マックで女子高生が言ってた

リュート

マックで女子高生が言ってた

「マックとマクドって、どうして呼び方が分かれたんだろ」

と、マックで女子高生が言ってた。


小学4年生の俺は『一人で外食した』という実績が欲しくてマクドナルドに来ていた。


その女子高生の会話が聞こえたのは、なけなしのお小遣いを使って買ったハンバーガーを食べていた時だ。


その女子高生は3人組で、今の発言をした子はなんと銀髪。

髪の色が気になってちらちら見ていたら、その子は雑談の流れで友達にそんなことを言っていた。


確かにな、と俺は思った。


マックとマクド。

俺はマックと略しているけど、友達にはマクドと言う子もいる。


どっちの略し方が正しいかばかり考えていたけど、言われてみればなんで分かれてしまったんだろうか。


正しさを考えるのも大事だけど、そもそもの理由を考えるのも大事なこと。

小学4年生のうちにそれを気づけたのは多分ラッキーだ。


とはいえ『略し方の分かれた理由』に関しては何か資料があるわけでもないし

俺には回答を探す術も分からない。


だから俺にできることといえば、ハンバーガーを食べながら、その女子高生の雑談に耳を傾けることだけだった。


女子高生は略し方が分かれた理由をいろいろ議論していたようだったが、その最中に3人組の1人が銀髪の子に質問した。


「そういえば、あんたはなんて略すの?」


「ドナルド」


それはない、と心の中でひっそり思った。


*********************


「『あの時間無駄だったなー』って、後からじゃないと気づけないよね」

と、マックで女子高生が言ってた。


高校1年生の俺は、高校デビューを目指して髪を金髪にしていた。

親から美容院代はもらえなかったので、自分でバイトをして貯めた。


そのバイトを始めたおかげで、ハンバーガー以外のメニューもいくつか頼めるくらいにはお金を稼げるようになった。


今日はハンバーガーにポテトをつけ、さらにソフトクリームもつけている。

全部美味しいしこれはもう勝ちだ。

俺は今、何かに対して勝ったと言っていいだろう。


二人組の女子高生の片方がさっきの発言をしたのは、俺がソフトクリームを食べている時だった。


ちなみに俺が今の発言をした女子高生を見ていた理由と、その女子高生がボンキュッボンなことは関係がない。


俺は爽やかな笑顔が似合うパツキンのイケメンになる予定なんだ。

エロい体つきしてる女の子が気になるムッツリとかじゃないんだ。


その発言をしたボンキュッボンの女子高生は、スマホをいじりながら

なんとなくそう言ったみたいだ。

だが、俺はその言葉について考えざるを得ない。


時間は有限なんて先生はよく言うけど、そんなものは言われなくても分かってる。

ならその大切さを本当に知っているかと言われたら、俺はイエスと言えない。


今日だって髪型のセットが上手くいかなくて1時間くらい無駄にした。

数日前だってイケメンになる方法をネットで探して、気づいたらまとめサイトを見ていて1日を無駄にした。


今から考えればものすごく無駄な時間だ。

その時間を使って運動の一つでもしておけばよかった。


最初から気付ければやらないようにできるのに、

後からじゃないとそれが無駄だったと気づけない。


何かをやる時、その行動が自分の時間を使うだけの価値があるか

きっと考えてから動くべきなんだと思う。


それこそ、小学4年生の時に学んだことを活かして

『それ』をやる意味を考えるべきなんだろう。


なんだか、マックの女子高生にまた良いことを教えてもらえた気がする。


視線で感謝を伝えようと、女子高生をガン見する。

顔を見つめると睨むようになる気がして、顔の少し下を見るようにした。


女子高生2人組は、気だるそうにスマホをいじりながら

雑談を続けている。


やがて、そのうちの片方がボンキュッボンにこんなことを聞いた。


「最近何か無駄なことした?」


「んー……私の胸を見る男子の数をカウントしたことかな」


俺は急いで視線を逸らした。


*********************


「頑張ればいいって思い始めたらもう終わりだよね」

と、マックで女子高生が言ってた。


30歳になった俺は、仕事帰りにもよくマックに寄っている。


学生時代より圧倒的に給料は増え、今じゃ躊躇することなくセットを買える。

ドリンクをLサイズにすることだって余裕だ。

なんならセットにさらにナゲットだってつけられる


学生時代と大きく変わったことといえば、給料以外にも出会う人の数がある。

年下も年上も、学生時代とは比べ物にならないくらい出会うようになった。


そこで様々な性格、容姿、特徴を持つ人たちと出会い、気づいたことがある。

俺はポニーテールが好きなのだ。


今の発言をした女子高生も、ポニーテールだった。


テーブルを3つ使い、6人で仲良く駄弁っていたらしい女子高生は

テストらしき紙を見ながらちょっとテンション低めだ。

おそらく、テスト勉強を頑張ったのに、点数が良くなかったんだろう。


でもその発言には俺も同意するしかない。


努力は大事なことだ。

でもそのことばかり美化されすぎて、結果が雑に扱われている気がする。


努力とは、結果を出すための行為だ。

勉強することは大事だが、そこに満足して点数が低ければ意味がない。


自分を変えるために努力することは素晴らしいが

そこに満足して何も変えられていないなら意味がない。


高校デビューのために金髪にするのは素晴らしいことだが

そこに満足して中身を変えられなければ意味がない。


社会人としてたくさんの本を読んだりセミナーに行っても

それを実際に活かせなければ意味がない。


努力に満足して結果を求めなくなってしまえば、人の成長はそこで終わりだ。

当たり前のことだけど、つい忘れがちになる。

また女子高生に大切なことを教えてもらってしまった。


「そういえばテスト何点だったの?」


ポテトを食べながら、女子高生の1人がそう聞いた。


ポニーテールの女子高生のテストは、いい点数じゃないだろうがそれでもいいのさ。

頑張ったことに満足してしまっているわけじゃないなら、その努力は無駄じゃないんだから!


ポニーテールの女子高生は、少しだけ間を置いてから恥ずかしそうに答えた。


「103点」


それ満点はいくつなの?


*********************


「勇気ってのは、傷つく覚悟を決めることだよね」

とマックで女子高生が言ってた。


年が経つのは早いもので俺はもう60歳になっていた。

それでもマックに通うのはやめていない。


酒もタバコも女もせず、週4の運動も欠かしていない。

これだけ健康に気を使っていれば、おそらくマックでハンバーガーを食べることくらいは問題ない・・・はず。


60歳にもなれば、ボンキュッボンがどうとかポニーテールがどうとかで

女子高生を凝視するようなことはない。


それでも思わず気にしてしまうほど、その女子高生は信じられないくらい綺麗だった。

スマホで通話する彼女の手には、ヒラヒラ揺れる紙が一枚。


ほんの少しだけ文字が見えてしまったが、内容から察すると

『校舎裏に来てください』的な呼び出しの手紙だった。


十中八九ラブレターだろう。


青春らしい甘酸っぱさを感じながら、同時に俺は胸にチクチクとした痛みを感じていた。


俺には勇気がない。

欲しいものがあるのに、手を伸ばすことをしてこなかった。


それは、まさしく今彼女が言ったことが理由だ。


傷つくのが怖い。

それを許容する覚悟ができない。


行動しなければずっと後悔すると知っているのに、後悔しないために行動する勇気がなかった。


いや。

過去形じゃなく、俺は今でも勇気を持てていない。


思わず食べるのを止めてしまったが、女子高生は

通話をずっと続けている。


ふと、彼女がラブレターをヒラヒラ揺らすのをやめ

どことなく冷めた目で見つめだした。


「どう告白されたかって?『いい体してるよね、付き合わない?』って言われたから、勇気出してぶん殴っといた」


それは勇気とは言わないと思う。


*********************


「人はどうして老いるんだと思う?」

と、マックで女子高生が言ってた。


言ってた、というのは少し違うか。

彼女は俺に話しかけてきた。


俺は90歳になり、体に不自由が生じ始めていた。

それでもまだ一人で歩けるし、介護も必要としていない。


医者から脂っこいものは避けるように言われていたが

マックに通うのだけはずっと続けていた。


小学校4年生の時から90歳まで80年間。

ずっと同じマックに通い続けた。


だけど、女子高生に話しかけられたのは、これが初めてだ。

俺は、話しかけてきたその女子高生から俺は目が離せない。


銀髪で。

ボンキュッボンで。

ポニーテールで。

信じられないほど綺麗で。


俺が小学4年生の時に会ってから、彼女が初めて俺に声をかけてきてくれた。


「君が私に不老のことを聞きにくれば、即座に記憶を弄ろうと思っていたんだけどね」


彼女は笑う。

美味しそうにポテトを食べながら。


「でも君は一度も私に話かけなかった。私の話を聞きながら、ただ美味しそうにハンバーガーを食べているだけだった」


「君の話は面白かったから」


「歳を取らないことより面白かったの?」


「うん」


疑問に思わなかったわけじゃない。

人間が、どうして何十年も同じ見た目を保てるのか。

あるいは、彼女はそもそも人間じゃないのか。


気になってはいたけど、俺にとっては彼女のたわいもない話を聞きながら、ハンバーガーを食べる方が大事だったんだ。


「80年間話しかけてこなかったのに、どうして突然声をかけたの?」


今度はこちらから質問した。


その質問を聞いて、彼女は視線を下げる。

まるで、とても悲しいことをこれから言うように。


「何万年も生物の生き死にを見ていると、死期がわかるようになってくるの」


彼女が言う次の言葉が分かってしまう。

なんとなく、そろそろなんじゃないかと思っていた。


「君、今日死ぬよ」


「……そっか」


なんの根拠もなく、俺はその言葉を信じた。

彼女が言うなら間違いないんだろうと、思ってしまった。


「ずいぶん落ち着いてるね。もっと焦るかと思ってたのに」


「君と話ができたから。もう思い残すことがないんだよ」


「ふーん、本当に?」


挑発するように笑いながら、彼女は俺の瞳を覗き込んでくる。

俺はそれに小さく笑って返した。


「そうだね、しいていうなら一つだけ。言い残したことがあったかな」


「なに?」


「俺は、君が、好きだ」


この一言を言う勇気が持てなかった。

告白をして、どう返されるか分からなくて

傷つく覚悟ができなかった。


告白しようと頑張ったこともある。


髪を金髪にして自分を奮いたたせたり

良い服を着て格好つけてみたり。


でもそこで満足して、俺は結果を出すことができなかった。


きっと俺は、恋心に気づくのが遅すぎた。

君に初めて会った時、俺はまだ子供すぎて

どうして君のことがこんなにも気になるのか分からなかった。

理由を考えようとしなかったんだ。


だから、ずっと言えないまま、こんなにも時間が経ってしまった。


俺の告白を聞いて、彼女は受け入れることも

拒否することもなかった。


「人はどうして老いるんだと思う?」


彼女は繰り返しそう聞いてきた。

昔の俺は、『老い』という理不尽を憎んだこともある。


いつまでも変わらず美しい彼女と比べて

俺は普通に歳を取り、若々しさを日々失っていった。


でも、今なら人が老いる理由が分かる。


「過ぎていく1分1秒が『かけがないのないもの』だと知るため、かな」


「その通り」


正解のご褒美か、彼女は手に持っていたポテトを俺に近づけてきた。


この歳で『あーん』をされるのは恥ずかしいが

80年間片想いしていた相手からの『あーん』を断る理由はない。


「……私ももっと早く君に声をかければ良かったんだけど」


ポテトを食べた俺を満足げに見て

彼女は油を紙ナプキンで拭きながらつぶやいた。


「不老不死だとね、明日も明後日も、10年後も100年後もこの日常が続くと錯覚しちゃうんだよね。どうしても、人間は死ぬってことを忘れちゃうんだ」


「それでも話しかけてきてくれた。それだけで俺の人生は報われたよ」


「おおげさだな」


さっきまでどこか悲しそうな影を残していた彼女は、ようやく明るい笑顔を見せてくれた。


80年間、見惚れ続けた笑顔を、俺は初めて正面から見ることができた。

人生最後の日がこんなにも最高の人生になるなんて、俺はなんて幸せなんだろうか。


「人生最後の日だし、他になにかやっておきたいことはある? 私で良かったら協力するよ」


「最期の時まで、こうやって話してたい……っていうのはダメかな」


「喜んで協力するよ」


そこからずっと、他愛もない話をし続けた。


彼女の通う学校のこと。

俺が数年前から盆栽にハマっていること。

好きなナゲットのソースの味。

ポテトの塩加減はどのくらいが好みか。

マクドナルドのハンバーガーで一番好きなのはどれか。


ずっとずっと話し続けた。

頭の回転は遅くなっていたし、体の動きも重くなっていたはずだけど

それが嘘のように話し続けることができた。


楽しい時間は過ぎていく。

けれど、俺が人間である限り、時が経つごとに老いていく。

もうそろそろ、その時間がやってくる。


「人は慣れていく生き物だ。でも君はここに来るたびに、まるで初めて食べたかのように美味しさを噛み締めながらハンバーガーを食べていた」


まぶたが重くなる。手に力が入らなくなる。


「そんな君と話してみたいと思っていた。君とこうやって話せれば、どれだけ楽しいだろうと考えない日はなかったよ。……そう思えば思うほど、君に話しかけるのが怖くなっていった」


視界が暗い。周りの音が遠くなる。


「君が私より早く死ぬのは分かってたからね。その悲しみを味わうことが怖かった。でも今日の君を見て、勇気を振り絞ってみた。……それは正解だったよ」


世界を感じることができなくなっていく。もう何もできなくなっていく。


「君と話せて良かった。楽しかったよ」


もう何も見えないけど。

もう何も聞こえないけど。

もう何も感じられないけど。


それでも俺は、力を振り絞って口を開いた。


「俺も、だよ。……ありがとう」


暖かい気持ちを胸に抱きながら、眠る時のように意識が沈んでいく。

もう目覚めることはない。


だけど。


最後の一瞬まで幸せだったことは、きっと忘れない。


*********************


今年で7歳になった。

昔は7歳だと『小学校』という場所に通っていたらしい。


脳内に直接情報を流すことができる今からすれば、学校なんて場所は非効率的でびっくりしてしまう。

最初に聞いた時は嘘だと思ったくらいだ。


今俺は、引越し先の近所を走り回っている。

どれだけ科学技術が発達しても、体を動かすことは重要だ。


その途中で、面白いお店を見つけた。


『マクドナルド』


以前、このお店の情報をインストールしたことがある。


テレポート技術が確立されて、もう外食をする必要がなくなったこの時代に

『食事場所』ではなく『憩いの場』を提供することで生き残ることに成功した、『外食産業の奇跡』と呼ばれているお店だ。


お腹が空いてるわけでも、誰かおしゃべりをする相手がいるわけでもないのに

俺は吸い込まれるようにそのお店に入った。


とりあえず一番安いハンバーガーだけを頼み、空いている席を探す。

そこで俺の視線は、ある1人の女性に釘つけになった。


銀髪で。

ボンキュッボンで。

ポニーテールで。

信じられないほど綺麗で。


さらに、その女性は憩いの場とされるこのお店では珍しい一人客だった。

そしてもう一つ特徴的なことがあった。


彼女は『学生服』と呼ばれるコスプレ衣装を着ていた。


この世界に学校がなくなってから300年以上。

当然、学校に行くために着ていた『学生服』は本来のようで使われることはなくなり、一部の人間が趣味として着たり見たりする以外には使われない。


だから、その女性もきっとコスプレとして着ているんだろうと思ったけど。


『女子高生』と言う言葉は彼女のためにあるんだと言われてもおかしくないくらい、彼女の姿はしっくり来ていた。


それがなんだから面白くて俺は笑ってしまった。


他にも席は空いているのに、彼女の正面の席に座る。


不思議そうに俺を見る彼女をよそに、俺はハンバーガーを一口かじる。

初めて食べるはずのそれは、俺のよく知る味と全く変わらない。


「何年経っても、君もハンバーガーの味もあの日のままだね」


その言葉を聞いて、瞳を潤ませながら彼女は微笑む。


「久しぶり」

と、マックで女子高生が言ってた。

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