第二十七話 魔剣と聖剣

 タクト達が魔大陸に来てから一週間。グラルベインの指導は想像を絶するものだった。タクトの闘争本能を刺激するために、強力な魔物と戦わされたり、同じ魔族同士での殺し合いをさせられたりしたのだ。


「魔族とは強さあってこそ。弱い魔族に生きる価値などありません」


 しかしタクトはどうしても相手を殺すことが出来ない。相手が自分を殺す気で向かってくるので応戦はするが、最後のとどめを刺すことができなかった。


「デュラルド様。そんなことでは魔王は勤まりませんよ?」

「俺は魔王になりたくてここに来た訳じゃない」

「……これは、どうしたものか」


 グラルベインは腕を組み、顎に手を当てて考え込み始める。一度こうなると長いので、タクトはその間にリンから教わった鍛錬を行った。とは言え、ここには鍛錬に向いた剣が存在しない。大抵の魔族は自らの爪や牙といった身体からだの一部を使って攻撃するのだ。なので武器というもの自体がほとんどないのである。


「何かいい塩梅あんばいの長物はないかな」


 日課の素振りが出来ないのは、タクトにとっては思いの外大きなストレスだった。持っている短剣では小さ過ぎて振った気にならない。かと言って、その辺に落ちている木の枝では軽過ぎる。タクトは丁度いい得物を探して、辺りを歩き回った。


 すると、集落の一画にあからさまな封印が見つかる。魔法による封印が施されたドア。タクトはその先にあるものが何なのか無性に気になった。


「こんな厳重な封印。いったい誰が……」


 てっきり弾かれるものと思い、ドアにそっと触れる。が、封印はタクトの手を弾くことなく、むしろ歓迎するように解けてしまう。


「えっ!?」


 突然解除されてしまった封印にタクトが驚いていると、ウィリシアが慌てた様子でやって来た。そしてドアの前にいるタクトを見て、妙に納得したような顔を見せる。


「いきなり封印が解かれたから何事かと思えば。デュラルド……。やはりあなたですか」

「やはりって、どういうことだよ」

「その奥にあるのは魔剣デュカリオン。かつてあなたの父上が振るっていた我等の至宝です」

「魔剣デュカリオン?」


 魔剣と言うくらいだから剣なのだろう。魔大陸に来てから武器らしい武器を見ていなかったので、タクトはその剣がどんなものだか見てみたくなった。


「ちょっと見てみてもいいか?」

「封印が解かれたという事は、あなたの魔力にデュカリオンが応えたということでしょう。いつか正式に託すつもりでいましたが、他でもないデュカリオンがあなたを選んだというのなら、いいでしょう」


 タクトはごくりとつばを飲み込んでから、ドアに手をかける。ドア越しでもその存在感が伝わって来るくらいだ。このドアを開ければ、もっと強くその存在を感じることができるだろう。かつて父が使っていたという魔剣。主が敗れて尚、その輝きを失わなかったという魔族の至宝。その存在が、強くタクトを引き寄せる。


 ドアを開け放つと、そこには立派な台座があり、そこに一振りの剣が刺さっていた。タクトは部屋の中に入り、間近でデュカリオンを見下ろす。


「これが、魔剣デュカリオン……」


 淡く輝く刀身。全体的に大振りで、片手で振るうには向かなそうなその剣は、タクトの視線を浴びてより一層輝きを増した。


 何故だか鼓動が高鳴る。まるで全身が心臓になってしまったかのように、鼓動が大きく響いた。タクトは吸い寄せられるように、デュカリオンに触れる。するとタクトの脳に大量の情報が流れ込んで来た。


 思わず手を離す。額には大量の汗。


「今のは……」


 流れ込んで来たのは、かつてこの剣を振るった者達の記憶。すなわち、歴代魔王達の記憶である。


 これ以上触れてはいけない。脳が警鐘を鳴らしている。それでもデュカリオンの魅力の前には逆らうことが出来なかった。


 タクトはもう一度、デュカリオンに触れる。


 流れ込んで来る大量の記憶。それは長きに渡る人間と魔族の争いの歴史そのものである。その膨大な記憶が、次第にタクトの記憶を侵食していった。人間に対する怒りが、憎しみがデュカリオンを通じてタクトの中に蓄積していく。


「まだ少し早いと思っていましたが、結果的にはこれで良かったのかも知れませんね」


 ウィリシアが何か言っているが、タクトの耳にはそれも入らない。制御できないほど膨大な情報に飲まれ、タクトの意識が消える。


「ウィリシア様!? これは!?」


 膨大な魔力の暴発を感知して、慌てた様子でグラルベインがやって来た。しかしウィリシアの様子は穏やかそのものである。


「喜びなさい、グラルベイン。新たな魔王様の誕生です」


 グラルベインの目に映ったのは、デュカリオンを抜き放ったタクトの姿。その側頭部には、魔王の象徴である立派な角が生えていた。




 一方。クランハイト公爵領に残されたリンは独り、かつてタクトを育てた辺境の村を目指していた。目的は、自ら封印した聖剣エヴァンスレイを開放することである。


 船で海を渡り、クランハイト公爵に借りた馬を走らせること一週間。目標である村に到着する。そこには既に住人はおらず、ただ廃墟があるのみだった。


「廃村になっていたのか」


 元々貧しい村だったのだ。廃村になっていても不思議ではない。いろいろと思う所はあるが、今は聖剣の回収が先決である。リンは誰もいなくなった村を抜け、その先にある森に分け入った。


 当時は人の手が入っていたのでそれなりに歩きやすい道が続いていたが、管理する者がいなくなってすっかり荒れ果ててしまった森の中を行く事数時間。目的の洞窟へと到着した。元々はただの崖だった所にリンが魔法で洞窟を作り出したのだ。


「うん、ちゃんと結界は機能しているな」


 誰も立ち入れぬように張った結界は当時のまま。塵一つの侵入も許していない。リンは結界を解除して、洞窟の中に入る。少し洞窟を進むと、そこには淡く光る一振りの剣が一五年前と変わらぬ姿で立てかけられていた。


「エヴァンスレイ。またお前を振るう時が来るなんてな……」


 本当はこのまま封印しておきたかったが、タクトが連れ去られてしまった時に考えたのだ。もしタクトの手に魔剣デュカリオンが渡ったらと。


 代々の魔王が振るってきたと言う魔剣。その剣には代々の持ち主である魔王達の怨念がこもっている。もしタクトがこの剣に触れるような事があれば、タクトはその怨念に飲まれ、理性を失ってしまうだろう。そうなれば、タクトは魔王そのものだ。止めるためには、この聖剣が必要不可欠である。しかし。


「やれるのか、私に……」


 聖剣を振るうという事は、魔族であるタクトと相対するという事に他ならない。出来ればそんな事はしたくないが、タクトに人間を殺させるような真似だけは避けなければならないのだ。これは師としての責任でもある。


 リンは聖剣を鞘から抜き放ち、一五年ぶりに聖剣と対話した。この一五年間に何があったのか、この先自分がどうしたいのか。それを聖剣に伝えると聖剣は輝きを増してそれに答える。


 聖剣を鞘に戻し、リンは洞窟を後にした。


 リンが目指すのは唯一つ。タクトを無事に取り戻すこと。そのためならばどんな犠牲も払うと聖剣に誓った。世界の平和よりも一人の魔族の命を取る聖女など笑えないが、リンにとってタクトはかけがえのない存在である。タクトのためならば世界を相手にしたっていい。そのくらいの覚悟がなければ、そもそも魔王の息子など育てはしなかったのだから。


 リンはまだ知らないことだが、魔族達は新たな魔王誕生を機に、戦争に向けて動き始めていた。まず向かった先は魔大陸から最も近い国――アストガルド王国である。流石に大規模部隊の一斉転移は不可能なので、船での移動だ。


 魔族の艦隊が押し寄せるまで後数日。一五年間続いた緩やかな平和は、既に音を立てて崩れ去っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る