【資料】ある旅人の足跡【教会図書館関係者以外閲覧禁止】

Edy

序節 助祭は情報を整理すると息巻いた

 日が差し込まない暗い教会図書館は静寂に包まれ、そこに勤める私の心は常に穏やかだった。

 それは揺るぎない真実だったはずだった。 


「なんなのよ、これ!」


 机に両手を打ちつけると、バン! と大きく響いた。ランプの火が揺らめき、私の影が踊った。


 写本作業から顔をあげた司祭様が落ち着いた声で苦言をもらす。


「助祭。何度も言わせないでください。厳正なる図書館では――」

「騒ぎません。静かにします。すみませんでした」


 しびれが残る手を擦り合わせながら謝った。

 またやってしまった。この本を手に取ってから、私の穏やかな心がどこかに旅立った気がする。

『ある旅人の足跡』全部この本が悪い。もうちょっと書きようがあるでしょうに!

 私の元まで来た司祭様に見下ろされた。ランプの灯りに下から照らされた司祭様は、いつも以上に……怖い。


「今度は何ですか?」

「その、完全に把握するには情報が多すぎまして、その……苛々しました。すみません」

「なるほど。では、どう解決しますか?」

「はい。ええと、情報をまとめられたらいいのですが」


 よろしい、と司祭様はご自分の机に戻り、一冊の本を私に渡した。これは写本用の未記述の本?


「これは?」

「情報の整理がしたいのでしょう。使いなさい」

「よろしいのですか?」

「ええ、構いません。だだし、私にもそれを読ませる事。それが条件です」


 これが私の本になる。そう思うと、ひどく重く感じた。

 

「ありがとうございます!」

「助祭。静かに」


 やれやれといった様子でため息をつく司祭を横目に私は喜びで肩を震わせた。

 ふふっ。見てなさい! 丸裸にしてあげる!

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