第76話 快適な空の旅をお過ごしください
シルステルからジェパールへは、一応、陸路と海路の二つの経路がある。
転移魔法が使えれば最も楽なのだが、生憎、転移できる先は一度行ったことのある場所だけだ。なので帰りにしか利用できない。
人気があるのは海路の方だ。
というのも、シルステルから陸路でジェパールに行こうとすると、間にあるミエゴ大森林を抜けなければならないからだ。
この大森林はそこそこ狂暴な魔物が棲息しているようで、相応の戦力と覚悟が必要だろう。
陸路だと、だいたい一か月ほどかかるそうだ。
一方、海路の場合、王国最南端の港町フラから、船に揺られておよそ二週間らしい。
ただし、王都からフラまで移動するのに数日かかる。もっとも俺たちの場合、そこまでは転移魔法が使えるので一瞬だ。ゆえに海路の方が断然、旅程は短いだろう。
「海路は絶対ダメよ!」
「同意。あれは地獄……」
海路反対を強く主張してきたのは、前にダンジョンの海洋フロアで船酔いに苦しめられたアンジュとファンだった。
「大きな船だったら揺れにくいし、そこまで酷い船酔いにはならないと思うぞ?」
あれは小さな船だったからな。しかも急いでいたから、かなり飛ばしたせいで余計に揺れが激しかった。
しかしそう教えてやるも、二人とも青い顔でブルブルと首を振った。ちょっとトラウマになっているのかもしれない。
「まぁ、今回はどっちのルートも取らないんだけどな」
「どういうことよ?」
首を傾げるアンジュへ、俺はしたり顔で言った。
「空路で行くんだ」
出発当日。
準備を終えた俺、ニーナ、ファン、ルノア、アンジュの五人は、王都から少し離れた平野に集まってきていた。荷物は亜空間の保管庫に入れているため、見た目は完全に手ぶらである。
「こんなところに集合してどうするつもりよ?」
「まぁ見てなって。スラさん、頼む」
『……!』
俺の命令に応じて前に出てきたのは、スカイスライムのスラさんだった。
野兎くらいの大きさのスラさんは、ぷにぷにした身体から生えた翼をはためかせ、空中を自在に飛び回っている。
スラさん 0歳
種族:スカイスライム
レベル:47
攻撃スキル:〈触手攻撃+2〉〈噛み付き+6〉
防御スキル:〈物攻耐性+5〉〈自己修復+1〉〈炎熱耐性+5〉〈寒冷耐性+5〉〈物攻耐性+5〉〈魔法耐性+5〉〈毒耐性+5〉
移動スキル:〈翼飛行+7〉
身体能力スキル:〈頑丈+5〉〈怪力+5〉
特殊スキル:〈吸収〉〈闘気+4〉〈亜空間〉〈擬態+3〉
称号:飛行生物
状態:テイム 信仰度70%
スカイスライムというのは、翼を持つスライムの超稀少種だ。〈翼飛行〉スキルに高い才能を持ち、すでに+7まで成長している。
さらに俺は彼に、神スキルの一つである〈賜物授与〉を使って、〈擬態〉スキルを付与してやった。
その結果――
『……っ!』
「スラさんが鳥の形に!? すごいのです!」
ニーナが驚きの声を上げる。
ふっふっふ、まだまだこんなもんじゃないぞ。
スラさんは〈吸収〉スキルによって様々なものを吸収しており、本来はもっと大きな身体をしている。普段はその大部分を〈亜空間〉スキルで保管庫に収納しているのだが、
「おおきくなったの!」
「……でかい」
鳥の形のまま、本来の大きさを取り戻すスラさん。
全長、約七メートル。
まるで伝説のロック鳥のような迫力だ。
「もしかして、この背中に乗って移動する気?」
「その通り」
俺はスラさんの背中に飛び乗った。足元はぷにぷにとした感触。なかなか乗り心地が良さそうだ。たぶん。
全員がスラさんの上に乗る。
さぁ、頑張れ、スラさん。
『……っ!!』
ぷるぷるっ、と気合を入れるように大きく揺れてから、スラぽんは翼をはためかせた。
ゆっくりと浮かび上がっていく。
さすがは〈翼飛行+7〉。
これだけ上に乗っかっているというのに、力強い羽ばたきでまるでそれを感じさせない。
そして俺たちは、スラさん飛行機によるジェパールへの快適な(?)空の旅をスタートしたのだった。
「って、方向が逆だ逆!」
『……っ!?』
「すっごくはやいの!」
「ですです!」
スラさん飛行機は順調に空を進んでいた。
とっくに王都が見えなくなり、眼下の村々もあっという間に通過していく。当然ながら壁も屋根もないので風が思うままに吹き付けてくるのだが、それが結構気持ちいい。
「あっ、旅人がこっち見てびっくりしてるわ!」
「ドラゴンか何かだと思ったんじゃないか」
アンジュがスラさんの端っこから身を乗り出し、楽しげに教えてくれる。そりゃあ、こんなデカい鳥が空を飛んでいたら驚くだろう。この世界でも、さすがにこれだけ大きな鳥はいないし、鳥系の魔物でもここまでのものはそうそう見かけないはずだ。
それこそドラゴンか、伝説のロック鳥といった魔物くらいだろう。そういえば、ダンジョンで遭遇したボスモンスターの青龍は二十メートルくらいあったっけ。あれは蛇のようなタイプだったけど。
やがて大森林が見えてきた。
「この森を徒歩で抜けるとなると大変そうだな」
「ねぇ、あそこ、鳥の群れかしら?」
アンジュが前方を指差す。視線を向けると、まだだいぶ距離があるが、進行方向の空に何かが沢山浮かんでいた。確かに、鳥の群れのようにも見えるな。
「ちょっと大きい?」
「もしかして魔物なのです!?」
ニーナの言う通りだった。
ハーピー
レベル15
スキル:〈噛み付き+2〉〈翼飛行+2〉
人間の女性のような上半身と、鳥の下半身を持つ魔物、ハーピーだ。
それが三十匹くらいはいるだろうか。
近づいていくと、向こうもこちらに気づいて一斉に襲い掛かってきた。その見た目とは裏腹に、食欲旺盛で人肉も好む狂暴な魔物なのだ。
「飛刃」
ファンがスラさんの上に立ち、二本の剣を交差させるように振るった。
すると闘気が刃の形となって前方へと放出される。
「ギャウ!?」
「ギャ!?」
「ピギュア!」
闘気の刃に蹂躙され、悍ましい悲鳴とともに一掃されるハーピーの群れ。一匹残らず大森林へと落下していく。
所詮はレベル15の魔物。群れていようが、俺たちの敵ではなかった。
「まだ時間もかかりそうだし、ちょっと寝るか」
俺はスラさんの上でごろりと横になった。
思った通り、なかなか寝心地のいいベッドだな。
さらにミミックスライムのスラいちに頼んで、枕になってもらう。
しかし目を瞑ってしばらくすると、頬に冷たい感触があった。
「あめなの」
「向こうの方、雲が真っ黒なのです」
いつの間にか空が曇ってきていた。しかも前方に視線を向けると、そこには空を覆い尽くす分厚い雨雲。激しい雷を伴った土砂降りの雨が、大森林へと降り注いでいた。
このままでは俺の昼寝が邪魔されてしまう。
そうはいくか。
「サイクロン」
俺はその雨雲目がけ、上級の風魔法をぶっ放した。
ごおおおうっと唸りを上げて暴風が雷雲に激突し、無理やり押し退ける。
ちょうど俺たちが進む空路の上だけ真っ二つに雲が割れ、そこからさっと地上に光が指した。
うーむ。
なんというか、我ながらもはや何でもアリになってきたな。
「ジェパールの領地内に入ったら起こしてくれ」
そうアンジュたちに頼んでから、俺はしばしの眠りについたのだった。
その頃、ディアナは――
「うぅ……わたくしも一緒にジェパールに遊びに行きたかったです……」
「陛下の場合、お立場から言っても気軽に他国に遊びに行くわけにはまいりません」
「ですよね……(と見せかけて、こっそりテレポートで……ふふふ……)」
「さあ、早くすべての書類に目を通してください」
「分かっています」
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