第157話 とある秘書の独り言
わたくしはキエラと申します。
現在、クラン・レイジの本部にて、レイジ所長の秘書を務めさせていただいております。
今年で二十二歳。
残念ながらまだ独身です。
元々、わたくしは冒険者をしていました。
ですが、ずっとDランク止まり。
自分に才能がないことは十代の頃にははっきりと自覚していましたし、できれば早く素敵な男性を捕まえて結婚を機に引退しようと思っていました。
けれど生憎と良縁には恵まれず、気づけば二十歳を大きく過ぎてしまい、だんだんと焦燥が募り始め……そんなときでした。
クラン・レイジの噂を聞きつけ、わたくしもその加入試験を受けてみたのは。
結果は不合格。
まぁそうでしょうねと落胆半分、納得半分で会場を後にしようとしていたわたくしに、なぜか所長が声をかけてくださいました。
「うちで事務員をしてみないか?」
それがクラン・レイジで働くことになるきっかけでした。
冒険者なんてキツイ仕事、若い間しかできません。
ですが事務員なら長く続けていくことができるでしょう。
そんな計算があって、わたくしは事務の仕事の経験などまったくないというのに、その提案に飛びついたのです。
驚きました。
まさか自分に、こんな才能があったなんて。
事務の仕事はわたくしにとってどうやら天職だったようです。
気づけば所長専属の秘書になっていました。
所長室のすぐ隣の部屋がわたくしの仕事場です。
所長は不思議なことに、人の才能を見抜く力を持っておられるようで、他にも伸び悩んでいた剣士に「魔法の方が向いている」と言って転向させ、実際に魔法使いとしての才能を開花させてしまったりもしています。
そんな所長に憧れて、クランに加入してくる冒険者は後を絶ちません。
お陰で今や王都の冒険者の九割がこのクランに所属しています。
もういっそのことこのクランに、王都のギルドを吸収させてしまった方がいいのではないかという話すら出ているほどです。
というか、そのことで打ち合わせをするため、つい先日、わたくしは所長の代理でギルド長のところに赴いたばかりです。
こうした外部との交渉事なんかも、わたくし秘書の仕事なのです。
……責任重大ですね。
なにせ、所長はジェパールですでにギルド長をされていますし、最近では地下世界にまで手を広げているため非常にお忙しく、なかなかクラン本部にじっとしている時間が取れないのです。
というか、地下世界で悪魔の王を倒したとか、一体、所長はどこまで行ってしまう気なのでしょうか……。
しかも魔王を骨抜きにして地上に連れて来るなんて。
ま、まぁ、所長ですし、仕方ないですよね。
クランの皆さんも「所長だから」で納得していました。
これほど大きくなってしまうと、当然ながらクランのことを把握するのも一苦労です。
ですので、わたくしが重要な案件を選別して所長にご説明して判断を仰ぎ、それ以外の些末事項はわたくしの判断で処理させていただいています。
……責任重大です。
やりがいがあってとても嬉しいのですが、さすがにわたくしには荷が重過ぎると思う今日この頃だったりします。
これではますます婚期が……いっそのこと、所長が貰ってくれませんかね?
まぁ無理ですよね。
ライバルが多過ぎますし。
「キエラさん! 頼まれていた武器の修繕、終わったのです!」
「あ、はい、ありがとうございます」
そんなことを考えていたわたくしのところへ、ドワーフ族の可愛らしい少女が報告に来ました。
ニーナさんです。
彼女はこう見えて、凄腕の鍛冶師なのです。
クランに所属している冒険者たちの武具は、ほぼすべて彼女が作成した超一級品。
その修理も彼女にしかできないため、常に大量の仕事を抱えています。
武具についての管理もわたくしがしているので、その依頼はわたくしがしているのですが、いつも「こんなに短期間でこれだけの量を……?」と思っているのですが、今まで納期に遅れたことなど一度もありません。
その他の物資などを外部に依頼すると、納期の遅延などしょっちゅうだと言うのに……。
「いつもありがとうございます。お陰で本当に助かっています」
「キエラさん?」
唐突にわたくしが改まった様子で感謝を伝えたので、不思議そうに小首を傾げるニーナさん。
本当に愛くるしいです。
つい抱きしめたくなるのですが、ダメでしょうか?
ダメですよね。ニーナさんはこれでもクランにおいては大先輩ですし。
「キエラ」
と、そこへ白銀の髪が特徴的な少女がやってきました。
「呼ばれたから来た」
「すいません、わざわざありがとうございます」
「ん」
ファンさんです。
犬人族の彼女は、表情が乏しいため、何を考えているのかよく分かりません。
ですがここ最近、少しずつ分かるようになってきました。
――ほとんど何も考えていないということが。
そう言ってしまうと頭が悪いように聞こえてしまいますが、要するにあまり深く物事を考えないタイプということです。
決して喜怒哀楽がないわけではありません。
気分が良いときは尻尾が揺れているので、実は意外と分かり易かったりします。
所長のいるときや、ニーナさんとじゃれ合っているとき、あるいは刀華さんと剣の試合をしているときなどでよく見られますね。
「用事は?」
「あ、はい。えっと、実は少し厄介な依頼があってですね。元々は他の冒険者パーティが受けていた依頼なのですが、代わりにファンさんに担当していただければと思いまして」
「ん。了解」
内容も聞かずにすんなりと引き受けてくださいました。
とても助かります。
それから詳しい内容をご説明すると、ファンさんは颯爽と踵を返して去っていきます。
どうやらすぐに目的地に向かって下さるようです。
それにしてもあの獣耳、いつか触らせていただけないでしょうか。
とってもモフモフしていて気持ち良さそうなので。
そんな願望を抱いていると、そこへ胸の大きな美少女がやってきました。
今度はアンジュリーネさんです。
いつもはハキハキとしゃべる彼女ですが、なぜかもじもじしながら、
「ね、ねぇ、キエラ。その……れ、レイジは次、いつ帰ってくるのかしら……?」
「明日には一度帰宅される予定です」
「そ、そう。……ありがとう」
わたくしは彼女の様子から、すぐに事情を察しました。
「お料理ですか?」
「な……? 何で分かったのよっ?」
「最近、所長のために頑張っておられますので」
「べべべ、別にあいつのためとかじゃないしっ!? 単に料理にハマってるだけよ! い、一応、女性としてそれくらいはできないとって思って!」
慌てて言い訳されるアンジュリーネさん、可愛いです。
実は彼女、冒険者業の傍ら料理の練習をされているのです。
孤児院のレベカさんから教えてもらっているそうなのですが、かなり上達しているのだとか。
もちろん所長に振舞うためで、恐らくついにその成果を発揮するつもりなのでしょう。
そのため戻って来られる日をわたくしに訊きにきたに違いありませんが、恥ずかしがり屋なのか、それを認めようとはしないアンジュリーネさんです。
「そうですか。ぜひ今度わたくしも食べてみたいです」
所長に振舞った残り物で構いませんので――という一言は飲み込みました。
「え、ええ! 期待しておいて!」
アンジュリーネさんはそう力強く言ってくださいます。
その際、大きな双丘もまた力強く上下に揺れました。
部屋を出ていく彼女の後姿を見送りながら、わたくしは思いました。
……どうすればあんなに胸が大きくなるのでしょうか? 羨ましいです。
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