第114話 冒険者たち
「あ、悪魔だぁぁぁっ!」
「きゃあああっ!」
ジェパール皇都に幾つもの悲鳴が連鎖する。
バモットの配下である中級悪魔たちと、さらに彼らによって召喚された下級悪魔たちが街を蹂躙していた。
悪魔の容姿は千差万別だ。
人型もいれば、獣のような姿の悪魔もいる。あるいは昆虫や爬虫類のような生理的な嫌悪感を催すような悪魔もいた。
総じて下級悪魔たちは己の欲望に忠実だった。
逃げ惑う人々を笑いながら追い駆けては、殺し、喰らい、あるいは犯して楽しむ。
まさに阿鼻叫喚の地獄図だ。
しかし、この国の住民たちの多くは大人しく悪魔にやられるを良しとはしなかった。
手に手に剣を取り、勇敢に悪魔へと立ち向かっていく。
剣術の盛んなジェパールには幾つもの剣術道場があり、大人から子供まで多くの人々が剣を嗜んでいるのだ。
だが下級悪魔ですら、危険度Bに指定されているほど。
流派を極めた免許皆伝クラスの剣士ならばまだしも、半端な剣士たちでは太刀打ちできない。
「け、剣が……っ!?」
勇み足で挑んだものの、乱杭歯を生やした悪魔に刀を噛み砕かれ、愕然と後ずさる少年剣士がいた。
助けを求めて周囲を見渡しも、同じ道場で訓練に励む先輩たちもまた、下級悪魔相手に苦戦している。
「ギシャシャシャシャ!」
「くっ、ここまでか……っ!」
悪魔が悍ましい声を鳴らしながら躍り掛かってくる。
剣を失った少年は覚悟を決めた。
そのときだ。
横合いから物凄い速度で飛来した鉄塊が、悪魔の頭部に直撃したのは。
「大丈夫っすか?」
一体、何が起こったのかと目を見開く少年の元に駆け寄ってきたのは、少年とそう歳の変わらない女の子だった。
しかしその手に握られた鎖を目で追っていくと、その先にはたった今、悪魔の頭を吹っ飛ばした巨大な棘付の鉄球があった。まさか、この小柄な少女が? と少年は我が目を疑う。
加勢に来たのは彼女だけではなかった。
他にも数人の男たちが悪魔と戦っていた。
しかも、道場の先輩たちが苦戦していた悪魔を圧倒している。
その武器は様々で、東洋剣術を嗜む剣士たちではない。
「うちらが来たからには、もう安心っすよ! この場はうちら冒険者に任せておくっす!」
「冒険者……?」
もちろん少年は冒険者のことを知っていた。
つい最近、このジェパールに冒険者ギルドなるものが開設され、様々な依頼を引き受けている、と。
だがそのメンバーの多くが海賊上がりの元犯罪者たちだということもあって、あまりいい評判は聞かない。
特に道場の先輩たちは冒険者を毛嫌いしているようで、よく悪口や見下すようなことを言っている。
「き、君のような女の子もいるんだな……」
「……うちはこう見えて二十三歳っすからね?」
「は? 嘘だろ? どう見ても俺と同じくらいじゃねーか」
「どうせ童顔っすよ! ――って、こんなこと言い合ってる場合じゃないっす!」
少女――スーヤは鎖を握り直すと、軽々と鉄球を引き寄せた。
その細い腕の一体どこにそんな力があるのか、頭上で鉄球を振り回すと、しぶといことにまだ生きていた悪魔へと投げ付け、今度こそ確実に絶命させる。
冒険者たちは強かった。
少年たちが苦戦していた悪魔たちを次々と倒していく。
我が流派こそ最強と信じていた剣士たちは、その光景に唖然とするしかない。
――実は、この場に駆け付けたのは、レイジによって選抜され、特別な訓練を受けた元チームBの冒険者だった。
街に悪魔が現れたと聞いて、すぐにギルドから飛び出してきたのだ。
スーヤを初めとする元チームBの冒険者たちは、全員が今やBランクである。
その実力は、下級悪魔に勝るとも劣らない。
またそんな彼らをサポートする形で、Cランク以下の冒険者たちも奮戦していた。
「この辺りにいた連中は大よそ片付いたっすかね」
スーヤは周囲を見渡しながら、満足げに呟く。
だがまだ気を抜く訳にはいかない。この場所だけでなく、街の各所に悪魔が出現したと聞いているからだ。他の冒険者たちが向かったはずだが、すぐに加勢に行くべきだろう。
と、そのときだった。
家屋の陰から、ぬっと巨体が姿を現したのは。
「な、何なんすか、このでかいのっ!?」
スーヤは思わず悲鳴を上げた。
それは身の丈四メートルを越える巨大な悪魔だった。
さすがに息を呑むスーヤたち冒険者を見下ろし、その悪魔――グレオルは野太い声を響かせた。
「オレ様の配下どもを全滅させるたァ、ちったァ骨のある奴らもいるみてぇだなァ」
「はっ、デカいからって強いとは限らないぜ!」
同僚のBランク冒険者が勇んで躍り掛かった。
「ちょ、危ないっすよ!?」
「威勢のいい奴は嫌いじゃねぇ。だがなァ――」
「――ッ!?」
次の瞬間、Bランク冒険者の身体が遥か後方の家屋へと突っ込んでいた。
悪魔がその剛腕を振るい、殴り飛ばしたのだ。
「あのチャルトが一撃で!? なんてパワーっすか!」
チャルトというのはその冒険者の名前だった。
身長二メートル近い拳士(ファイター)で、その怪力はミノタウロスすら一撃で粉砕するほど。
そんな彼があっさりとやられたのだ。
さすがの冒険者たちの間にも動揺が走る。
「近づくのは得策ではないっす! 遠くから攻撃を!」
スーヤは叫ぶ。
そして幾つもの魔法が悪魔目がけて放たれた。
「っ! なんて頑丈な奴っすか……」
だがほとんど効いていない。
それでも距離を置いて、遠距離攻撃を続けていれば……
「オレ様をただのパワーファイターだと思ってたら痛い目を見るぜ?」
突如として無数の石塊が飛来した。
「土魔法っすか!?」
凄まじい速度で飛んできたのは、鋭く尖った石の塊だ。
それも十や二十程度の数ではない。
それらを回避することができたのは、スーヤを初めとする一部の上級冒険者たちだけだった。
「ああああっ……」
「痛いっ!」
石塊をまともに浴びてしまった者たちが悲鳴を上げる。
尖った石に肉を裂かれ、皆、血だらけになっていた。
「は、早く退避するっす!」
スーヤは、運よく比較的怪我が浅かった者たちに向かって声を飛ばす。
その中には最初に助けた少年剣士もいた。
「君は!?」
「うちはあいつを引き付けておくっす!」
「無理だろ!? 死ぬぞ!」
「けど、誰かがやるしかないっすよ! ほら、急ぐっす!」
スーヤは決死の覚悟で鎖を握り締めると、悪魔に立ち向かっていく。
内心では泣きそうになっていた。
(この悪魔、どう考えても下級じゃないっす……。ああ、結婚どころか、彼氏すらできずに死んでいくんすかね……)
実際、グレオルはバモット直属の配下であり、中級悪魔に相当していた。
危険度は、間違いなくAの上位。
「けど、足掻けるだけ足掻いてみっすよッ! どりゃあああっ!」
スーヤは鉄球を全身を使って振り回し、渾身の力で投擲した。
「こんなものがオレ様に効くとでも? 随分と舐められたもんだなァ?」
グレオルは小馬鹿にするように鼻で笑い、その鉄球を片手で受け止めようとした。
だが触れた瞬間、掌が弾かれる。
「な……ごっ!?」
さらに余裕ぶっていたグレオルの頬に鉄球が直撃し、めり込んだ。
「舐めてくれてるのはそっちの方っすよ! こう見えて、うちのパワーはギルドでも一、二を争うんすから!(ただし某超人たちは除く)」
しかも特注の鉄球だ。
常人なら持ち上げることすらできない重量があった。
「き、きさ、まァァァァァァッ!!!!」
「うおっ、いきなりキれたっす!? 沸点低くないっすかね!?」
鉄球をもろに喰らったグレオルが、雄叫びを上げて怒りを露わにする。
ただしあまりダメージを受けた様子はないが。
スーヤは冷や汗を掻きつつも、これで悪魔の意識を自分に引き付けることができたと安堵する。
今のうちに、どうにか怪我人が逃げてくれれば――
「うわあああんっ……ままっ……ままぁぁぁっ……」
いきなり響いた子供の泣き声に、スーヤは愕然とする。
路地からこの大通りに、まだ五、六歳ほどの男の子が出てきてしまったのだ。
最悪なことに、それはグレオルのすぐ傍だった。
そして子供の泣き声は、憤怒する悪魔の神経に触ったらしい。
太い腕が天高く振り上げられる。
「ガキがァ、うるせぇんだよ!」
「あ、危ないっす!!」
スーヤは走った。
それを見た悪魔が、ニヤリと口端を吊り上げる。
「愚かだなァ、人間は。こんな馬鹿なガキ一人、放っておけばいいのによォ?」
「しまっ……」
悪魔の剛腕は途中で軌道を変え、スーヤへと迫った。
躱すことはできない。
スーヤは衝撃を覚悟し、思わず目を瞑った。
――衝撃は来なかった。
恐る恐る瞼を開いたスーヤが目にしたのは、
「ね、姐さんっ!?」
「危ないところだったわね、スーヤ」
グレオルの拳を片手で受け止めるアマゾネスの少女だった。
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