第三章
第75話 海洋国家ジェパール
クラン・レイジの本部二階にある、俺の執務室。
そこでちょっとした書き物をしていると、うちで雇っている職員の女性が封筒のようなものを持ってきてくれた。
「レイジ様。招待状が届いております」
「招待状?」
「はい。東の大国ジェパールが、ぜひとも勇者を打倒したレイジ様を皇居に招待したいとのことで」
この大陸には、三つの大きな国が存在しているという。
一つは、ここシルステル王国。
西の大帝国、フロアール。
そして最後の一つが、東の海洋国家、ジェパールである。
ちなみに、シルステルのある大陸は北ユーラ大陸と呼ばれていて、海峡を挟んだ向こう側には、北ユーラ大陸の三分の一ほどの大きさの南ユーラ大陸があった。
「ジェパールか……」
「ジェパールの女皇様は無類の剣術好きで、世界中から優秀な剣士を集めては御前試合を開催しているそうです」
と、職員。
彼女は二十二歳とまだ若いが、物知りで仕事もでき、かなり助かっていた。威勢がいいだけの元ギャングの男たちとは違う。
どうやらその御前試合とやらに、俺にも剣士として参加してほしいとのことらしい。
別に剣術が専門という訳ではないが、ちょうどいい機会だな。
俺としても、これからはもっと他の国にまで勢力を広げていきたいと考えていたところだ。
「分かった。じゃあ――」
「――断ってくださいね」
「ああ、頼む。……って、おい!?」
俺は思わず頓狂な声を上げてしまう。
いきなり横から割り込んできたのはディアナだった。
栗色の長い髪に、宝石のような碧眼。一見すると楚々とした雰囲気の持ち主だが、実はAランクの超一流の冒険者。そして、ここシルステル王国の若き女王だ。
……だというのに、しょっちゅう遊びに来るのである。暇なのだろうか?
「あの、えっと……」
職員が当惑の表情を浮かべている。
「なんで断るんだよ?」
「ジェパールの女皇様はとても美しい方ですから」
俺が問い詰めると、ディアナはそんなことを言った。
答えになってねぇ。
「だって、女王フェチのレイジさんのことです。もしかしたら皇女様の色香に引っ掛かってしまわれるかもしれません」
「いつから俺が女王フェチになったよ!?」
幾らなんでも対象が限られ過ぎるだろ。
「またいた! あんた、女王のくせにどれだけ暇なのよ!」
と、そこへ割り込んでくる怒号。
どすどすと足音を鳴らしながら部屋に入ってきたのは、アマゾネスのアンジュだった。
彼女もまたAランクの冒険者で、俺のパーティメンバーだ。
諸々の理由から、ディアナとは犬猿の仲だった。……ていうか、なんでディアナが俺の部屋に来たって分かったんだ?
「あんたのニオイはすぐ分かるのよ!」
ニオイらしい。
「女王と言えど、プライベートだってあります。その限られた時間を愛しい方と過ごしたいと考えるのは当然のことです」
「いとっ……」
ディアナの明け透けのない言葉に、アンジュが声を詰まらせる。
「それとも、わたくしがレイジさんと一緒にいると、何かあなたに不都合でも?」
「ぐぬぬぬぬぬっ……」
アンジュは言い返せず、奥歯を噛み締めて獣のような唸り声を出す。
「まさか、アンジュさんもレイジさんのことを?」
「そそ、そんなことあるわけないじゃない……っ!」
即座に否定するアンジュだが、動揺が隠せていない。
隠せていないのは気持ちの方もだが。
彼女が俺に惚れているのは、誰がどう見ても丸わかりだった。
「でしたら問題ありませんよね?」
「ぐう……」
もちろんディアナもそれを分かっていて言っているのだ。なかなか意地悪だな。
ていうか、やめてくれませんかね? 人の仕事場で喧嘩するの。
あと、職員が怯えてるから。そりゃ、Aランク冒険者同士が睨み合ってたら、その闘気だけでビビるって。
「ごほん」
と、俺はワザとらしく咳払いしてから、
「先方にはぜひ行きたいと伝えてくれ」
「あ、はい! 畏まりました!」
女性職員はホッとしたように頷き、そそくさと部屋を出て行った。
「あ、あたしも行きたいわ! ジェパールって、今まで一度も行ったことないし!」
アンジュが主張する。
ディアナも即座に応じた。
「では、わたくしも行きます」
「さすがにそんな暇はないだろ?」
図星だったのか、ディアナは「む……」と唸って、
「……いえ、問題ありません。どうにか――」
言いかけたときだった。
「問題あるに決まっております!」
「げっ、エレルカ大臣っ……」
部屋に駆け込んできた四十がらみの女性に、ディアナが顔を引き攣らせる。
エレルカと呼ばれた彼女はこの国の大臣だった。
彼女は額に青筋を浮かべて、
「陛下、やはりここでしたか! 今現在どれだけ政務が滞っているか、ご理解しておいでですか!?」
その鬼の形相と憤りの声に、さすがのディアナもたじろいだ。だらだらと汗を掻いている。
どうやらディアナの奴、政務をサボってここにきたらしい。
「……も、もちろん……です」
「分かっておいでなら、すぐに王宮にご帰還ください! さあ! はやく!」
エレルカはディアナの腕をがっしりと掴むと、そのまま強引に引っ張った。
「いやあああっ……謁見とか会議とか事務作業とかばかりで、もう心底ウンザリなんですっ! レイジさんと海外旅行に行きたぁぁぁい! ついでに血と汗握る冒険に行きたぁぁぁい!」
「わがまま言わないでください!」
悲鳴を上げながら引き摺られていくディアナ。
抵抗するAランク冒険者を連行していくとは……なかなか凄い女性だ。
「テレポート!」
「陛下っ?」
あっ、ディアナの奴、テレポートで逃げやがった。
……この国、大丈夫だろうか?
そして俺はジェパールに行くことになった。
何気にこの世界に来て、初めてシルステルの外に出るかもしれない。
夕食の際、パーティメンバーたちにジェパール行きのことを話すと、
「ん、行きたい。魚料理食べたい」
食い意地の張っているファンが真っ先に食い付いた。
白銀の髪が特徴的な犬人族で、肉が好きだが、魚も好きだ。というか何でも食べる。
ジェパールは海洋国家だけあって、新鮮な魚料理が美味いらしい。シルステルは内陸の国なので、魚は大抵輸入品だ。なのであまり美味しくなかった。
「パパがいくなら、ルノアもいくの!」
そう言って俺の胸に飛び込んできたのはルノアだ。
彼女は俺の子供。と言っても、養子だが。
悪魔と人間のハーフで、赤い髪と羊のような角、そして背中には小さな黒い翼が生えている。
「ニーナも行きたいのです! ジェパールの『刀』をぜひ見てみたいのです!」
ニーナが手を上げる。ドワーフの彼女は、王都一――いや、すでにシルステル一の鍛冶師と言っても過言ではないだろう。
ジェパールには独自の製法によって造られた「刀」というものがあるらしく、どうやら鍛冶師として一目見たいと思っていたらしい。一応、王都にも輸入品が売っていたりするようだが、どれもナマクラばかりで本物に出会ったことはないそうだ。
そんなわけで、ジェパールには俺、アンジュ、ファン、ルノア、それからニーナの五人で行くこととなった。
あ、あと従魔たちもな。
グラトニースライムのスラぽん、ミミックスライムのスラいち、メタルスライムのスラじ、スカイスライムのスラさんと、俺には四体の従魔がいる。
うん、すべてスライムだね。
一国のトップに会いに行くのだから、相応の贈呈品を持っていかなければならないだろう。
無類の剣術好きだというし、剣がいいかもしれない。
ジェパールで一般的に使われているという「刀」ではないが、贈呈品なのだから別に実用ができなくても構わないはずだ。
もちろん製造はニーナに依頼した。
それにしても、ジェパールって、なんか引っ掛かる名前だよな……?
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