第2話 イベントボスにはエリクサーをぶっかけろ!

 敵がいなくなった回廊を抜け、ようやく到着した生贄の間の扉を蹴破った。そこには血のような赤い色の魔法陣が描かれており、その中心の祭壇に、長い金髪に魅惑的な金色の眼を持つ儚げで美しい少女が、あられもない姿で縛り付けられている。彼女こそがゲームの主人公の一人アルマ・ゲオルグだ。


「き、貴様はオルランドではないか⁈ 謀反の疑いで幽閉してやったはず! しかし部下たちは何をやっているのだ? 指揮は任せたはずだが、ザルカバードよ!」

「300はいた騎士も魔導士も、全滅させられたようですな。時間稼ぎにもならないとは、流石は先の大戦の英雄だ。だが、こちらには切り札があります。ご安心をウルガラン公……」


 手足の短い太ったヒキガエルのような巨躯のウルガラン公と、対照的に背の高い長い黒髪で整った顔立ちの騎士ザルカバード。

 二人は、ライジーンを前にしても怯えるどころか、余裕すら感じさせる雰囲気である。

 ザルカバードの手には、生贄の儀式で使う宝剣が握られている。

 近づく二人を見て、祭壇の上の少女アルマが泣き叫んだ。


「まだ……死にたくない、おじさん助けて!」

「その子を……アルマを解放しろ!」


 俺は、ウルガランとザルカバードに向かってエクスカリバーを向けていた。

 二人はバカにしたような薄笑いをしている。


「愚かな男だな、オルランドよ。黙って幽閉されていれば、一生日の当たらぬ牢屋の中だが死ぬことはなかったのに」

「その通りですな、この子がこちらにいる限り、貴方に勝ち目はないのですよ、英雄さん。お前たちオルランド伯を殺せ」


 周りにスッと影が4体ほど現れる。ザルカバードの配下の暗殺者たちだ。しかしこちらには無限に床から拾える石ころがある。正直負ける気はしない。


 だが、今回の敵には普通に石ころを投げても、意味はないはずだ。試しに石ころを投げてみる。


「ふっ、我らはザルカバード様の影、そんな石ころごとき簡単に避けて見せるわ」


 やはり当たらない。そこで俺はエクスカリバーを投げ捨て木の棒を装備した。

 それを見たウルガランとザルカバードは嘲りの表情を浮かべて笑い始めた。


「オルランドよ、勝てないからと言って木の棒を装備するとは、その歳でボケたのか?」

「本当にそうですな、悪あがきにもならない」


 ボカッという音がして、影の1人が倒れた。石ころが顔面を直撃したのだ。俺を襲おうとしていた他の3人の影たちも動きを止め、様子を見ている。


「な、なに! この俺に投擲などが当たるとは、貴様何をした!」

「流石は序盤にしてもボスなだけはあるな、一撃では倒れないとはな」

「くっ、馬鹿にしやがって! 死に晒……ぐはっ!」


 もう一発の石ころがダメージを与えていた影の1人の顔面に再び直撃し、今度こそ意識を刈り取る。呆気にとられる俺を除く敵5人。


 投擲は装備している武器の攻撃力に依存する。そして命中率も装備した武器の影響を受けるのだ。本来であれば装備品ではない木の棒だが、装備すると投擲の命中率が100%に上がり、直前まで装備していた武器の攻撃力が維持される。先ほどの雑魚戦のように雷鳴無双斬のバグ技を使うことも考えたが、エリクサーが残り一本しかないので先のことを考えると、温存していた方が良い。


 まあ、はたから見れば、木の棒を装備したおっさん剣士が、石ころを投げて敵を倒す姿はシュール過ぎるだろうが……。


「よくも、仲間を! 許さ……ぐへっ!」

「何故磨き上げられた我らの回避率がこんなことで、げふっ!」

「畜生! 仲間の仇だ! がはっ!」


 次々にザルカバードの影たちは昏倒していった。実にあっさりしたものだ。影たちは、ゲーム初心者が苦手とするステータス異常を引き起こす暗殺術を、使う機会すら与えられず転がっていた。


「な、なんだと⁈ 我が精鋭が石ころごときで敗れるとは!」

「ザルカバードよ、一体どうするのだ⁈ 奴は剣王、歳はとっていても油断ならぬ相手じゃ!」


 おいおい? さっき歳でボケたとか言ってなかったか? それはともかくとして、近づけば、アルマは宝剣で心臓を一刺しされ、生贄の儀式は成功してしまう。ここは正攻法で行くべきだと俺は判断した。サムライの剣技を使う。


「鎧袖一触!」


 目にもとまらぬ速さで、ウルガランとザルカバードの間を通り抜けた。一瞬反応が遅れる2人は何が起きたのかを理解するのに10秒余り時間がかかった。


「ミルディオスの宝剣が破壊されただと!」

「な、なに、過去2000年以上切れ味すら落ちなかった宝剣を壊すとは、いったい何をしたのだ⁈」


 鎧袖一触は自分より弱い相手の武器を破壊する技だ。俺ことライジーンは加入する時のレベルは50、アルマの仲間たちがイベントで戦うことになるザルカバードのレベルは20。この差があったので、ザルカバードの持つ宝剣は壊れたのだ。ちなみに本来であれば敵にダメージが入る筈であるが、木の棒を装備していると接近戦のダメージが0になるので、ザルカバードには一切ダメージが入らない。


「あのお方の計画に狂いが生じた。私は計画遂行の為に一旦引かせていただきます……オルランド伯、次に会う時を楽しみに待っていますよ」

「ま、待て、ザルカバードよ、私はどうなる?」


 投擲の範囲外に移動し、逃げようとするザルカバードに縋りつくウルガラン。ザルカバードは蠅でも見る目で、その顔を殴りつける。鼻から血を流し、うめき声を上げるウルガラン。


「な、何をするのだ。計画に協力すれば、永遠の命をくれると言ったのは嘘だったのか?」

「ええ、では永遠の命を与えてあげましょう、デーモンサクリファイス!」


 ウルガランの周りに炎の魔法陣が敷かれ、ガマガエルのように太ったウルガランの体が膨張していく。そして眩い光が走ったかと思うと、赤黒く巨大なデーモンに変化した。額には角が生えており、身体の中心に黒い宝珠の様なものが埋まっている。


「それでは、オルランド伯、私はこれで失礼させて頂きます」


 ザルカバードは転移魔法テレポートを唱え、どこかへと消えていった。

 

 ちっ、逃げられた。どうせなら早いうちに倒しておこうと思ったが、隙が無かった。それよりも優先すべきはデーモンと化したウルガランだ。こいつを倒さなければ、アルマを解放できない。


 俺が、レッグホルスターに手を掛けた時、場に乱入してくる者がいた。アルマの仲間スヴェンに、アルグレインだ。2人とも、アルマと同期の騎士見習いで、黒髪に緑の目を持った眼鏡の少年と茶髪に黒い目で頬に傷のある少年の2人組。何度もこの場面をプレイしていたので懐かしさがわく。


「アルマ! 無事か⁈」

「わあ! すげえ格好!」

「スヴェン、アルグレイン! ライジーン様が助けてくれたから、体の方は何ともないわ」

「ライジーンだって⁈ そりゃ腹黒剣王って悪名高い英雄だろ? こんなおっさんが⁈」

「失礼だろ、アルグレイン! それよりも目の前の敵に集中しろ!」


 2人はデーモンに斬りかかる。スヴェンは上段から頭を、アルグレインは足を狙う。しかし高い金属音がして、2人のロングソードは弾かれてしまった。


「こいつ……並大抵のモンスターじゃないぞ」

「駄目だ、勝てる気がまったくしねえや」


 だがアルマの仲間の2人は諦めない。攻撃を弾かれ、踏み潰されそうになりながら、鈍重なデーモンを果敢に攻め立てる。元ウルガランのデーモンはウザったそうに手を振り、尻もちによるスタンピングで2人を追い詰めた。俺はある理由から静観している。


「畜生! アルマを助けに来たのに無駄死にするなんて!」

「オレ、訓練用の木剣折って、アルマのせいにしたの謝ってもいないのに!」


 待っていたそのセリフを聞くも、状況に変化は現れない。よし、分かった。俺が動かなければならないのだな。


「2人ともよく頑張ったな、あとは俺に任せろ!」

「性悪なおっさんだって聞くけど、剣王の強さが見れるなんて、ワクワクするぜ」

「アルグレイン、真面目に戦っているんだ。茶化すんじゃない」


 俺は抜いていたエクスカリバーを鞘に戻した。それを見て呆然とする二人。


「ライジーンのおっさん、魔法か何かで攻撃する気なの?」

「デーモンは聖属性を除く魔法耐性が高いと聞きますが……」


 俺は首を振る。ステータスの低いライジーンの魔法なんて、ゴミ以下のダメージにしかならない。そのぐらいライジーンは弱いのだ。


「ライジーン様、危ない! 逃げてください!」


 俺にまっしぐらで近づいてくるデーモンを見て、未だ祭壇に縛り付けられているアルマが叫ぶ。


 俺はレッグホルスターからエリクサーを取り出し、元ウルガランのデーモンに振りかけた。


「「「え⁈」」」


 アルマを含む騎士見習い3人は俺の行動に驚きの声を上げた。

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