メリーさんは今も後ろにいる
田中
第1話メリーさんの電話
メリーさんの電話。
フランス人形が段々と自分に近づいてきて、主人公と読者を怯えさせ、ラストシーン「いま、あなたの後ろにいるの」で、幕を閉じるお話である。
都市伝説の一つであるこのお話の粗筋は、———その中身に若干の違いはあれど———ほとんどの人が知っているだろう。
その結末を見せないことによる恐怖の余韻は、一定期間人の心に恐怖を植え付けたはずだ。
世の中にはメリーさんの電話のような、怪談都市伝説と呼ばれるものが多々存在する。
この話は、そんな都市伝説とかかわりを持った、人間達の物語である。
☆
僕は灰色の空を見上げながら、今日もいつもと同じ生活を送る。
学校にギリギリに登校し、それから一言も、誰とも話すことなく、部屋の隅に置いてある置物のように、誰とも関わることなく学校から出る。
勿論そんな学校生活を送っている奴が部活に入っている訳はなく、帰りのホームルームが終わった直後には既にリュックサックを背負っている。
何も感じないまま家に到着し、すぐに自分の部屋に行き、そこから夕飯の時間までひたすらゲームをする。いや、ゲームだけではない、漫画だったりアニメも時偶見る。
夕飯が出ると下の階にあるリビングからお呼びがかかる。
高校二年生になった僕は、もう反抗期は終えているため、母親の言動には基本何も突っ込まないし、何か言われたら、内容にはよるが、それを直すようには努めている。
夕飯を食べた後はそのまま風呂に入る。運動はしていないし、汗なんかかいてはいないのだが、それで入らないというのも、昔からの習慣が邪魔をした。
部屋に戻ってネットゲームを再開する。
ネット上の顔も見たことない友人たちが、チャット欄で盛り上がっている。
見てみると、食べ物の話題だ。
僕は今日、自分が何を食べたのか振り返ろうと壁を見つめる。
朝食は疎か、さっき食べたばかりの夕食ですらその献立を思い浮かべることができない。
別にだからといって、どうこうしたわけでもない。日常など手に取るに足らない、有象無象の中の一人のように、いちいち確認するほどのものでもないのだ。特に僕のは。
僕はゲームの世界のほうへ意識を集中する……。
突然、部屋に備え付けてある固定電話が鳴りだした。
随分と鳴いていなかったため、気のせいか音が少し濁っているように感じる。
ヘッドフォンを机に置いて、椅子から立ち上がり、音の鳴る方へと向かう。
ふと歩きながら時計を見やると、時刻は12時をまわっていた。
普通の常識人ならこんな時間に突然着信などしてこないだろう。
その人に電話をすぐに掛けないといけない急用でもあったのか、あるいは……
僕は受話器を取る。
……それはそもそもヒトではない、のか……
なんてな。
電話口から、幼い少女の声が聞こえてくる。
聞きなれない声、いや、聞き覚えが全くない声だった。
その声は震えているが、その理由は恐らく愉しさであろうという事が伝わってくる。
「わたし、メリーさん。今、浪川駅の改札にいるの」
愉しさに震えた声でそう告げた後、プツリと電話が切れた。
電話口からツーツーッという虚しい音鳴る。
僕はメリーさんと聞いて、すぐにそれが、あのかの有名な怪談都市伝説「メリーさんの電話」ではないのかと推察する。
なぜ僕が狙われているのか、思い当たる節はないが、ガサツな僕のことである。自分のしでかしてしまったことなど、そもそも覚えようともしないだろう。
そう考えると、これが「メリーさんの電話」だと決めつけるのは些か早計な気がする。
僕は話の概要を思い出す。
たしか、少女が段々と近づいて来て、最後は「あなたの後ろにいるの~」みたいなので終わった気がする。
ここ何年も耳にする機会がなかったものだから、ハッキリとではないが、たしかそれがこの話の大まかな内容のはずだ。実際、浪川駅は僕の最寄り駅である。
ややあって、僕は考えるのをやめる。
そんなこと考えなくても直にわかるじゃないか。
僕は体の力を抜いて固定電話を見つめる。その目には何の感情もこもっていない。ただ、何があろうと目の前の事実を受け入れる、そんな目をしていた。
次これが鳴ったら確定。それだけの話。
僕は特に身構えることなく、おそらく来るであろうその時を待つ。
暫く時間が経った。
すぐに着信があるだろうと思っていた僕は、少し拍子抜けしたような気分になる。
「なぁんだ」と目を細め、ゲーム機器達のほうへと戻ろうとしたその時、電話が室内に鳴り響いた。
僕は「確定だな」と呟き、特に臆することなく固定電話のほうへ向かう。
受話器を取ると、先の少女の声が聞こえてくる。
「わたし、メリーさん。今、あなたの家の近くのコンビニにいるの」
そう言って、電話が切れる。
僕の家から一番近いコンビニまでの距離は、だいたい200メートルくらいだろうか。
次の着信までのインターバルも縮まるだろう。
さて。
僕は近くにある固定電話の近くにあるベッドに腰掛ける。
怪談や心霊などのオカルトの類は、昔、一時期はまって読んでいたが、自分がまさか本の語り手の立場になるとは思ってもいなかった。
「まぁ。だからといってどうこうするってわけじゃないんだけど……」
言葉の後半は音になっては聞こえない。口の形がそう動いただけである。
プルルルル
思った通りだ。
プルルルル
二コール目で受話器を取る。
「あたし、メリーさん。今あなたの家の前にいるの」
プツリと電話が切れる。
メリーさんの電話は語り手によって最後まで語られないため、振り返った先に何があるかわからないが、後日談とかがないとこからして、恐らく死ぬのだろう。
死。
生きる希望や道筋がない人にとっては光にも見える、生命の循環の中の一つの工程。
僕にはそれが実に魅力的に見えた。
人々が本能的に忌避する、その存在が……本来ならば生命の敵であるはずのその存在が。
窓のカーテンが風に吹かれるように舞う。
窓を開けていないのに不思議だ。いや、そんなこともないか。
窓から見える夜空に目が留まり、いつの間にか奪われる。
ここ最近感じたことがなかった感情が沸き起こってくる。
プルルルル
静寂の世界を壊す喧騒が鳴り響き、僕は我に返り、振り向いて受話器を取る。
「わたし、メリーさん。今あなたの……」
言い終わる前に僕は両手を広げ、無抵抗を示しながら振り返る。子供の頃に読んだ、あの『メリーさん』によって人生の幕を下ろすのも悪くない。
カーテンが花びらのように靡く。
すると次の瞬間、目の前には窓の前に月明かりに照らされ、銀髪の少女がそこに立っていた。いや、立っていたとという表現では釣り合わない、存在していたというべきだろうか。
僕はその少女の絵画のような美貌に思わず見惚れる。
しかし、少女の右手に目が移った途端、僕ははっと息を飲んだ。
少女の右手には、月明かりによって蠱惑的に光る、鋭利なナイフが握られていた。
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