〜双子の兄に全てを持って行かれ、家を追い出された俺を待っていたのは……〜

灰狼〜皐月〜

第1話〜全部無くしてからの一歩〜


「飯食ったら出て行くんだよ」


 朝飯を食っている俺に母親からかけられた最初の言葉がこれだ。


「全く、お兄ちゃんならアンタが起きる前にさっさと行っちまったよ!!」

「へいへい」

「だからさっさと食って追いかけな!!」


 どやされながら黒焦げのパンをモソモソと口の中に押し込む。

 兄貴。

 俺には双子の兄がいる。

 俺が緑の髪だが兄貴は金髪。

 俺は中途半端に背が高いが兄貴はスラッとしており村中の女性からモテた。

 と言うのも、母ちゃんは俺達を産む前日にお告げがあったそうだ。


「明日産む子は勇者になりますよ〜」


 とホンワカな雰囲気の天使に言われたんだそうだ。

 そして産まれた俺と兄貴。

 その中で兄貴は何でもできた。

 勉強も運動も魔法も何でも出来た。

 その結果母ちゃんは、兄貴が勇者なんだと決め付けた。


 今思えば、馬鹿じゃねぇのと思ってしまう。


 そこから母ちゃんは兄貴を甘やかした。

 欲しいと言われれば何でも買い与えた。

 やりたいと言った事は何でもやらせた。


 それとは反対に俺は何もやらせてもらえなかった。

 それどころか、いずれ勇者になるお兄ちゃんの助けになるんだよと言われる始末。

 それでも、その時は兄貴との仲はまだ良かった。

 でもいつからだろうか。兄貴が俺を下に見始めたのは。

 村人に俺の方が劣っていると言ったり、散々だったのを覚えている。


 でも、仲の良かった幼馴染みの女の子が俺を庇ってくれたのを覚えている。

 でもその子も最終的にはアイツ側についた。

 その時に、


「いつまでも私に守られて情け無いとか思わない訳? ダッサ」


 と言われたのを覚えている。

 そしていつの日かした、将来共に暮らすという約束も反故にされた。

 それでも兄貴は


「お前は大事な弟だからな。魔王討伐には力を貸してくれよな」


 と言ってくれていた。にも関わらずこれだ。

 心のどこかでは信じていた俺が馬鹿らしく思えた。

 結局、俺は兄貴にとって目障りなだけだったんだ。


「んじゃあ、行ってくるよ」

「はいよ。さっさと行きな」


 愛用の槍を担ぎ、家を出る。

 左肩にある星型の痣を隠す様に左肩からマントを羽織る。


(この痣、そういや兄貴とお揃いだったな)


 兄貴の右肩に俺と同じ星型の痣があったのを思い出す。


(ここともおさらば…だな)


 振り返って一瞬だけそう思い、すぐに駆け出す。

 村一番の俊足だった事もあり、俺が生まれ育ったカザミ村の姿はすぐに見えなくなった。


 履き慣れたブーツ、履き慣れたズボン、着慣れた服、着け慣れた左肩用マント。

 このマントだって、兄貴とお揃いの痣が見えない様に母ちゃんが作った物だ。


(っ……クソ……クソッ!! クソッ!! 俺が、何したってんだよ!! )


 地を蹴り、跳ぶ様に駆けながら俺は行く先も決めずにただただ進み続けた。




 朝、村を出て今は昼過ぎ。

 走るのも疲れた俺は槍を右肩に担ぎながら歩いていた。

 適当に町を決めてそこで用心棒みたいな事でもしよう。

 槍ならそこそこ使えるし、用心棒ぐらいなら出来るだろう。


(そうと決まればまずは町を見つけて……)


 その時だった。

 風に乗って悲鳴が聞こえた気がしたのだ。

 聞き間違いだろうかと思い耳を澄ます。

 すると…


(聞こえた……あっちか!! )


 早速売り込むチャンスだと思いつつ、悲鳴の聞こえた方へと駆け出す。

 その先にあったのは村。

 木製の家や井戸や畑がある程度の、それこそ何処にでもある村だ。

 そこが野盗に襲われていたのだ。


「村かよ……ま、人助けにデカいも小さいもねぇか!!」


 槍をクルッと回して構え、野盗へと突っ込む。


「オラァッ!!」

「何だテメェは!!」

「俺か? 俺は……って言う必要ねぇだろ!!」

「ほごっ!?」


 野盗の一人の足を槍で突き刺して倒す。

 経験値も貰えて人助けも出来るなんて美味しいぜ。

 仲間がやられた事に気付いた別の野盗が小型の斧を片手に突っ込んで来る。


「オリャアァァァッ!!」


 雄叫びと共に高々と振り上げられる斧。

 その斧が振り下ろされるより先に柄尻を腹に打ち込み、体勢を崩させる。


「うぐっ……うぅぅっ」

「おっと、戻すなよ?」


 槍をクルクルと回して持ち変え、刃の根本の切れない部分を野盗の後頭部に打ち込み気絶させる。


「おいおい、何の騒ぎだ!!」

「あ、親分!! アイツが仲間を!!」


 親分と呼ばれるオッサンとその手下が五人出て来る。


(あの親分捕まえたら幾らかの金になるか? )


 こういった野盗を捕まえて近くの町の衛兵とかに差し出せば謝礼金が幾らか貰えるのだ。

 今は一人だが旅には金が要る。

 そう判断した俺は親分は生かして捕らえる方向に決めた。


 親分の装備だが、皮の鎧に薄汚れたシャツと半ズボン。モジャモジャの髭を蓄えているが、その目はどこか優しさを帯びている。

 野盗なんかやらずに学校の先生でもやっていたら子どもに好かれる先生になりそうな、そんな優しい目をしている。


 が、野盗は野盗。

 倒さなければ名も知らないこの村の人達や別の村の人達が被害に遭う。

 なら、倒すしかない。


「……ッ!!」


 右足で地を蹴り加速する。

 俺が保有するスキルの一つ。

 高速移動系スキルの縮地を発動。

 親分の前に立つ手下五人に槍を振るい、柄尻を叩き込んで倒す。


「お前……よくも俺の手下どもを!!」

「安心しろよ。死んでねぇから」

「何?」

「嘘だと思うんなら確認してみろよ。待っててやるから」

「む、むぅ……本当の様だな」


 その対象の状態を解析するスキルの鑑定眼を使い手下達が生きている事を確認する親分。


「……何故だ」

「ん?」

「何故殺さなかった」

「近くの町の衛兵に売り付ける為だ」

「そうか……ふむ。理には適っているな。ならそうさせない為にも、逆に俺がお前を奴隷商に売り付けてやる!!」

「へぇ、やれるもんなら…やってみなぁ!!」


 再び縮地で加速し、槍を棍棒の様に叩きつけて気絶を狙う。

 のだが……


「ウオォォォォォッ!!」

「ッ!?」


 親分の咆哮が俺を押し返す。


「何ッ!?」


 咆哮が収まると同時に親分は変化を終えていた。

 一言で言うならムッキムキのゴリマッチョとなっていたのだ。


「俺のスキル、マッスルアップ。これが俺の切り札よ!!」

「っと!!」


 ズガァァァン!! という轟音と共に親分が持つ大斧が叩き付けられる。

 持ち手を挟む様に半月状の刃が取り付けられたそれを易々と扱うあたり、使い慣れている様だ。

 が、速さは俺に及ばない。


「この、ちょこまかと!!」

「当たるかよ!!」


 縮地の連続使用で翻弄し、親分の頭の天辺に槍の柄尻を打ち込む。


「うっ……うぅぅぅん……」


 ズズゥゥゥゥン……という音を立てながら崩れ落ちる親分。

 その親分を捕らえるかと、何かの時用に持って来ておいたロープを俺が取り出すと……


「や、やめてくれ!!」

「あ?」


 まだ動ける手下共が俺の前に立ちはだかる。

 しかも、その手に持った武器を全員捨ててだ。


「…なんのつもりだ?」

「お、親分は俺達の事を育ててくれた恩人なんだ!!」

「そうだ!! 俺達が今生きていられるのは親分のおかげなんだ!!」

「親に捨てられた俺達を親代わりに育ててくれたんだ!!」

「この命は親分に貰った命。親分を助けられるなら、俺の事を代わりに突き出せ!!」

「俺を突き出せ!!」

「俺を!!」

「いや俺を!!」

「っ……お、お前らぁ」

「「「っ!! 親分!!」」」


 早い事にもう意識を取り戻した親分を半泣きになりながらそっと起こす手下達。


「……俺が一人で行こう。こいつ等には、手を出さんでくれ」

「……そもそも何でこんな事をした。話してくれ」

「……」

「話の内容次第じゃ条件付きで見逃してやる」

「……あれは」


 少し考えた後、口を開く親分。

 彼は元々軍人だったのだが、当時の上司が行った汚職を許す事が出来ずに切りつけ投獄。


 後に刑期を終えて出るもまともな職に就く事が出来ず、彷徨っている際に親に捨てられた子と出会い、彼を育てる為に盗み等を働いている内に野盗となり、気付けば手下も増えていたという事らしい。


「成程なぁ……」

「……」


「まぁ、見逃してやりてぇけどなぁ。この村にした事を考えると」


「……そう、だよな」

「村長と話さないとなぁ」

「……ん?」

「いやだって俺は被害受けてねぇしさ。被害を受けたのは村の皆だしよ。じゃあ村長達と話すのか一番だろ?」

「じ、じゃあ……」

「まぁそれが一番じゃ……って伏せろ!!」


 振り向くと同時に槍を縦に構える。

 直後、槍の柄に片刃の反りが入った珍しい剣が打ち込まれる。


「アンタ、何者だ!!」


 剣を打ち込んで来た相手は男。

 おそらく俺より年上で背も高い。

 赤みがかった黒髪に鋭い目の青年だ。

 真っ黒のコートに真っ黒のズボン、黒いショートブーツ。真っ黒な青年だ。


「フンッ!!」

「っ!!」


 力も向こうが上なせいで無理矢理押し飛ばされる俺。

 そんな俺を討ち取る為か地を蹴る青年。

 彼は縮地を使っていない俺より速い速度で迫る。

 その刃は真っ直ぐ俺の首目掛けて振るわれ、今まさに切り裂こうとしたその瞬間


「や、やめて下さい!!」


 どこからとも無く聞こえた女性の声を聞き、青年の動きがピタッと止まったのだ。

 おかげで俺も首と胴体がサヨナラする事なく済んだぜ。


「た、助かった……」


 初めて感じた命の危機に、ヘナヘナと座り込む俺。

 対する青年は剣を腰に下げた鞘に納めつつ、振り返り声の主に向き直る。


「ダメですよロウエンさん。その方を斬っては」

「良いのか?」

「はい。彼もまた村の為に戦ってくれた方ですので」

「そうか。なら、済まなかったな。少年」


 と俺の方を見てニィッと笑いながら謝る青年。


「お、俺は少年って名前じゃねぇ。ハヤテだ」

「そうか……では村長。村の見回りに行ってくる。これでもまだ、契約期間中だからな」

「はい。お願いしますね」


 村長と言われた女性はニコリと微笑み、青年は何処かへと歩いて行ってしまった。

 そして村長は次に俺に向かって


「挨拶が遅れましたね。わたくし、この村の村長をしております。オサメと申します。この度は助けていただき、ありがとうございました」

「あ、……い、いえいえ」


 オサメと名乗った女性だがオットリとした様子の大人の女性だった。

 ただ、普通の人間とは違い、耳が尖った形状をしている。

 種族で言うところのエルフだろう。

 よくよく思い出してみるとこの村の住人の耳も違いはあれど尖っていた。

 エルフと人の村なのだろう。


「あ、申し訳ありません」

「え?」

「この様に地べたに座らせたままで。ささ、私の家にどうぞ来て下さい」

「え、いや俺は別に」

「さぁさ。どうぞどうぞ」


 俺の話を聞かずに俺の手を掴んで立ち上がらせると自分の家へとそのまま引っ張っていくオサメさん。

 引っ張り込まれたのは木造の、それでも広い感じの家だった。


「では改めまして、この村を代表してお礼を」


 家に着くと通されたのはオサメさんの部屋。

 畳と呼ばれる草を加工して編んで作った物が床に敷かれており、靴を脱いでそこに上がる。

 彼女は正座で俺と向き合うとそのまま両手をついて静かに頭を下げる。

 胡座で座っているのが何か恥ずかしくなってくる。


「いや、お礼なんてそんな…それにさっきの男性だって」

「男性? あぁ、ロウエンさんの事ですね。彼は今用心棒として雇っていますので良いのですよ」

「…仕事だからですか?」

「まぁ、そんな所です。でも貴方はそんな事関係無く助けてくれました。本当にありがとうございます」


 そう言ってまだ深々と頭を下げるオサメさん。


「べ、別にその……ただ通りかかっただけですし」

「通りかかっただけなのに助けて下さるなんて。本当に良いお方なのですね」

「いや、別にそんな事は……」


 そこからオサメさんにこの村がどんな村なのかを聞く。

 村の名前はエルード村。

 エルフと人が共存する村との事だ。

 村にある武器は斧やくわ程度。

 先程俺に切りかかって来たロウエンには戦い方を教えてもらうついでに村の警護を頼んでいたそうだ。


「って事は村の警護が……」

「はい、必要なのですが……」


 そこで俺はある提案をする。

 俺がした提案というのは、野盗達を警護として雇うという事だった。

 野盗をしていたので危険だとは俺も思うが、彼等が元軍人である事、更には野盗になったきっかけが上司の汚職が許せなくて起こした事という事をオサメさんに話す。


 初めはそれに驚いていたオサメさんだったが、俺の話を聞いていく内に納得したのか一度頷くと一緒に住んでいる娘さんを呼ぶと俺に家を出る様に言った。

 言われた通り家を出る俺。そんな俺を待っていたと言わんばかりに声がかけられた。


「良い反応だったぞ」

「……ロウエンさん」

「ロウエンで良い。ここの村の奴等にもそう呼ばせている」

「じゃあ、ロウエン」


 腰に反りの入った剣を二振り下げた黒尽くめの男であるロウエンが俺に話しかけて来る。

 ジッとその赤い目で見られると獲物として狙われている様に思えて少し怖い。と思っているのが伝わったのか、ロウエンは両手を上げるとヒラヒラと振りつつ


「安心しろ。食ったりはしない」

「なら良かったです」


 そう言ってもらい、ひとまずは安心だ。


「にしても、良い槍だな。誰が作った」

「……村の爺さん」

「刀鍛冶か?」

「鍛冶屋だけど……刀って?」

「何だ知らないのか、と言っても無理は無いか。俺が使っているコイツの事さ」

「へぇ〜」

「まぁそんな話は良いか。よく手入れもされている。大事にされているのが分かる逸品だ」

「あげませんよ」

「いらん。使える事は使えるが、俺には合わんからな」

「そーですか。で、何の用ですか?」

「あぁすまんすまん。忘れていたよ」


 とロウエンは思い出した様に


「お前、何処に行くとかあてはあるのか?」


 と尋ねて来たので


「いや、無いですけど」


 と返しておく。すると


「ならよかったら俺を雇わないか?」

「……ハイ?」

「だから、俺を雇わないかと言っている」

「えっと、金無いっすよ?」

「出世払いで良い」

「しばらくは野宿になると思いますよ?」

「野宿には慣れているが、近場の町への道は知っている。どうだ?」

「……ろ、ロウエンが良ければ」

「よし、なら決まりだ」


 そう言って右手を差し出すロウエン。

 それに応じる様に俺も右手を差し出して握る。

 全てを失った日に新しい仲間を得る事ができた。

 その後俺はロウエンが借りていると言う村の家に招かれた。

 中は飾りっ気が無く、ベッドが二つと囲炉裏、テーブルがある程度だ。

 待っていろと言われ、イスに座る俺に差し出されたのは緑色の液体だ。

 一口飲んでみると少し苦い。


「緑茶って言うんだ。俺の先祖の故郷のお茶だ」

「はぇ〜」


 そこから色々と話した。俺の村の事や何で村を出たのかも。

 すると……


「ん? そいつ勇者なのか?」

「まぁそうらしいですよ。俺は違うみたいでして」

「そうか……噂には聞いていたがな。まさか魔王討伐か?」

「じゃないですか? 今のアイツは自己顕示欲の塊ですからね」

「そうか……」

「まさか乗り換えます?」

「……いや、俺とソイツは反りが合わんだろう。遠慮しておく」

「なら安心です」

「そりゃ良かった」


 クスリと笑いながら頷くロウエン。

 彼は武者修行の旅の最中らしく、その途中でこの村に立ち寄ったのだという。

 彼の家は結構有名な剣士の家系で父親は王族の護衛も務める程の腕前なのだと言う。


「へぇ、凄いじゃないですか。名前は何て言うんですか?」

「名前か? ……えっと、エンジだ」

「エンジか……そんな名前の人護衛にいたっけ?」

「あぁ〜、親父はなんて言うか普段は表にでねぇんだ。常に王様の側で守っているからよ」

「成程なぁ。めちゃくちゃ強いんだろうな」

「あぁ、滅茶苦茶強いぞ」

「その親父さんの所から離れて武者修行か?」

「あぁ、まぁな。俺は目標は親父を超える事だからな」

「成程な。んじゃ、雇い主として俺も協力するぜ」

「それは有難いな」


 フッと笑いながらお茶を飲み干すと席を立つロウエン。


「明日にはこの村を出るだろ? そろそろ寝た方が良い」

「え、まさかあの話聞いてました?」

「まぁな。こう見えてレベルはそこそこ高くてな。あまり使わんが盗み聞きもできる。お前、よく考えたな」

「まぁ……な。人助けで償えるのならそれが一番だろ」

「…まぁ、良いんじゃないか」


 そう言ってからベッドに入るロウエン。

 新しくできた仲間と明日旅に出る。

 どんな旅になるのか楽しみ半分、不安半分。

 楽しい旅になる事を祈って俺もベッドに入ったのだった。

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