14話 役割


 文化祭が近づくと、次第に校内が活気づいてくるのを肌で感じる。

 類香はポスターを貼るために、一人で二十枚ほどのポスターを抱えて廊下を歩いていた。掲示する場所を探しながら歩いていると慣れているはずの校内が案外広く思えた。

 ポスターの枚数は決まりがあるが掲示場所は自由。しかも早い者勝ちなので、掲示期間が解禁されると良い場所を求めて皆すぐに動き始める。


 同じくポスターを抱えて歩き回っているライバルたちとすれ違いながら、類香は一人で作業を進めた。

 しばらく歩き回り、ようやく一枚貼れる場所を見つけた。類香は手に持っていたポスター用のテープをちぎる。

 実際に貼ってみようとすると、既にほかのクラスや部活の出し物のポスターが貼られていたため、目視とは違ってスペースには余裕がなかった。しかし、ここは結構目立つ場所だ。是非とも貼り出したい。

 類香が掲示に格闘していると、かろうじて抱えていたポスターの束が逃げ出そうとしていた。


「あ、ちょっと……」


 類香がポスターに苦言を呈そうとすると、その脱走を止める手が伸びてきた。


「手伝うよ、類香ちゃん」


 和乃の声だった。類香は伸びてきた手の方向を見た。和乃がダークグレーのセーターを着てお得意の笑顔でにこにこ笑っている。


「いや、大丈夫だって」


 類香は反射的にそう答える。


「和乃は練習があるでしょ?」

「畔上くん待ちなの。まだ少し時間あるから」


 和乃は逃げ出したポスターの束を抱えると、類香が掲示しようとしているポスターを抑えた。


「この前、歌を撮ったの。キャラクターに合わせて流れてくると、自分の歌声じゃないみたいだった」


 類香は和乃の話を耳に入れながらポスターをテープで止める。確かに手が多いから一人よりやりやすくなった。


「MCとか不安だけど、台本も考えてくれたし」

「うん」

「なんとかなるよね?」

「うん」


 類香はポスターが曲がっていないかを確認する。


「このポスターも素敵。みんな、色んなことができるんだなぁ」


 和乃はしみじみとした顔をしてそう言った。たくさんの主張の中で、一段とカラフルなキャラクターのイラストは嫌でも目立つ。


「いいなぁ……才能って羨ましいな。私は何もできないのに」

「そんなことないでしょ」


 類香は掲示の出来に満足すると、次なる掲示場所を探しに歩き出した。


「和乃はキャラクターになりきれたじゃない」

「……そうかなぁ?」


 和乃は自信がなさそうに呟く。


「まだ結果は分からないけど、今のところ上手くできてるよ。皆、和乃に感謝してるんじゃない?」

「本当?」

「他にやりたい人もいなかっただろうし」

「類香ちゃんも感謝してる?」


 和乃が表情を窺ってくるので、類香は口をきゅっと閉じる。


「私は、別に、誰がやっても良かったけど。出し物自体なくなっても良かったんだけどね」

「もう、類香ちゃんの意地悪」


 和乃はくすくすと笑って受け流す。意外と、和乃は類香の素っ気ない態度も平気なようだ。一日話せなかったかもしれないくらいで泣きそうになっていたのに、不思議な子。類香は眉をしかめながらまた一枚ポスターを掲示した。


「当日、類香ちゃんは文化祭回るの?」

「どうしようかな。見たいものはないけど」

「そしたら、弦楽部の発表見に行かない?」

「講堂の?」

「うん。津埜ちゃん、応援しに行かなきゃ」


 和乃は大きく頷く。


「……用事もないし、いいけど」

「やった。それじゃ一緒に行こうね」


 類香はこくりと承諾しながらも冷めた目で和乃を見る。


(行かなきゃって、そんな義務感持たなくてもいいのに)


 和乃はそんな類香の視線も気にせず、新たな掲示場所を指差した。


「類香ちゃん、あそこどうかな?」


 類香は黙ったまま頷き、和乃の見つけた掲示場所へと向かった。それから半分ほどの枚数を掲示し終えた類香はふと近くにあった時計を見やる。


「和乃、練習は?」

「あ、そうだ!」


 和乃が同じく時計に目をやると、ちょうど廊下の向こうから和乃を呼ぶ声が聞こえてきた。


「日比、もう準備できてるぞ」

「日向くん! ごめん、呼びに来てくれたの? ……あ、そういえばスマホ教室に置いたままだった……」

「今、準備終わったところ。走らなくても大丈夫だ」


 焦る和乃を夏哉は優しくなだめる。


「ありがとう! じゃあ、私、もう行かないと……」


 和乃は名残惜しそうに類香を見る。類香は彼女のことを直視しないようにしながら「大丈夫。手伝ってくれてありがとう」と、残りのポスターを受け取った。


「類香ちゃんごめん。中途半端で」

「いいから、みんな待ってるよ」

「でも……」

「残りは俺が手伝うから」


 なかなか動かない和乃に対して夏哉がそう笑いかけた。「本当?」と、和乃は顔を上げる。


「だから、日比は練習に行ってこい」

「うん! ありがとう!」


 ようやく納得した和乃は、そのまま早歩きで教室へと向かって行った。


「…………」


 類香は和乃の背中を見送ると、夏哉をじとっと疎ましげに見る。


「夏哉は練習参加しないの?」

「機材担当は何人もいるし、代わりのいない日比ほどじゃないしな」

「……そう言って、サボるつもり?」

「まさか。終わったらすぐ戻るって」


 夏哉はそう言って類香からポスターの束を奪った。


「とにかく、これで日比は心置きなく練習できるし、こっちも早く終わらせるぞ」

「はいはい」


 類香は小さく息を吐く。


「助っ人様がいればすぐに終わりますね」


 類香の嫌味ったらしい言葉も夏哉は笑って聞こえないふりをした。

 和乃も夏哉も過保護すぎる。

 類香は肩を落として心の中でため息を吐いた。

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