第二十四話 旅の続き

 謎の部族との一件以降、特にこれと言った障害もなく、無事にクランハイト公爵領に到着した一行。早速領主であるクランハイト公爵家を目指す。


 クランハイト公爵領は農業が盛んらしく、広大な面積の農地が広がっていた。今は収穫期の真っ最中。どこもかしこも秋の実りを収穫する人手でごった返している。なかなかに活気のある領地のようだ。これだけ豊かな領地を持っているならば、マハルタの孤児達を受け入れる余裕くらいはあるかも知れない。


 道行く人に公爵家の場所を聞きつつ、道なりに進んでいく。どうやら公爵家まではここから半日ほどかかるらしい。すっかり酒の抜けたリンの足取りは軽く、これならば数時間ほどで到着できるだろう。


「それにしても、こんなに早くクランハイト公爵と再会する破目になるとは……」

「いいじゃないか。私はそんなに嫌いじゃないぞ? また美味いものご馳走してくれるかも知れないし」


 リンの方はそれでいいかも知れないが、公爵の方は間違いなくリンに好意を持っている。タクトにとっては要注意人物だ。


「まぁ、こいつを突き返すいい機会だと思えば、悪くはないか」


 ポーチに入れっぱなしになっているブルーダイアモンドの指輪。護衛報酬として貰った物だが、まさかあんな意味がこもっていようとは。これは断固抗議して、別の物をいただかなくてはなるまい。


 そんなこんなで辿り着いたクランハイト公爵家。その敷地は王城かと思うくらい大きく、豪華な建物がそびえ立っている。流石は公爵と言った所か。


 門番の人に事情を説明し、待つことしばし。クランハイト公爵が姿を現した。


「これはこれは。よく来たね。リン殿にタクト……とそちらのお嬢さんは?」

「こいつはアルシェリード。新しい旅の仲間だ」

「どうも」


 アルシェリードはフードを深く被り直しながら言う。そんなアルシェリードを見ても、クランハイト公爵は嫌な顔一つせずに答えた。


「おや、恥ずかしがり屋さんなのかな? まぁいい。立ち話もなんだ。上がって行くといい。丁度いい茶葉が手に入ったんだ」


 そう言って、邸宅の中に招き入れてくれるクランハイト公爵。内装も大変豪華で、少し落ち着かないが、イスの座り心地はとても良かった。


「それで? 今回はどのような用件で来たんだ?」

「まず、これをお返ししようと思って」


 タクトはポーチからブルーダイアモンドの指輪を取り出す。クランハイト公爵はそれを受け取ってから、タクトに問いかけた。


「これはこの間護衛報酬として渡したものだ。何か不足でも?」

「師匠から聞きました。ブルーダイアモンドを送る意味」

「……なるほど。君はそれが気に入らないと」

「そういう事です」


 クランハイト公爵は困った様子でタクトの話を聞いている。


「そんなに深い意味を込めて渡したつもりではなかったんだけどな。まぁ、気に入らないと言うのなら他の物を用意しよう。君達には世話になったからね」

「そこで相談なんですけど」


 タクトはマハルタの孤児の事を話した。クランハイト公爵は黙って最後まで話を聞いてから、答える。


「それが報酬と言うのなら、受け入れるのは構わないが……。本当にいいのか? 見ず知らずの人間のためにそこまでして」

「あなたに頼むのは師匠の提案ですけど、孤児を何とかしたいと言い出したのは俺です。あんな光景見せられて見なかった振りは、俺にはできません」


 タクトの様子を見ていろいろと察したのだろう。クランハイト公爵は少し考える素振りをしてからこう言った。


「いいだろう。スラムの孤児達を我が領で受け入れよう。元々問題視はされていたんだ。王都があんな調子では周辺国に示しが付かないからな。いっそスラムの住人全員引き取って働き手として雇用してもいい。人間誰しも、何かしら取り得があるものだ。何かの役には立つだろう」

「本当か!?」

「ああ。男に二言はない」


 タクトは立ち上がり小さくガッツポーズをとる。これでたくさんの人間が救われるのだ。こんなに喜ばしいことはない。


「何だかんだ言っても、まだまだ子どもだな」

「そりゃそうでしょう。こいつはまだ一五なんですから」


 タクトが喜んでいる様を微笑ましそうに見ているクランハイト公爵とリン。しかしこんな穏やかな時間もそう長くは続かなかった。突如、クランハイト公爵お抱えの兵士と思われる男性が、部屋に駆け込んできたのである。


「ご報告があります!」

「いったい何だ! 騒々しい!」

「はっ、申し訳ございません! しかし一刻を争う事態でしたので!」


 兵士は肩で息をしていた。よほど急いでここまで来たようだ。


「それで、報告とは?」

「はっ、領内に魔族が侵入したとの知らせが入りました!」

「魔族だと!? 一体どこに!?」

「西の大森林です」


 一瞬自分達の事がバレたのかと肝を冷やしたが、西の大森林と言う事はどうやら自分達は関係ないらしい。誰か別の魔族が、新たに現れたと言うことである。


「数は!?」

「不明です! ただ知らせでは、複数目撃したとだけ!」

「複数の魔族か。厄介だな」


 複数人の魔族が、クランハイト公爵領に一体何の用で現れたのか。兵士の様子を見るに、みんなで仲良くピクニックという事はないだろう。


「リン殿。あなたの強さを見込んで頼みたい。我々に力を貸してはもらえないだろうか」


 クランハイト公爵はリンに頭を下げる。リンは躊躇う素振りを見せつつ、タクトに目配せした。


「師匠、行こうぜ。相手の目的はわからないけど、俺達が行けば何とかなるかも知れない」

「タクト……」


 リンは意を決したように頷き、クランハイト公爵に告げる。


「わかりました。お力添えしましょう」


 それを聞いたクランハイト公爵は兵士に指示を飛ばした。


「全軍を集めろ! 直ちに西の大森林に向けて進軍を開始する!」

「はっ!」


 これが魔族に対する一般的な反応なのだ。そう思うと、タクトは心苦しかった。それでも、自分の頑張りで人間と魔族が争うことを避けられるのなら、それに越した事はない。リンと自分のように人間と魔族は争わずに済むのだと示す事が出来れば、世の中はもっといい方向へと進んでいくはずだ。


 タクトはリンと共に戦いの準備を進めつつ、アルシェリードの様子を窺った。彼女もタクトと同じ魔族である。この戦いに思う所はあるだろう。


「アルシェ。大丈夫か?」

「ボクの事なら気にしないでください。結果がどうなるにせよ、ボクはタクト様に付いて行くと決めてますから」


 そう言って、微笑んで見せるアルシェリード。どうやら怯えているという事もないようだ。


「もしもの時は、ちゃんとお前を守るからな」

「逆ですよ、タクト様。もしもの時は、ボクがタクト様を守るんです。そこを履き違えてはいけません」

「けど」

「大丈夫ですよ、タクト様。きっとボクもタクト様も、この戦いで死ぬことはないでしょうから」


 まるで何かを予感しているかのように、意味深に言うアルシェリード。気にはなったが、この場で魔族云々の話をする訳にもいかない。タクトは黙って戦いの準部を進めた。


 そして進軍が開始。五○○○人を超える大軍勢が、クランハイト公爵領の西にある大森林へと向かった。その中に混じっているタクト、リン、アルシェリードの三人も顔を引き締めている。これほど多くの兵士に囲まれるのは初めてだが、一体相手は何人なのだろうか。兵士の報告では複数としか聞いていない。その複数人のためにこれだけの規模の軍隊を動かすと言うのはいったいどうなのだろう。戦争を知らないタクトからすれば少し大掛かり過ぎるくらいだ。


「なぁ師匠。魔族ってそんなに強いのか?」

「強いよ。特に、加護を持たない普通の人間にとっては、な」


 リンの様子がただ事ではない。緊張がひしひしと伝わってくるようだ。出来れば犠牲は出したくないが、戦いとなればそうは行かないだろう。戦わずに済ませられる道はないものかと思案するが、魔族側の目的がわからない以上何とも言えない。


 タクトはギュッと拳を握る。大森林はもう目と鼻の先。このままでは戦いが始まってしまう。タクトが森の方を見詰めた時、軍隊の行進が止まった。一人の女性が森から出てきたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る