37話 幕引
かつての国民的俳優二人の娘を巡るゴシップは瞬く間に世間を駆け抜けた。投稿された動画はすぐに再生回数が伸び、インターネットを中心に少しずつメディアも騒ぎ始めてきた。
動画では類香の姿はイラストで表現されていたため、類香は学校にはいつも通り登校を続けた。しかし校内でもゴシップ好きの人たちはこのことを話している。彼らの当時の活躍を知るはずもないのに、いつの間にか伝説的な存在になってしまっていたのだろうか。それとも子どもが同年代だと知ったからなのか。
類香はそんな浮足立った空気も気にしないふりをしていた。公開されているのは公立の高校に通う女子高生ということと、お墓参りに来ていたということだけだ。楓花の存在に対しても少し言及されていた。
これ以上はプライバシーの侵害。その領域に手を出すべきではないと、世間には批判的な意見もある。類香は何事もなかったかのようにふるまうことにした。知っているのは二人だけなのだ。類香は冷静を装った。
「類香ちゃん、大丈夫?」
和乃の心配そうな瞳がこちらを向いている。類香は大きく頷いた。
「ゴシップなんてすぐに忘れ去られるよ」
類香の笑みに和乃は元気なく頷いた。
「何もできなくてごめんね……」
「もう十分してくれたでしょ」
「……うん」
和乃は類香の言葉に照れたように頬を染める。
「そうだよね。みんな忘れちゃうはずだよね」
「そうだよ」
類香はそう自分に言い聞かせるようにして頷いた。
しかしその翌日、類香は家を出るなり激しいフラッシュを浴びた。
「!? 何……!?」
数人のカメラを持った人たちが追いかけてくる。類香はその集団の熱気に全身を震わせた。恐怖で手に力が入らなくなった。足がすくんでしまって逃げることもできない。
類香が真っ青になっているとクラクションの音が聞こえてきた。楓花の車だ。
類香は楓花に呼ばれて車に駆け込んだ。まだ手が震えている。類香は両手をぎゅっと握って誤魔化そうとした。しかし冷たい指先の震えが止まることはない。
「あの記者、動き出したようね……」
「え……?」
類香は青ざめた顔を上げた。楓花は追いつかなくなったパパラッチ集団をフロントガラス越しに見る。
「あいつ、フリーの記者なの。だから、なんでも臆せずにやるの。他のやじ馬も、負けちゃいられないって、特ダネに向けて動いているみたい」
「……そんな」
「涼佳たちの衝撃は、まだ波が続いていたようね……」
淡々とした声だった。類香をどうすれば守れるのか、それだけを考えているようだ。
「類香、学校も、裏から入るわね」
「……え?」
「さっき、先生から保護者宛に連絡が来たわ。校門にも何人か来ているみたい」
「…………」
類香は黙った。俯くことしかできなかった。折角手に入れた日常は脆くも消えてしまった。
ネットニュースを見てみると、そこには見慣れた姿が映っている。目元は隠してあるがそれは間違いなく類香だった。制服を着て歩いているところだ。いつ撮られたものかは分からなかった。たださっきの人たちではないことは確かだ。
「……私、行ってもいいのかな」
「類香?」
「学校……制服バレてるし……」
「……今日は、行きなさい」
「……うん」
類香は力なく頷いた。確かに今家に戻るのも怖い。学校はどうなっているのだろうか。類香は悔しそうに唇を噛んだ。
学校に類香は裏門から入った。それを出迎えたネットニュースを見た教師がすぐに類香を隠してくれた。そのおかげもあり、校舎には問題なく入ることができた。
類香は教室に向かう途中で教師と話をしている楓花を見やった。二人とも真剣に話をしている。その様子を見て息が苦しくなっていく。
教室まで行くと、クラスメイトが心配そうにこちらを見てくる。もう話題のゴシップが類香であることはバレている。そう、私は瀬名類香なの。類香は頭の中でそう答えた。無言のまま席につくと、一気に身体が重たくなった。気怠くてしんどくなってくる。
「類香ちゃん」
そこに優しい声が降ってきた。和乃だ。類香は縋るように顔を上げる。すると、夏哉と津埜も一緒にいた。斜め前に座る畔上も疲れた様子で席についたところだった。
「……どうかしたの?」
類香は眉をひそめた。三人とも制服がよれていて髪もくしゃくしゃに見える。類香を見て「よかった!無事だったね!」と笑っているが、まるで殺人的な満員電車に乗ってきたようだ。類香はハッとした。まさか。
「大丈夫だって!」
類香が何かに察したのに気づいた津埜が明るく笑った。
「瀬名さんのこと、何も答えてないから」
「……やっぱり」
全身がズキズキと痛んだ。それに耐えかねて類香は唇を噛む。
「記者に捕まったんでしょ?」
「ちょ、ちょっと話しかけられただけだよね……!」
和乃が明らかに動揺している。
「隠さなくていいから」
「うっ……」
和乃は類香の言葉に儚くも撃沈した。
「……そう。校門前の奴らに話しかけられてた。日比と津埜が囲まれてたから、俺と畔上が連れてきた」
「……そうなんだ」
「あいつらしつこいんだよな」
夏哉の説明の後、畔上が机に突っ伏しながら声を上げる。
「瀬名さんのことしつこく聞いてくるんだ。わのちゃんと一緒にいるところ見たみたいでさ」
「……そっか」
類香は和乃を見上げた。和乃は「全然平気だから!」と得意げな顔をしている。
「それよりも、類香ちゃんは大丈夫なの?」
「……え?」
「変なことされたりしてない?」
「……大丈夫だよ」
類香は自分を気遣う和乃の真剣な眼差しに向かってしっかりと頷いた。
「皆こそ、迷惑かけてごめんなさい」
「何言ってるの瀬名さん」
津埜は類香の背中をバンッと叩く。
「クラスメイトを助けるのは当然でしょう!」
「……ありがとう、津埜さん」
津埜の笑顔に類香は微かに笑った。しかし心の中では暗い幕が下りかけている。もう終演かもしれない。類香は、心とは裏腹にきゅっと指を組んだ。
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