先に来てたのか」

 一年ぶり、会った数は指で数えるのはあまりにも億劫だ。


「お久しぶりです。

 お元気そうで、良かったです」

「…体は健康さ、怪我ひとつだってないぜ。

 家族一同、息災よ」

 少し落ち込んで見えたお父さん、博之さんはいつもの様に大らかで暖かな空気を出して話してくれた。

 …この方達は遺族。

 親友の御家族の方だ。


「それは良かった。

 想代そよさんも久しぶり。

 あんまり顔出せなくてごめんね」


 僕は4年前からろくに彼の家に行ってない。

 その頃と比べると、大きくなったなあ……。

 僕や兄よりもずっと優秀な妹、想代そよさん。

 あどけなさも、幼さも過ぎて、記憶の少女は女性にになりつつあった。


「お久しぶりです。

 虞瞳さんはなんか変わったね」

「え、そうなの?

 あーでも、社会人になったからね…

 去年はまだ学生だったし」

「あ、学生といえば、これ、

 これを渡したかったんだ」

 懐からとある紙が入った紙袋を渡す。


「なんですか、これ?」

「なかみはお金。高校生への進学祝いだよ。

 彬愛あきなりの奴はなれなかったから。

 だから想代さんにはせめてって思って」

 彼女に、兄と彼女自身への分を込めた思いと、その理由で結構な額を渡す。


「高校生活を満足して終わって欲しいからね」

「え、いやいいですよーだ。

 お金は出来るだけ、迷惑をかけたくないので。

 お父さんとかお母さん達にも、虞瞳さんにも」


「そう言わずにあけてごらん?

 中々に入ってるよ〜?」

「えー?

 うわぁ…本当にかなり入ってる……」

 これ、いくらなんだろと困り顔で思いを馳せる想代さんに、懸念事項を伝える。


「…また進学しても、こっち側社会人にやってきてもあげるよ。

 想代そよさんが何か大きく変わるなら、僕はその場に行くよ、いつだってね」


「……別に気にしなくていいよ。

 これは彬愛きみのあにを死なせた、僕の償いの一つなんだし」


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 2016年 2月29日


 お金は博之さんと栄さんに手渡そうとした事も何度かあったけど、以前バッサリ断られてしまった。

 それ以降は渡そうとはしてない。


 あの後は幾つか世間話をして、深く深く、頭を下げて別れた。


 その後気づく。

「うーん?アレ?

 ない……荷物ないじゃん!?

 どこやった!?

 …………あっ!?ベンチにおきっぱなしなんだ!」


 そうして忘れた荷物を取ろうとベンチへ向かうも、

 お客さんは、そこに座ってくれていたのだった。


「待ってくれてたんですね…優しいや」

「あのまま帰るのは礼儀を欠くかと思っただけだよ、気にしなくていいから」

「お客さん…話の続き、します?」

「ハハッ!しようか、店員さん?」


 笑いながら、言葉を返し合う。

 お互いに欲しがっていた、存分に話し合える知人を得た事を、僕らは喜んでいた。

 喜んで、いたんだ。

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