第四章
第121話 片思い三重奏 1
「ルファ、ルファ、ルファ」
ボクはその名前を何度も口にする。
それだけで自然と頬がニヤけてきてしまう。
とっても素敵な名前でしょ?
なんたって、レイジ君がボクのために付けてくれたものなんだから!
「何ぢゃ、貴様、気持ちの悪い顔をして」
「うるさいな! ボクの幸せに水を差してこないでよ!」
腐れ縁のリヴァイアサンに怒鳴り返す。
「だいたい、何で君までここにいるのさっ」
「それはわれの台詞ぢゃ。先にここに来たのはわれの方ぢゃぞ? ぽっと出の貴様に言われたくないのぢゃ」
「ボクとレイジ君は遥か昔から運命の糸で結ばれていたんだよ!」
「雄のくせに」
「うるさぁぁぁいっ!」
ボクとこのアホ竜は普段、シルステルの王都にあるレイジ君が運営しているというクランの本部にいることが多い。今もそうだ。
レイジ君はジェパールとかいう東方の国とここを毎日行き来していて、いつも忙しそう。
そのせいであまり一緒にいることができないのは残念だ。
本当はずっと彼の傍にいたいんだけど、仕事を邪魔しては悪いからね! ボクはちゃんとその辺りを弁えられるんだ! 「われとまた戦うのぢゃ! のぢゃ! のぢゃ!」なんてうるさいアホ竜とは違う。きっと良いお嫁さんになれるね!
でもやっぱりなかなか会えない時間が続くと、寂しくなっちゃう。
そんなときボクはレイジ君の私室に忍び込む。
レイジ君が寝ているベッド!
レイジ君の服が収納されているクローゼット!
レイジ君が使っている歯ブラシ!
レイジ君の飲みかけのコップ!
ここは天国だ!
ああ! そしてレイジ君の匂い!
ボクは体いっぱいに空気を吸い込んで、その匂いを堪能する。
……あれ?
何かちょっと違う匂いが混じってる?
ボクの鋭い嗅覚が違和を感じ取った。
くそう! 誰だよ!
レイジ君とボク以外、この部屋に入ることは許されないんだからねっ!
まぁいい。
犯人は後ほど突き止めてやるとして、今はレイジ君成分を堪能しよう。
ボクは思いきりベッドの上にダイブした。
「きゃう!?」
今、布団の中から悲鳴が聞こえなかった!?
そう言えば、ちょっといつもよりも膨らんでいる気がした。
レイジ君はジェパールに行っているはずなので、彼じゃない。
「誰だい! 曲者!」
ボクは掛布団を思いきりひっぺ返す。
――中に全裸の女がいた。
「って、いつもレイジ君を誘惑してる女狐じゃないかっ!」
「ファフニール!?」
向こうもこっちを見て驚いている。
「なぜあなたがここにいるんです……っ?」
「それはこっちの台詞だよ!」
この女狐の名は確か、ディアナ。
この国の女王だというのに、毎日のようにやって来てはレイジ君に色目を使っているクソ尼。
言ってみれば、ボクのライバルだ。
「それより早くそこから出ろ! ボクとレイジ君の愛の巣を穢すなよっ!」
女狐はレイジ君の枕で身体を隠しながら後ずさって、
「くっ、まさかあなたもわたくしと同じことを考えているなんて……」
「さすがに裸になるつもりはなかったよっ!?」
あろうことかこの女、レイジ君のベッドの中でイヤらしい行為に及んでいたらしい。
なんて羨ましい!
「君のような害虫は駆除するしかないよねぇ……?」
ボクが闘気を立ち昇らせながら威圧すると、女狐は頬を引き攣らせた。
それでも剣を抜いて臨戦態勢を取る。
「へぇ? 君ごときがボクに勝てるとでも?」
「……やってみなければ分かりません」
こいつも人間としてはそれなりの強さのようだけれど、ボクには及ばない。
ボクらの恋路を邪魔する輩はここで八つ裂きにしてやる!
「お待ちくださいませ、お二方」
そのとき背後から第三者の声が割り込んできた。
振り返ると、入り口にモノトーンの衣装に身を包んだ人間の女が、凛とした態度で立っていた。
何度か見かけたことがある。
確か、メイドとか言ったっけ?
「ボクとレイジ君の愛の巣に入ってくる輩は、誰だろうと許さないんだからね!」
「愛の巣、でございますか」
そのメイドは淡々とした声音で頷く。
「何なのさ、その馬鹿にしたような言い方は!?」
「いえ、馬鹿にするなど滅相もございません。実はわたくし、ご主人様よりハウスキーピングについての全権限を与えられておりますが、今のは初めてお聞きしたことでしたので」
「ふん! だったら、よーく覚えておくんだね!」
「畏まりました。……ところで、話を戻させていただきますが、この場所での戦闘行為はご遠慮いただけますと幸いです。それからここはご主人様の私室でございますので、無断での入室も遠慮いただきたいのです」
その言葉にボクはムカッとした。
「何でさ!」
「もちろんご主人様の許可をお取りであると言うのであれば、その限りではございません」
「きょ、許可なら……」
「すでにお取りということでございますか? でしたら、今からご主人様に確認を取らせていただきます。実は文字のみでのやり取りでございますが、いつでも連絡を取ることが可能な魔導具がございまして……」
「うわあああっ! 待った! 待って! それだけは!」
さすがのボクも慌てざるを得ない。
ドラゴンのボクにだって分かってるさ! 本人の留守中に勝手に寝室に忍び込むなんてことをしたら、引かれちゃうってことくらいは。
くそっ!
こいつメイドのくせに!
「ディアナ様も、今後はこのような行為は慎んでいただけますと幸いです。次回以降はご主人様にご報告させていただきますので」
「は、はい……」
女狐も反省したように頷いている。
それからメイドはふと何かに気が付いたように、視線をクローゼットの方へと向けた。
「その中に隠れておられる方もよろしいでしょうか?」
「えええっ? 何で分かったのよ!?」
クローゼットの中から声が聞こえてきた。
誰か入ってたの!?
中から出てきたのはアマゾネスの女だった。
こいつもレイジ君を狙っているボクのライバルだ。女らしい身体つきが忌々しい! ふ、ふんだ! あんな脂肪の塊の何が良いのさ!
アマゾネスは慌てたように弁解する。
「べべべ、別に、下着を盗もうなんてしてないわよっ!?」
「では、そのポケットの中に隠しているものを出していただけますか?」
「うぅ……」
メイドに指摘され、アマゾネスは観念したように呻いた。
ポケットからレイジ君のものと思しきパンツが出てくる。
しかも三枚も!
ボクにも一枚寄こせ!
それからボクらは仲良くないのに仲良く寝室を追い出されたのだった。
「羨ましい! ボクもメイドになりたい! そうしたらレイジ君が寝た毛布や穿いたシーツなんかを、好きなだけ触ったり嗅いだりできるのに!」
きっとあのメイドも隠れてやってるに違いない! くそぉっ!
けれど、残念ながらボクには家事スキルは皆無だ。掃除は超苦手。だって巣の中のお宝は散乱し放題だったし。洗濯もダメ。力の加減が難しくて、服が破れちゃう。
「それにメイドになんてならなくても、嫁になればいいんだからね!」
ボクはそうポジティブに捉えなおす。
きっとそのうちレイジ君もボクの魅力に気づいてくれるはずさ!
「そこの可愛いお嬢さん」
と、そんなことを考えながら人間の街をぶらぶらしていると、不意に誰かに呼び止められた。
「もしかしてボクのこと?」
「他にいませんよ、可愛いお嬢さんなんて」
そいつはどこか胡散臭い笑みを浮かべる人間の男だったけど、ボクのこの可愛さが分かるなんて見込みのあるやつに違いない!
「しかし何かお悩みのようですね?」
「えっ、分かる?」
「ええ。わたくしは占い師ですので」
占い師……って、何だっけ?
「運勢を占うことで、人々が正しい道へと向かうための助力をしているのです」
「ふーん」
「ずばり、あなたの悩みとは恋の悩みでしょう」
「すごい! どうして分かったの!?」
「ふふふ、それくらい占いの力をもってすれば簡単です」
「占いってすごいんだね!」
「よろしければあなたのその想いがどうすれば成就するのか、お教えいたしましょうか?」
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