英雄の愛弟子

C-take

プロローグ

プロローグ

 人間と魔族。両者は長年激しい抗争を続けてきた。魔王が台頭してから十余年。次第に勢力を拡大していく魔王軍に対し、人間は劣勢を強いられてきたのだ。


 そんな中、ついに人間の中に魔族に対抗し得る力を持ったものが生まれた。神々より破魔の加護を受けた聖なる巫女。姫騎士リンドランテ=アウル=ブリュンスタットである。


 リンドランテは国王より魔王討伐の勅命を受け、仲間と共に魔王城に向けて進軍を開始。大勢の犠牲を払いながらも、ついに魔王城へと辿り着いた。


「さぁ魔王! 残るはあなた一人です! 大人しく観念なさい!」


 リンドランテが振るうのは、光の精霊より与えられた聖剣エヴァンスレイ。その刃は数多の魔物を切っても刃こぼれ一つせず、常に淡い聖なる光を湛えている。その刃がついに魔王に向けられた。


 魔王の配下達は仲間が食い止めてくれている。その間に魔王を討伐する事が出来れば、文字通り世界は救われるのだ。


「おのれ、リンドランテ! どこまでも小癪な娘よ! 我が魔力の前に消え去るがいい!」


 魔王は巨大な魔法陣を展開し、闇の魔法を発動させる。いくつもの闇の腕が地面を穿ちながらリンドランテに伸びた。


 リンドランテは僅かな隙間を縫ってそれをかわし、光の魔法で応戦する。幾筋もの光が閃光となり、魔王に突き刺さって行った。リンドランテは精霊の加護によってあらゆる属性の魔法を行使できるが、こと魔王に対しては、光の魔法が一番効果的なのである。


 しかし、魔法の一撃程度で倒れてくれる魔王ではない。魔王は魔剣デュカリオンを手にリンドランテに斬りかかる。リンドランテは聖剣エヴァンスレイでそれを受け止めた。切っ先同士がぶつかり火花を散らす。本来であれば魔族で、加えて男である魔王の方が力では勝っているだろうが、リンドランテは力の精霊の加護も受けていた。よって力はほぼ互角。凌ぎ合いが続く。


 それを破ったのは魔王が放った炎の魔法だった。自らダメージを負うことをいとわない巨大な火炎球が降り注ぐ。肉体の耐久力で言えば、魔族である魔王の方が格段に上。それをわかった上での攻撃だ。


「くっ!?」


 リンドランテは魔法を避けるため後退を強いられる。その隙を魔王が見逃すはずはなかった。魔王の放った風の魔法が、リンドランテを壁に叩きつける。


「がはっ!?」


 鎧の上からでも伝わるほどの強い衝撃。肺の空気が押し出され、酸素不足から来る意識障害がリンドランテを襲う。


 これはまずい。リンドランテは本能的にそう感じた。今の自分は魔王を前に完全に無防備だ。このまま魔王がとどめを刺しに来れば、成すすべなく自分は敗北するだろう。


 ダメージは大きかったが無理やりにでも息を吸い、肺に酸素を送る。まぶたに力を込めて目を開くと、魔剣の切っ先が眼前まで迫っていた。


 咄嗟に首を横に倒し、何とか魔剣の一突きを回避する。左耳を掠めた一撃は、そのまま壁に大きな穴を穿った。


「運のいい奴だ。もう一息でその顔とおさらば出来たと言うのに」


 魔王の舌打ちが聞こえる。壁に開いた大穴には正直肝が冷えたが、その程度で心が折れるほど、リンドランテは弱くない。聖剣エヴァンスレイを握り直し、魔王の胴を薙いだ。しかしそこはさすが魔王と言った所である。その一撃は空しく空を切り、魔王には傷一つ付かなかった。


「いい加減に終わりにしよう、リンドランテ。お前は良くやった」


 魔王が魔剣に魔力を収束させていく。


「終わりにしたいのはお互い様です、魔王」


 リンドランテも聖剣に魔力を集中させた。互いに狙うのは必殺の一撃。その一撃を制した者こそ、この戦争の勝者となる。


「リンドランテ~ッ!」

「魔王~っ!」


 両者の刃が交差した。激しい闇と光のせめぎ合い。魔力同士が干渉し合って、周囲の地面と大気が震えた。


 爆発。


 周辺の魔力密度が限界に達し、ついに爆発を引き起こしたのだ。巻き込まれるリンドランテと魔王。爆風が納まった時、そこに立っていたのはリンドランテであった。魔王は白目を剥いてその場に倒れ伏している。


「……勝った」


 息を切らせながら、リンドランテが呟いた。倒れている魔王の体に触れる。どうやら息絶えているようだ。


「勝ったんだ!」


 ついに魔王を討ち取った。後はその首を国王の下に持っていけば目標達成である。これでどれだけの国とそこに生きる民が救われえるか。自分はついに長きに渡った人間と魔族の戦いに終止符を打ったのだ。リンドランテは喜びを噛み締めながら聖剣を天高く掲げた。


 不意に響く赤ん坊の泣き声。不審に思ったリンドランテは声のする方に歩みを進める。


「これは……」


 魔王と戦った部屋の近く。小さなベッドに寝かされていたのは魔族の赤ん坊だった。見た目は人間とほぼ変わらないが、頭には小さいながら角が生えている。待遇から考えて、魔王の子どもであると推察された。


「魔族は根絶やしにしないと……」


 いかに小さかろうが魔族は魔族だ。生かせば新たな魔王となり、世に破壊と混乱をもたらすであろう。


 リンドランテは聖剣エヴァンスレイを逆手に握り、振り上げる。


 魔族は敵だ。自分もたくさんの仲間を魔族に殺された。だからこれは正当な行為だ。思わず歯を噛み締め、目をギュッと瞑る。そして、今尚鳴き続ける赤ん坊の喉元に聖剣エヴァンスレイを突き立て――る事が出来なかった。


 生まれたばかりであるこの子には何の罪もない。こんな小さな赤ん坊をどうして殺すことが出来よう。


 リンドランテはその場で崩れ落ちた。魔王を討ち取ったというのに、そこに勝者の栄光はない。あるのはこの赤ん坊の父親を殺したという罪悪感だけ。


「どうして……」


 自分はこんな事のために戦って来たのではない。悪行の限りを尽くす魔王を討伐しにここに来たのだ。それが蓋を開けてみれば、そこにあるのは無残な死体と残された赤ん坊。これではまるで魔王軍と同じではないか。


 この日、リンドランテは初めて声を上げて泣いた。あの日誓いを立ててから、戦いに身を投じてから涙は封印したはずだったのに、せきを切ったように涙が溢れて止まらない。十七歳に過ぎないリンドランテには、この責は重過ぎた。


「私は、私はこんな事がしたかったんじゃない!」


 泣きじゃくるリンドランテに気を取られたからか、赤ん坊の泣き声が止まる。それに気付いたリンドランテが目を開くと、赤ん坊があうあう言いながらこちらに向けて手を伸ばしているのが見えた。


「お前……」


 リンドランテも赤ん坊に手を伸ばす。赤ん坊の小さな手が、リンドランテの指先をギュッと握った。暖かい手。その温もりは、リンドランテの凍えた心を優しく解きほぐしてくれた。


「……私は」


 リンドランテはある決意をする。赤ん坊をシーツに包み、リンドランテは立ち上がった。


 魔王が倒れた今、魔族との戦争はじきに終わる。どこか遠くに行こう。この子の存在を知る者のいない遠くへ。そこでこの子を一人前に育てるのだ。そして一人前になったら、この子に全ての真実を話そう。リンドランテはそう胸に誓いを立て、魔王城を後にした。


 時は聖王暦六七五年。この年、長らく続いた魔族と人間の戦争は終結し、世界に平和が訪れた。魔王を討ち取った英雄の名はリンドランテ=アウル=ブリュンスタット。ブリュンスタット王国の第一王女にして、神々より破魔の加護を受けし者。しかしその本人はこの戦争で行方不明となり、十五年がたった今でも行方は知られていない。

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