邪神無双 ~邪神が黒い笑顔で人助けを始めたようです~

九頭七尾(くずしちお)

第一章

第1話 女神殺して邪神になった

 気が付いたら草原に座っていた。


 見渡す限りの緑。空は青く澄んでいて、頬を撫でる微風が気持ちいい。

 何とものどかな光景だが、俺は一体なぜこんなところにいるのだろうか。


 いや、そもそも俺は何者なんだ?

 俺の名前は……レイジ。漢字は……分からない。

 苗字は……思い出せない。

 高いビルに囲まれた大都市に住んでいた……ような気がする。

 家はマンションだった……ような気がする。

 両親と妹がいた……ような気がする。


 記憶がかなり曖昧だった。

 マズイな。どうしたらいいんだ?

 とりあえず立ち上がってみるが、人も家も見当たらない。当然、交番があるはずもない。


『あっ、目が覚めたみたいだね~オハヨー』


 そのとき、どこからともなく声が聞こえてきた。

 しかし辺りを見渡してみても誰もいない。


「誰だ?」

『超絶美少女天使のハルエルちゃんで~す☆(ゝω・)vキャピ。これからよろしくねッ☆』

「……は? 頭大丈夫か?」

『ちょ、いきなり失礼な反応やめてよぉヒドイ―』


 プンスカと怒ったような声が返ってきたが、天使とかマジで意味が分からんのだが。しかも自分で超絶美少女とか、正直かなり痛い。


『あ、何よ何よ、その疑いの目はー? ハルエルちゃん、マジもんの天使だってばーホントダヨ』

「本当なら姿を見せろ。そもそもどこに隠れてやがる?」

『隠れてるんじゃなくて、天界から念話で話しかけてるんですぅ~。あと、制約があるので残念ながら、そっちに行くことはできませーんカナシー』

「そうか。で、その自称天使が何の用だ?」


 こいつの正体については一先ず置いておいて、とっとと話を進めることにした。ウザいし。

 天使云々は信じられないが、俺の記憶喪失の原因や、なぜこんなところにいるのかについて教えてくれるかもしれない。


『だから本当だってば~。まぁ、信じられないのも無理ないけどね。だって君、前世の記憶を失ってるようだしアチャー』


 聞き捨てならない言葉が出てきた。


「おい、前世ってどういうことだ?」

『実は君、死んじゃったんだよね~♪ ナンマンダブ』


 めちゃくちゃ嬉しそうに言われたんだが……。てか、ナンマンダブは天使が言うものじゃないだろ。


「つまり、俺は異世界転生したというわけか」

『ザッツラ~イト!』


 なぜかは分からないが、俺は自分が発した異世界転生という言葉で、今置かれている状況を何となく理解することができた。

 普通なら混乱して然るべき状況のような気もするが、そのお陰か、ほとんど動揺していない。


「何で記憶を失ってるんだ?」

『いやぁ、実は少しばかり込み入った事情があってさ~』

「どういうことだ?」

『その前にまず、こっちを見てちょーだいね。え~いデデン』


 不意に俺の目の前の空間に文字が浮かび上がってきた。


「なんだ、これ?」

『君のステータスだよ! 簡易版だけどねジャジャーン』


 ステータス!

 その言葉に俺はちょっとときめいた。

 ゲームのことは記憶に残っていた。どうやらかなり好きだったらしい。具体的なタイトル名とか、ストーリーとかは忘れてしまっているものの、映像なら少し思い出すことができた。


レイジ

 種族:人間族(ヒューマン)(邪神)

 レベル:1

 スキル:〈神眼〉〈神智〉〈献物頂戴〉〈賜物授与〉〈死者簒奪〉

 称号:大罪人


「おい、人間なのに邪神ってどういうことだ? しかも称号が大罪人って……」



『実は君さ~、転生を担当した女神様を殺しちゃったんだよねヤッベー』



「……は?」


 あまりにあっさりと告げられた衝撃的な言葉に、俺は思わず口をポカンと開けてしまった。

 自称天使は相変わらず軽い口調で話を続ける。


『ちょうど男神に失恋した女神様が、悲嘆にくれる日々を送ってたときだったんだよねー。そこに死んだばかりの君がやってきて、女神様にこう言ったんだ――



 ――うっわ、ぶっさwwwwwwwwwwww』



「言ってねぇよ!? しかも草生やし過ぎだろ!」


 俺は即座に反論した。


『言ったよ! すぐ近くでハルエルちゃん聞いてたもんね~。それで悲しみのあまり、女神様は死んでしまいましたとさチャンチャン。まぁ、そのせいで今はハルエルちゃんが代役を務めているんですよメンドクセー』

「そんなことで死ぬとか、どんだけメンタル弱いんだよその女神!?」

『いやいや、実は前々から気にしてたからさー、本人。だけど高位の女神様だったし、周りも気を使って本当のことは言わないじゃん? それで自信満々で男神に告白したんだけど、呆気なく玉砕。そんな直後にはっきり不細工なんて言われたら、死んでもおかしくないってばカワイソー』


 俺は本当にそんなことを言う人間なのか……?

 くそ……記憶がないせいで分からない。


『で、問題は君が前世から持ってたその〈死者簒奪〉っていうスキルでさー。それ、殺した相手から能力を奪うっていう能力なんだけど、女神様を殺したせいで女神様の能力の一部が君のものになっちゃったんだよねースゲェー』


 そして俺は人間の身でありながら、神格を得てしまったらしい。

 だが神殺しは大罪。

 ゆえに、邪神。


『記憶喪失はその副作用みたいなものだねゴシューショーサマ。人間の魂に対して、神が持っている力は大き過ぎるからさー』

「それで、俺はこれからどうなるんだ?」


 神殺しが大罪だと言うのなら、俺は裁かれるのかもしれない。他の神とかに。

 しかし自称天使はからからと笑って、


『バレたら確かにまずいかもだけど、心配は要らないよー。どうせ神様たちなんて自分のことにしか興味ないし、気が付かないって』

「随分とテキトーだな」

『相手が美神ならともかく、超絶不細工神だったら尚更ねゲンジツハザンコクダー。もちろん、ハルエルちゃんも誰にも言わないから大丈夫! むしろ性格まで不細工なクソ女神だったし殺してくれてマジ感ゲフンゲフン』


 ……どうやら死んだ女神は部下に嫌われていたらしい。


『それでも心配だったら、誰も逆らうことができないくらい強くなっちゃえばいいんだよー』

「強く?」

『そそ。神様は信者が多ければ多いほど強大になれるんだウラヤマ。……おっと、もうこんな時間じゃないか! ごっめんね~、ハルエルちゃんってば、今日はこれから合コンなんだ! ふっふっふ、今回こそ良い男天使捕まえちゃうぞ~☆』

「おい待てよ、まだ訊きたいことがあるんだ。この世界はどんなところで、今俺がいる場所は――」

『詳しいことは〈神智〉を使えば分かると思うから! じゃあね~バイバイキーン』


 ぷつん。


 どうやら念話とやらを切ってしまったらしい。

 その後、何度呼びかけても自称天使からの返事は無かった。


 ロクな説明も無いまま見知らぬ世界に放り出された俺は、しばし呆然とその場に立ち尽くす。 

 やがて、ぽつりと誰にともなく呟いた。


「……天使が合コンするのか……」

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