第2話 不良が善行をしてるとギャップ萌え

 昨日さくじつは唐突にお姉様と呼ばれたい欲に目覚めてしまった私ですが、帰宅してからお風呂の中で考えに考え、好感度が多少程度ではどれだけお願いしても無理だという結果に至り、今日からは恋愛シミュレーションゲームのように好感度を上げる言動を根気よく続けていこうと思います。


 まず初めに思いついたのは朝の挨拶です。久坂さんは綺麗に染めた金髪にピアスという我が校でも随一の不良スタイルだというのに一度も遅刻した試しがなく、いつもクラスで二番目に早く登校しています。もちろん私が一番です。そこは譲れません。


 教室に入り自分の席で読書を開始して十分ほど経過したところで教室の扉が開いて久坂さんが入ってきました。


 久坂さんの席は私の隣で窓側最後尾ということもあり、いやが応でも——窓から入ってくればその限りではないですが——私の前か背後を通らなければ席にたどり着けません。


 相変わらず眠そうな久坂さんがあと数歩で後ろを通過するというところで私は即座に立ち上がり、無防備な彼女に正面から抱きつきました。


「は、ちょ、な、何?」


「おはようございます、久坂さん。今日も可愛いですね」


「いや意味分かんないんだけど。てか離せよ」


「嫌です。これから毎朝こうやって挨拶しますのでよろしくお願いします」


「は? 毎朝?」


「はい、毎朝です。もしかして、嫌でしたか……?」


 そう尋ねると久坂さんはそっぽを向いて、何なんだよ全く……と小さく発しました。これってもう勝ったも同然じゃないですかね。何に勝ったかは定かではありませんが。とりあえず無理やり振り解かれない時点で思いのほか好感度が高かったのは嬉しい誤算です。


 挨拶を済ませたので久坂さんを解放し、私も席に戻ります。ちなみに多くの初心者がここで重大なミスをするのですが、朝の彼女の機嫌は普段から低空飛行状態なので席に戻った後も話しかけ続けるのは大変悪手です。具体的には、冬眠中の熊に毎朝目覚し時計をセットしてあげるくらいの命知らずな行為ですね。


 朝の挨拶が終わったら一時間目が始まる直前まで放置しておくのが最善手です。なんだかRTAみたいになってきましたが、人間に限らずあらゆる動物において相手が最も望むものを提供し続ければ最速最短で仲良くなれます。常識ですね。



☆☆☆



 午前中の授業が終了し昼休みに突入すると、久坂さんはコンビニ袋を片手に教室を出て何処かへ行くようでしたので私は尾行を開始します。思い返してみれば、いつも久坂さんは昼休みに姿を消して午後の授業が始まる寸前に帰ってきていました。一体何をして休み時間の四十分を過ごしているのでしょうか。


 気づかれないように距離を開けつつ見失わないように背中を追いかけていると、久坂さんは上履きのまま校舎を出て裏の方へ回っていきます。上履きを履いた状態で土の上を歩くなんて信じられないくらいの不良行為です。わくわくしてきました。


 謎の高揚を感じながらも久坂さんの後方を歩きます。校舎裏に来るのは人生初です。もうここまで来ると周りには人間が居ないので雑な隠密行動ではイメージ的に鋭そうな久坂さんに気づかれそうで恐ろしいですね。なので少し本気を出します。足音を殺して歩くのは癖になっていませんので意識して限りなく無音に近づけます。このレベルまで音を消すと背後を歩いても気づかれないと思いますが油断は禁物ですね。


 ですが、もう少し近づいても——。


「誰だっ⁉︎」


 数歩近くに寄っただけで早々に気づかれてしまいました。というか、どんな高性能な聴覚を搭載しているんですか。普通の人間なら真後ろでも気づかないくらいの音量なんですけど……。


「私です。驚かせてすみません」


「……なんでてめえがこんなとこに居んだよ、早く帰れ」


 ぶすっとした顔で久坂さんが顎をしゃくる。


「久坂さんこそどうして校舎裏こんなところに?」


「どうだっていいだろうが」


「良くないんじゃい! 私はもっと久坂さんと仲良くなりたいんです! あわよくばちょっとえっちなことだってしたいなって考えてます!」


「な、ななななな何言ってんだ⁉︎ キモいんだよ‼︎」


 顔を真っ赤にしてギャースカ怒鳴り散らす久坂さんへ向かって距離を縮め、眼前で停止して彼女の眼を見る。






 さあ、一世一代の告白タイムの始まりです。


「大好きです」


「ひうっ」


「あなたが大好きです」


「ちょっ」


「あなたのことしか考えられないくらい好きです」


「いやっ」


「好きで好きで堪りません」


「も、もうやめっ」


「初めて会った時からずっと気になっていましたが、今日改めてあなたのことを途方もなく好きだということを自覚しました」


「うぅっ」


「私のことを好きにならなくても別に構いません。多くは望みません。ですが、あなたを好きでいさせてください」


「…………」


「あなたを愛しています」


「も、もうやめてって言ってるじゃんかぁ……」


 久坂さんは生まれたての小鹿のように震えてへたり込んでしまいました。やりすぎてしまったでしょうか。いいえ、悩むことではありませんね。何事もやりすぎくらいがちょうど良いとはよく言いますし、自分がされて嫌なことを他人にしてるわけでもないので私は悪くありません。……そう、私は悪くありませんのでそんなに睨まないでください。


「何なんだよてめえっ、アタシのことからかって楽しいか⁉︎ くそっ‼︎」


 久坂さんはコンビニ袋をこちらに投げ付け、あっという間に駆けて行ってしまいました。しかし爪痕は残せたので良しとしましょう。ただおにぎりやサンドイッチが入っているのだろうと思っていたコンビニ袋の中には何故か猫缶が入っていました。久坂さんは猫缶が大好物なのでしょうか。


 ——にゃあぁぁぁ。


「おやおや、なるほど」


 草むらを揺らして現れたのは巨虎、ではなく真っ白な子猫でした。どうやら久坂さんは捨てられた子猫に猫缶を与えていたようですね。ド定番といえばド定番ですし、逆に定番すぎて今どき創作でもあまり見ない気がしますが、昔から不良と捨て猫は切っても切れない関係にあり、それは久坂さんにも言えたことのようです。


 ……毎日この子猫に猫缶を与えていたのでしょうか。子猫が見当たらない日は泣きそうになりながら捜したのでしょうか。元気に猫缶を食べてくれる日は撫でながら久坂さんもにゃあにゃあ言っていたのでしょうか。そんなことを想像しただけで萌え死にしそうです。


 今、決めました。久坂さんとこの子猫の関係を私は死守します。彼女たちにどんな困難が向かって来ようと陰から私がスマートに解決してみせましょう。それが久坂さんにお姉様と呼んでもらえる為ならば。

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