第二十八話 アストガルド王国

 その日。アストガルド王国の住民は戦慄することとなる。海洋上に突如魔王軍の旗を掲げた艦隊が現れたのだから。


 魔王軍はその強大な魔力で瞬く間に港を占拠。上陸し、進軍を開始した。最後方に控えるのは新たなる魔王、デュラルド=ヴァン=ハーデルクス。かつてタクト=ノーヴェンスと呼ばれ、人間に育てられた少年である。しかし、そんな事はアストガルド王国の住民達が知る訳もない。魔族達が新たな魔王を掲げてやって来た。アストガルド王国の住民達からすれば、それ以外の何者でもないのだ。


 まず先陣を切ったのは獣頭族の戦士隊である。一くくりに獣頭族と言っても様々な種類がいるが、獣の頭に人間のような身体からだを持つ種族がそれだ。狼頭だったり、豚頭だったり、牛頭だったり。形状は様々だが、どれも突出した特色を持っており、それを生かして人間達を蹂躙していく。狼頭だったら速さ、豚頭だったら大きさ、牛頭だったら力と言った具合だ。ちなみに鬼人族であるアルシェリードは、持ち前の身体能力を生かすためにこの部隊に投入されていた。


 戦士隊が開いた道を進むのは、魔力が高く魔法に長けた魔法師隊。傷付いた戦士隊を癒したり、能力強化の魔法で戦士隊の援護をしたり、はたまた大魔法で戦士隊の行く道を切り開いたり。人間のそれとは比べ物にならないほど強力な魔法でそれらを成す、魔王軍の中心戦力と言える。


 後方を進むのは魔王直属の近衛部隊。戦士隊の誰よりも戦技に長け、魔法師隊の誰よりも魔法の扱いに長けた者達だ。その実力は歴代魔王にも引けを取らない強者つわものばかり。はっきり言って規格外の強さだ。代々魔王に仕えて来た重鎮から、この一五年で力をつけてきた者まで様々だが、みな一様に士気は高い。それもそうだろう。魔王の直子が生きていて、こうして魔王軍に加わったのだから。




 魔王軍の勢いは凄まじく、数日でアストガルド王国を占領しようかという所まで来ていた。人間側もこんなにも急遽魔王軍が攻めてくるとは考えていなかったようで、対応が遅れてしまったのだ。


「後どのくらい持ちそうだ!?」


 アストガルド城にに立てこもった騎士団長が叫ぶ。


「現在魔法障壁にて、魔族の城内への侵入は防いでいますが。このままでは持ってあと一日と言った所かと……」


 魔法障壁の維持には数人の魔法師が全力を注いでいるのだが、それ故に長時間の維持は難しい。先の戦争での消耗からようやく回復傾向に向かった矢先での今回の騒動である。人材の育成に割く時間も、金も、充実していたとは言えない。それでも何とか凌いでいるのは、先の戦争での手痛い経験があったからだ。


「他国への支援要請はどうなっている!?」

「既に使者を送っています。ですが、先の大戦の頃と違い、国交のない国もあります。要請に応えてくれるという保障は……」

「……何故今なのだ! 何故今になって再び戦乱を起こそう等と!」


 騎士団長はテーブルを叩く。が、それで状況が好転する訳でもない。


 その時だ。魔法障壁の向こうで光の柱が立ち上ったのは。


「何だ、あの光は!?」


 若い騎士達が怯える。しかし、騎士団長にはあの光に見覚えがあった。忘れもしない。あれは一五年前。義勇兵の一人として魔大陸に上陸した際に見た光である。


「あれは、聖剣の光だ」

「聖剣……。ですか?」

「ああ。聖女リンドランテ様が振るった聖剣エヴァンスレイ。その力の一端が、あの光の柱だ」


 騎士団長は興奮を抑えられなかった。またあの光の柱を見る日が来ようとは思ってもみなかったのだ。聖女リンドランテは、年下ながらとても強く、勇敢な騎士だった。あの日見た彼女の戦う姿が脳裏に浮かぶ。鬼神の如き様相で魔族を斬って捨てる様は、今でもまぶたに焼き付いて離れない。


「聖女様が生きておられた」


 騎士団長は笑う。


「勝てる。この戦、勝てるぞ!」


 聖女リンドランテが味方に付いてくれたと言うのなら、これ以上の支援はない。騎士団長はすぐに部下達に指示を飛ばす。


「部隊を再編しろ! 準備が整い次第、我々も打って出る!」

「し、しかし……」


 リンドランテの戦いぶりを知らない若い世代の騎士達は及び腰だ。それも仕方のないことだろう。相手は魔族。自分達よりもはるかに強大な力を持っている。そのまま立ち向かえば負けるのは必定。だが、それを覆すのがリンドランテという人物なのだ。一五年前も、彼女の存在なくして人間の勝利はなかっただろう。


「大丈夫だ。我々には神の加護を受けた聖女と、精霊から託された聖剣があるのだから」


 聖剣の光がそこにある以上、リンドランテは必ずいる。あの聖剣はリンドランテが精霊から与えられた物。彼女以外には決して使えないのだ。


「聖女様は必ずや我々の力となってくれる! 怯むな! 部隊を立て直し、聖女様に続くのだ!」


 騎士団長は再び号令を出し、剣を高く掲げた。その力強さに、若い騎士達も士気を高め、それぞれの役目を果たし始める。


「我々もすぐに参ります! 聖女様!」


 リンドランテに向けられたその言葉が彼女に届いたかは定かではない。しかし、騎士団長の意気込みに呼応するように、光の柱は何度も立ち上り、魔法障壁の向こうにいる魔族達の戦力を削いでいったのだった。




 リンは黙って聖剣を振るう。その度に光の柱が立ち上り、魔族達を滅していった。見た所、近くにタクトはいない。それならば全力で技が振るえるというものだ。


「リンドランテだ! 討ち取って名を上げろ!」


 リンの顔は魔族の間でも有名らしい。倒しても倒しても、次から次に戦士隊の魔族達が飛びかかって来る。


「戦士隊ばかりか。これじゃあ埒が明かないな」


 舌打ちをした所で状況は変わらない。リンは聖剣を振るいながら魔法陣を展開する。魔族の一人が魔法の正体に気付いたようだが、もう遅い。そのまま魔法を発動し、周囲の魔族を一掃した。


 リンが使った魔法はホーリーサークル。自分を中心に円状に光属性の攻撃を与える範囲魔法である。通常であれば半径二、三メートルと言った所だが、リンの使うそれは半径二○メートルを遥かに超える。当然威力も通常より高く、雑魚相手なら一々剣を振るうよりも早いのだ。


 円周上から敵が消え、動きやすくなったリンは、更に次の魔法陣を展開。前方に向けてそれを放つ。瞬間、炎が吹き荒れ、直線状にいた魔族達が百メートルほど先まで消し炭に変わった。以前タクトに教えた魔法。ファイアトルネードだ。と言ってもタクトが使うそれよりも威力は段違いに高い。精霊の加護により、リンの使う魔法はどれも超常的な威力を発揮するのである。


「……これで少しすっきりしたか」


 それを合図にしたかのように、アストガルド城周囲に展開されていた魔法障壁の一部が消え、中から騎士団が飛び出してきた。


「聖女様! 微力ながら加勢いたします!」


 先頭を来るのは騎士団の団長と思しき男性だ。


「守りを固めてなくていいのか?」

「聖女様が戦っておられるのに、我々だけ指を咥えて見ている訳には参りません!」


 どうやらこの男性は自分のことを知っているらしい。物言いから察するに、魔王城攻略の際に共に魔大陸へと渡った義勇兵の生き残りだろう。


「聖女はやめてくれ。もうそんな歳じゃない」

「いいえ。聖女様は今でも充分にお美しい。聖女と呼ぶにふさわしいお方です」


 容姿を褒められる事自体は悪くないが、今はそんな事をしている場合ではない。一刻も早くタクトを見つけ出し、確保しなければならないのだ。


「その様子なら防衛は任せていいな」


 そもそもタクトがこの遠征に来ているかどうかもわかっていない。何しろ自分がアストガルドに到着したのも、つい先ほどのこと。魔族が攻めて来たらしいという噂を聞いて真っ先にこの場所を目指してきただけで、それ以上の情報を持っていないのだ。


「先へ向かうのならばお気を付けください、聖女様。新たな魔王が軍を率いているという情報もあります」

「魔王だと?」


 魔族は力によって統制される集団である。その頂点に立つ魔王は最も強い魔族に他ならない。今の実力でタクトが魔王の座に付いたとは考えにくいが、魔剣の力が加わったとすればあるいは。


 リンの頬を汗が流れる。これから目指す先に待つのは魔剣の力で魔王となったタクトなのか。だとすれば、どうやって魔剣の力からタクトを開放すればいいのだろう。魔王を倒した経験はあっても、魔剣の呪縛から魔族を開放した事などない。そんな状態で先に進むのは無謀なのではないか。様々な不安がリンを襲う。しかし。


「やるって決めたんだ」


 そう。一五年前のあの時。自分はタクトを育てると決めたのだ。まだ一人前に育っていない以上、ここで手放す訳には行かない。リンは再び終結しつつある魔族達を見据える。戦いはまだ始まったばかりだ。


 リンは聖剣を手に、魔族の群れに踊りかかった。目指した未来を掴むために。

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