【毎日更新】彼女は僕の「顔」を知らない。【大ボリューム試し読み】

古宮九時/メディアワークス文庫

【毎日更新】彼女は僕の「顔」を知らない。【大ボリューム試し読み】

【1】

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 かつらしずは、特別な少女だ。

 誰にとってもそうであるかはわからない。

 ただ彼女はたぐいまれな美少女で、悲劇的な過去を背負っていて、今なお特殊なハンデを持っている。それら要素だけを挙げれば、彼女に同情する人間は多いだろうし、自分の「特別」にしたいと思う人間もいるだろう。

 ただ彼女自身は、ごく普通の人間だ。善いことを善いと思い、悪いことを悪いと思う。自分の欠点を知り、変えられない自身の性質と向き合い、日々努力して毎日を生きている。けなで懸命な、皆と変わりない女の子だ。

 だから、つまるところただ僕にとって──彼女が特別だというだけだ。


 僕が己の愚かさをあがなうべき相手。

 彼女の幸せを願い、そのために影ながら支え、献身をささぐ相手。

 それ以上でもそれ以下でも、きっとない。


 そんな僕らが出会ったのは十年前で、今でもあの時のことはよく覚えている。

 夏の夜、全てをのみこんで燃えさかる炎の景色。

 闇の中、火に包まれたコテージはまるで悪夢のようだった。僕たちは二人でそこから逃げ出して、ぼうぜんと立ち尽くしていた。

 何もできぬまま、考えられないまま。

 彼女は、自分たちの家族ごと燃える小屋を見ていた。

 そうしてずいぶん長く思える時間、燃える火を前にして動かなかった。

 長いまつが大きな瞳に影を落として。

 小さな唇がかすかに震えて。

 彼女はあの時、泣いていたんだろう。

 あかく染まったその横顔は、夢のようにれいで──

 僕は、そんな彼女をずっと見つめていた。



 だからこれは、愚かだった僕が彼女に捧ぐ……しよくざいの物語だ。


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