4話 告発


 促されるがままに屋上まで来た類香は二人の女子生徒の真正面に立ち、軽く二人を睨みつける。


「何の用事なの?」


 その挑発的な表情にサイドテールの生徒は舌を打った。


「あなた、未祐の彼氏のこと狙ってるの?」

「……はぁ?」


 類香は思わずそう声を漏らした。無意識のうちに喉から出ていたものだ。


「誤魔化さないでよ。この前、二人が園芸倉庫のところで一緒にいる所を見たんだからね」

「……彼氏って、誰?」


 補足情報を得た類香はなおも呆れた顔をしてそう言った。


「しらを切るつもり? あんたの隣のクラスの望月嶺もちづきれい。あんたと同じクラスの未祐の彼氏だよ」

「…………嶺?」


 類香はどうにかその顔を思い出そうと努力した。目の前の二人は今にも噴火しそうなくらい頭に血が上っているようにも見える。しかしここにはいない女子の名前が出てきたということは、嶺とかいう男子生徒は彼女たちの彼氏でもないのだ。ならば、どうしてそんなにも熱くなれるのだろう。

 類香が理解できない理論に頭を巡らせていると、二つ結びの生徒が蔑むような目でこちらを見てきた。


「学校中の男子に色目を使いすぎて、忘れちゃった?」


 彼女に続き、サイドテールの生徒も嫌味を込めてくすくすと笑う。


「いいよ、思い出さなくても。こっちが思い出させてあげるから」


 そしてスマートフォンを起動させ、得意げに一枚の写真を類香に見せる。


「これで思い出せた?」


 突き出された画面には類香と嶺と思われる人物が写っていた。類香は嶺に抱きしめられていて、その表情はよく見えないが、確かに傍から見たら親密そうな二人の姿がそこには写されている。


「……あ」


 その写真を引き金に、一気に脳が目覚めていく。類香は何かを思い出したのか目を少しだけ見開いた。彼女の表情の変化を待ち望んでいた二人の女子生徒は顔を見合わせ、勝ち誇ったように微笑む。


「これで言い逃れはできないでしょ? どうしてこんなことになってるのかなぁ?」

「まぁどうせ、あなたが嶺のこと誘ったんでしょ? 誰にでも色目を使うもんね。学校中の男子を虜にして満足?たくさん下僕でも作っていい気になっているの? 逆ハーレム? ダサすぎ」


 二人は馬鹿にするように可憐な声で笑い合う。


「いつも落ち着いていてクールな瀬名さんだけど、キープだけは欠かせないのね。ギャップ萌えってやつ? 本当にやる人いるんだね」

「本当に節操ないよね。ちょっと容姿がいいからって、陰で何やっても許されると思ってるの? 騙される男子もサイテーだけど」


 類香は口を閉じたまま、楽しそうに話す二人の言葉を聞いていた。確かに彼女たちの言い分も理解できる。男子生徒を万が一の時に利用していたのは間違いとは言い切れない。閉鎖的環境における嫉妬由来の嫌がらせは時にしんどいことがある。そんな時に、自分のことを一ミリでも庇ってくれる奇特な人などこの学校にはいない。友人と呼べる人などいないのだから当然だ。危機管理能力の高い人たちはハナから棘だらけの自分のことなど避けている。だからこそ、そんな時は自分を庇ってくれそうな可能性のある人を探す。

 そうなると、その対象は自然と男子生徒になった。未だに自分のことを容姿だけで見てくる人もいるらしい。関わりたくはないけれど、時にはそんな彼らの好意を利用してしまう。


 勝手なのは分かっている。ポリシーに矛盾していると自分でも思っていた。しかし、やはり一人だけで棘の道を生きるのは難しい。自分は悪者だから、と都合よく言い聞かせて、駒のように彼らのことを扱ってきたのだ。

 そうやって、結局は自分が傷つくことを最小限に抑えようとしていることも自覚していた。それを見せつけられている彼女たちが怒るのも無理はない。彼女たちにとって、自分はどれだけ目障りなのだろう。

 でも誰もが聖人なはずがない。誰にだって秘めたるものがあるはずだ。自分の身が可愛く思えるのは当然の欲だ。目の前の彼女たちも例外ではない。

 類香は思わず口元が緩んだ。


「何がおかしいのよ」


 すかさず二つ結びの生徒が類香を睨みつける。


「それ、未祐は知ってるの?」


 類香が二人に問いかけた。


「言えるわけないでしょ。ただでさえあんたが相手だもん。未祐が傷つくじゃない」

「友達思いなんだね」

「はぁ? 誰のせいだと思ってるの? あんたが嶺に近づいたんでしょ」


 サイドテールの生徒が類香を嫌悪の表情で見る。


「じゃあ、黙ってあげた方がいいんじゃない? 未祐、もっと傷つくから」

「何、言ってるの?」

「それ、本当は動画でも撮ってたんじゃないの?それを見たらわかるでしょ?」

「……何を、言って」


 サイドテールの生徒がスマートフォンを握りしめた。


「あの日、私は園芸委員の手伝いをしていたの。嶺って、確か園芸委員なんでしょ? 前に彼には助けられたから、それで、そのお礼に少しだけお手伝いしようかなって。それで、手伝ってたら、急に嶺が抱きついてきた。動画に残ってるでしょう?」


 類香は淡々と話した。


「勿論私にその気はないから抵抗したけど」


 そこまで言うと、類香は二人をじっと見た。黒い瞳に囚われた二人はごくりとつばを飲み込む。


「彼がキスしようとしてきたから、私は彼を叩いた。全部、見てたんでしょ?」

「…………」


 二人は何も言おうとしなかった。サイドテールの生徒の手は小さく震えている。


「私にその写真を見せて、謝罪の証拠でも撮りたかったんでしょ? それで全部私のせいにするんでしょう。嶺にそう言われたの? あなたたちも私のことが嫌いだから、私に謝罪させて、この校内にそれをばらまこうとしたんでしょ」

「…………」


 類香は二人から目を離さなかったが、二人は目を伏せたまま沈黙を貫こうとしていた。


「小さな世界で、ばかみたい」


 類香はぼそっと言い捨てるとため息を吐く。思い出したくもなかった余計な情報に眩暈がした。


「動画を撮った二人は、嶺にそれを見せて何か相談事でもしたの? でも二人とも、未祐に言えないことがあるよね? 嶺と二人って、本当に仲が良いから。そういえばこの前、未祐って子、嶺の様子がおかしいって教室で友だちに相談してたな。親友にも相談できないって、すごく落ち込んでた。三人でそんな未祐を元気づけようって考えたのかな? とっても友達思いだね」

「な……っ!」


 二人は顔を真っ赤にして剥き出しになった感情のままに類香につかみかかろうとした。特に避けようともしない類香だったが、その身体は誰かに腕を引かれ、突如後方に大きく揺らぐ。


「け、喧嘩は駄目だよ……! 暴力なんて、もっと駄目……!」


 類香が振り返ると、和乃が類香に手を上げそうになっていた二人を見て泣きそうな顔で声を震わせていた。


「なに? 日比さん? どうしてここに?」


 二つ結びの生徒が驚いた顔をする。数秒前まで険悪だった三人も今だけは全く同じ顔をしていたことだろう。


「な、何があったかは知らないけど、暴力は違うよ……」


 和乃はおどおどとした様子で控えめにそう続けた。類香は和乃がそこにいることが理解できず、きょとんとしたまま石像のように固まってしまった。


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